[S耐クルマ好きFile/埼玉トヨペットGreen Brave] 高みを目指す社長を中心に一致団結するディーラーチーム
12月12日~13日、大分県日田市にあるオートポリスで「ピレリスーパー耐久シリーズ(S耐)」の第5戦が10℃以下の寒さの中で行われました。
そんな第5戦のパドックで、寒さに負けぬ熱気を帯びていたのが、ST-3クラスに参戦する埼玉トヨペットGreen Brave(以下埼玉トヨペットGB)のピット。昨年までのマークXに代え、クラウンRSをST-3クラスに投入。開幕戦の富士24時間でデビューウィンを達成し、第4戦終了時点でランキング2位につけています。
他にも幅広くモータースポーツ活動を展開する埼玉トヨペットGBですが、S耐をコアカテゴリーとして2013年から参戦を継続し、今では自社のメカニックのみで戦っているといいます。その理由と想いを取材してきました。
S耐は店舗メカニックの人材育成を図るのに最適なカテゴリー
まずは、チーム監督を務める青柳浩さん(モータースポーツ室 室長)に、埼玉トヨペットGBの成り立ちとその理由をうかがいました。
「埼玉トヨペットGBはモータースポーツ室が運営部署となり、2013年に立ち上げた社内チームです。2012年の86発売をきっかけに平沼貴之社長(当時は専務取締役)から『クルマの楽しさをもっと知ってもらうにはどうしたらいいんだろうか?』という話があり、クルマそのものを運転し、操る楽しさを伝える手法として、モータースポーツを始めました」。
ちなみに埼玉トヨペットGBの戦歴は華々しいものがあります。2013年からS耐のST-4クラスに86で参戦し、2015年にチャンピオンを獲得。翌2016年からはマークX、今年はクラウンRSで参戦中。また2017年から国内最高峰のSUPER GTにも参戦し勝利をおさめています。
「レース活動における最大の目標は人材育成です。マシンの整備はカテゴリーを問わず、お客様のクルマを整備している店舗メカニックが行っています。市販車で戦うS耐は店舗メカニックが普段培った力を発揮するにはピッタリのカテゴリーで、チーム立ち上げ時から参戦を続けています。店舗メカニックが埼玉トヨペットの代表車種であるクラウンに磨きをかけ、レースを戦うことで多くの店舗メカニックがスキルアップを図ることができます」。
S耐では複数の店舗メカニックが入れ替りながら1シーズンを戦っています。1レース毎に参加する店舗メカニックは6名。内2名は通年参加の固定メカニックで、残りは2名の経験者、レース初参加の2名となっています。
既に100人以上のメカニックがレースの現場を体験し、その経験が店舗での整備やお客様とのコミュニケーションに活かされているといいます。
「優秀な人を週末にレースに連れていってしまうので、お店は大変ですが、平沼社長が『この活動はこうしていくんだ』と強く方向を示してくれるので、私たちが会社、本人、お店にしっかり話をし、理解をいただいています。そういう面でも平沼社長の存在がすごく大きいです」。
「迷ったら苦労する方を選べ」とチームを鼓舞する平沼社長
埼玉トヨペットGBの活動の原動力は、間違いなく埼玉トヨペットの平沼社長です。ご存じの方も多いと思いますが、平沼社長はサーキットでは「平沼選手」としてS耐に出場中。まずは平沼社長として埼玉トヨペットGBのS耐の参戦理由と想いについて語っていただきました。
「常日頃から、店舗メカニックにスポットを当てて、彼らを表舞台に立たせたいと思っていました。販売会社ではどちらかというと営業スタッフが花形。一般的に、職人気質のエンジニアは無口で、日の目を浴びずにいつも寒い工場に追いやられるというイメージがあったので、それを変えたかったのがモータースポーツをはじめたきっかけです。また、全車併売になり、埼玉県のクラウン=埼玉トヨペットとなりたいという思いもあります」。
平沼社長の経営者としてのポリシーは「迷ったら苦労する方を選ぶ」というもの。常日頃から自分に言い聞かせ、チームに話しており、外部のプロに頼らない店舗メカニックによる整備にこだわったのも、レースに不向きな4ドアセダンのクラウンRSをベースに選んだのも平沼社長の想いです。
「苦労する方を選んだ方が生きていて楽しくないですか? 人生プラスマイナスを足していくと、帳尻が合い、ゼロになると思っているのですが、山と谷のぶれ幅、それも比例すると思います。だから浅い谷の人は、たぶん山もそれほど高くない。でも深い谷を経験する人は、とんでもない山を経験できるはずです。神様はたぶん公平なので、最後はチャラになると思っているのですが、ぼくもそうだし、社員にもそれを味わってほしいと思っています」。
一方、青柳監督率いる現場サイドは、そんな平沼社長の想いをプレッシャーに感じているかと言えば、そんなことはまったくなく、店舗メカニックも意気に感じてレースを戦っています。埼玉トヨペットのピットがいつも熱気を帯びているのは、平沼選手を中心にチームが一致団結しているからなのでしょう。
「どのチームよりファンを大事にする」平沼選手
平沼社長の埼玉トヨペットGBでのもうひとつの顔が「平沼選手」。平沼選手はS耐初年度の2013年からドライバーとしてS耐に参加していますが、その理由は「自分がドライバーとして出場することにより、内外から注目を集めることができ、この活動がより周知されるから」。埼玉トヨペットGBのために自ら体を張り、レースに出場しているのです。
インタビュー前、データロガーを真剣に見比べていたのが印象的。「チームのプロドライバーより0.8秒遅いんです。同じ人間として悔しいんだよね」と、ドライバーとしての努力を欠かすことはありません。
「言葉に出さずに、背中で努力を語る経営者ってカッコよくないですか?これだけやってオレは大変なんだという経営者は多いですが、実際にやっている人は少ないと思います。トレーニングしている時や運転している時、心細くなったり、怖いと思うこともありますが、口にせず、背中で語りたいと思っています」。
平沼選手は社員だけでなく、応援に駆けつけるファンやスポンサーはもちろん、誰に対してもフランクなので、平沼選手のファンになり、チームのファンになる人が後を絶ちません。今ではSNSを通じて、多くのファンと繋がり平沼選手に直接入庫希望の連絡(?)も来るそうです。
田中智久さん(伊奈支店)。インタビュー終了後「絶対チャンピオンを獲ります!」と闘志を燃やしていました
こうした平沼社長、平沼選手、モータースポーツ室の想いを受け、実際にレース現場で人材育成を実践しているメカニックの方にもお話をうかがいました。
今回お話しをうかがった伊奈支店のエンジニアリーダー、田中智久さんは2017年からスポットでS耐に参加。今年から通年参加の「固定メカニック」に選ばれました。固定メカニックは店舗での仕事ぶりとレースでの活躍が認められたエキスパートで、レース初参加の新人をトレーニングする役割も担っています。
「会社の取り組みとして、エンジニアリーダーは必ずレースに参加するというのがあり、初めてレースに呼ばれました。テレビでレースを見たことはあるのですが、メカニックの人たちが裏でどういったことをやっているか、まったくわからないので、レースに行くと聞いた時、自分が足を引っ張ってしまうかもしれないという不安が強かったです」と、初参加の時を振り返ってくれました。
S耐では6名の店舗メカニックが参加し、ホイールガン(2名)、タイヤ管理(1名)、給油(1名)、消火器(1名)、サインボード(1名)という5つの担当に分かれ、レースで重要な役割を担います。
田中さんの役割は消火器。給油担当の店舗メカニックは毎回新人が来るので、そのトレーナーを兼任し、いつもセットで動いています。
と言っても、これはあくまで給油時やレース中のピットイン時の話。それ以外はチーフメカニックの指示に従い、マシンの整備全般を行っています。
田中さんのコーチングを受けながら給油の準備。決勝中、3回のピット作業を行いましたが、ノーミスでクラウンRSを送り出しました
レース中以外はマシンの整備を行いますが、普段からさまざまなクルマを整備している経験が活かされる場面も多いそう
「何度来てもレースは緊張します。でも、緊張を取り除こうとは思っていなくて、むしろ持ち続けなければいけない。緊張しているからこそ、気張って、広い視野でものを見られるのかなと思っています。また、初めて来る店舗メカニックに対しては、自分の時の経験を活かし、わかっている前提で話をせず、ここはこうした方がいいとアドバイスしています。参加したメカニックの皆さんは、レースをする前と後では圧倒的に顔色が違いますね」と、毎戦その成長ぶりを目の当たりにしています。
近藤收功チーフエンジニア。埼玉トヨペットGBのキーマンの一人として、マシン開発から現場での司令塔としてのレースエンジニア、マシンの状況を常にチェックするデータエンジニアなど、大車輪の活躍
近藤收功(かずのり)チーフエンジニアは、モータースポーツ室の所属。2014年に店舗からモータースポーツ室に異動になると、翌年にはチーフエンジニアに就任。現在はクルマの開発からレースの作戦決め、レース中のドライバーやチーフメカニックへの指示出しなど、司令塔として活躍しています。
「4ドアセダンのクラウンでレースをやる大変さは、やってみて改めてわかりました。4ドアセダンの重心高は高いですし、トレッドが狭くて苦労をしています。ホイールベースがもうちょっと短いスポーツカーだったらよいのになと思うことがあります」。
「ただ、平沼社長の思いとして、ディーラーがレースをするので、目的が他チームとは違うところがあります。街中を走っているクルマでレースに挑んでいるところをみなさんに見ていただき、埼玉トヨペットから買って欲しいというところでレースをしているのと、レースで実績のあるスポーツカーを走らせるよりも難しいクルマを速くする方がやりがいあるでしょと。そこについていくしかないですし、楽しくやらせてもらっています」。
近藤さんが一気に経験を積むきっかけとなったのが、2015年に担当したFIA-F4。童夢の工場に行き、箱の状態から丸々クルマをくみ上げ、さらにチーフエンジニア兼チーフメカニックとして、店舗メカニックとの仕事も経験しました。それからS耐のマークX、SUPER GTのマークX MCとGRスープラGTを作ったので、クラウンRSを作ることが決まった時もあまりプレッシャーは感じなかったそう。
「平沼社長が次、次、次と、宿題というか課題を出し、ハードルを上げてくれます。自分たちだけではそのクルマは作れないとなるのですが『自分たちでやりなさい』と。無理と思うこともありますが、ちゃんとレールを敷いてくれるので、なんとかしてやろうとなります。そこを乗り越えると、1つ上にいける。平沼社長の愛のムチは厳しいのですが、打たれたら走らないといけません(笑)」。
プロドライバーが感じるアットホームだけでは終わらないGBのすごさ
埼玉トヨペットGBのドライバー陣は、平沼選手以外に、国内外のトップカテゴリーで活躍した服部尚貴選手、SUPER GTでも活躍する吉田広樹選手と川合孝汰選手。
各選手に埼玉トヨペットGBの魅力をうかがってみました。
チーム立ち上げ当初の2013年からチームに参加している服部選手。
「みんなスタート時のメンバーで、今ではSUPER GTでシリーズ2位をとれるチームに育ちました。平沼さんが最初チームを作り上げ、今ではプロフェッショナルと言えるチームになっています。でもスタート時と変わらない、アットホームな部分が残っています。そういう意味では本当にすごいですよ。正直、和気あいあいだけで終わっちゃうチームが多いですからね。プロフェショナルとアットホームが融合した最強チームですね」。
2019年からGBでドライブしている吉田選手。
「メカさんたちが埼玉トヨペットの社員で構成されているのがひとつの魅力であり特徴です。S耐に関しては、モータースポーツ室のメンバーが中心なのですが、タイヤ交換を行うメカさんがレース毎に違います。リザルトだけを考えれば、同じメンバーでやっていくほうが結果は出るかもしれませんが、毎回変えていくことでみんなのレベルを上げるのが人材育成だと思います。普段、なかなかできない経験ができ、それを普段の仕事に生かすことができるのが、他のチームとは違う部分だと思います」。
2020年にSUPER GT、S耐、86/BRZレースでデビューウィンした川合選手。
「チームスタッフ全員が社員さんなので、社員さん同士のコミュニケーションがすごく多いと思いました。毎年新しい挑戦をする中で、クルマを一から作り上げているので、知識もすごい多いですし、レーシングカーだけでなく普段から一般のクルマの整備もやっているので、そういう意味ではレーシングチームのメカさんよりも知識が多いと感じます。また、いろいろな作業をする中で、ミスもあると思うんですけど、みんなでミスをカバーしながらやっています。やはり一つの会社としてやっている部分が非常に大きく、ここも他のレーシングチームと違うところだと思います」。
チーム愛にあふれるコメントですね。両選手ともに店舗メカニックの人材育成というチームの目的をよく理解し、チームの一員として彼らをサポートしながらレースを戦っています。
「店舗メカニックの活躍をもっと目立たせたい!」。そんな平沼社長の熱い想いを受け、わずか4人でスタートした埼玉トヨペットGB。モータースポーツ室や店舗メカニックを中心とした活動は、多くの社員や、ファンの心をつかみ着実に実を結びつつあります。
今回の第5戦では予選でクラウンRS初のポールポジションを獲得。決勝でも独走Vを果たし、開幕戦に続く2勝目を挙げました。
言うまでもなくチームスタッフは「業務」としてレースに参加していますが、喜びを爆発させているその様子は、業務を超越しているようにも感じました。そこにあるのはみんなで高い壁に挑戦し、喜怒哀楽を共有したいという人間の本能的な欲求かもしれません。
このようなエキサイティングな経験をできるディーラーチームは他にはないのではないでしょうか。
執筆:奥野大志 / 撮影:大石博久 / 編集:山崎リク(編集部)
[ガズー編集部]
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