53年間、1度も車検を切らずに乗り続けた愛車。84歳のオーナーが人生をともにした1969年式三菱 ジープ
この記事に目を通していただいている方に対して、冒頭から唐突な投げ掛けで恐縮だが「これまでの人生においてもっとも長く愛用しているモノ」を思い返してみてほしい。
長年所有している愛車はもちろんのこと、幼少時代から愛用している筆記具、二十歳の成人式のときに祖父母からプレゼントされた腕時計・・・などなど。
最近は出番が減っているかもしれないが、ずっと手元にあるモノがきっとあるはずだ。
これが仮に愛車であった場合、その多くは風雨にさらされ、風を切って高速道路を走ったり、炎天下の国道で大渋滞に巻き込まれたり・・・。数多ある道具のなかでもかなり過酷な使用環境であることも少なくない。
その結果、必然的に経年劣化を起こし、内外装ともにくたくたとなっていく・・・。
そこで使い古したから乗り替えるか、長年連れ添った相棒だけに、手放せない存在になるかはオーナー次第、といったところか。
今回、取材させていただいた愛車、もしかしたらどこかで見たことがあるかもしれない。
勘の良い方はすでにお気づきかもしれないが、今年3月までBS朝日でオンエアされていた「昭和のクルマといつまでも」というテレビ番組でも紹介されていたジープと、そのオーナーが今回の主人公だ。
2016年より取材活動を続けている愛車広場において、過去最多、4度もご登場いただいているM氏を通じてジープのオーナーとお会いすることができた。
取材にご協力いただいたジープのオーナーと、ご紹介くださったM氏、お二人にはこの場を借りて心よりお礼を申し上げたい。
「このクルマは1969年式三菱 ジープ。納車されてから今年で53年目です。私はいま84歳なので、31歳のときに手に入れたことになるわけですね。
現在の走行距離は不明です。25〜6年前にオドメーターが故障してしまい、距離数が分からないんですよ」
現在の三菱自動車工業は、かつて新三菱重工業株式会社という社名であった。同社は1952年にアメリカのウイリスオーバーランド社と提携し、ノックダウン方式でジープを生産することとなった。
その後、1956年より完全に国産化がスタートした。オーナーが所有する個体もそのなかの1台といえる。排気量は2199cc、最高出力は76馬力の水冷直列4気筒Fヘッド(OHV吸気/サイドバルブ排気)のガソリンエンジンが搭載される。
手に入れて53年という年月にも驚かされるが、まずは、このクルマを手に入れた当時のことを振り返っていただいた。
「町内で4台目のジープだったんじゃないかな。いいクルマだなと思っていたら、婿入りした義父が買ってくれたんです。長年、お世話になっている自動車販売店で購入したなかの1台でしたね。
当時、トヨタ クラウンや日産 セドリックが100万円オーバーの時代にジープは94万円。これがいまなら400〜500万円くらいになるのかな」
詳しく話を伺うと、就職先の社長のお嬢さんと結婚したタイミングで婿入りし、義父の跡継ぎ(次期社長)候補となったオーナー。先代の若きオーナーに対する期待と、跡継ぎができた喜びゆえの義父の粋な計らいだったのかもしれない。
こうして、憧れのジープを手に入れたオーナー。自由に乗り回せていたのかと思いきや、実際はそれどころではなかったようだ。
「ジープを手に入れてから1年も経たないうちに、親父(義父)が病気で他界してしまったんです。私が先代の後を引き継ぎ、3代目の社長となりました。家族はもちろんのこと、従業員の生活を支える責任者となったので、それこそほぼ休みなしで必死に働いた時期が続きましたね。
家庭を顧みず、子育ては妻に任せきりでした。3人の子どもたちがどこの学校に進学して、卒業して、就職したのかもよく分からなかったくらい・・・です。1度だけ、長女が小学1年のとき、授業参観に行ったことがあったかな。
夕飯を家族みんなで食べた記憶もほとんどありません。子どもたちと遊べるのは、旅行に行ったときや、元旦とお盆の時期くらい。そういう時代だったんでしょうね」
社長であるオーナーが会社の先頭に立ち、営業して仕事を獲得し、現場を回し、毎月従業員に給与を払う・・・。当たり前のことかもしれないが、会社経営者の方であれば誰もがこのプレッシャーと戦い続けなくてはならない。
この苦労と大変さは経験した者でないと分からないだろう。
さらには一家の大黒柱として家族を養っていく責務もある。当時、30代前半だったオーナーにとって、心身ともに大変な時期だったに違いない。
会社のため、従業員のため、そして家族のため・・・。休日返上で必死に働き続けたオーナー、ようやく時間が確保できるようになったのは割と最近のようだ。
「息子に会社を託したところでようやく時間に余裕ができました。土日に開催されるようなクルマ関連のイベントに顔を出してみたり、思うようにジープに乗れるようになったのはここ20年くらいですね。
私が現役の頃は空いた時間にジープに乗って気分転換をしていました。仕事で嫌なことがあってもジープを運転すると忘れられました。このジープはほとんど1人で乗ることが多いですね」
現代のオープンカーのように、快適な装備が満載なわけでもない。何しろ1950年代に誕生した軍用車両がルーツなのだ。快適装備とは無縁なのは当然だろう。さらに、いまとなっては古いクルマだけに、日々のメンテナンスやトラブルについても気になるところだ。
「53年間、1度も車検を切ることなく、同じ整備工場に面倒をみてもらっていますよ。車検に掛かる費用も決して安くはありませんし、若い頃は自分でクラッチを調整したり、プラグを交換したこともありましたね。
トラブルといえば、これまでにラジエーターに穴があいたくらいです。ほとんど手を加えず乗ってきたけれど、5年くらい前にハーフドアを専門の業者に作ってもらったくらいかな。オリジナルのドアは倉庫に保管してあります」
ハーフドアを手に入れるまで使っていたというベルトに「53年」という年月の経過と重みを感じる。かつて軍用車両としても使われていたジープ。その流れを汲むだけに、タフさについては折り紙付きだ。現代のSUVでは躊躇してしまいそうな悪路を走破するのも、このジープなら朝飯前だろう。
長年、実用車として使い込んだからこそできた生活傷も、オーナーにとってはさまざまな思い出が刻まれた証であり、このクルマにとって勲章のようなものだ。今回、そのなかでも特に思い出深いエピソードを伺うことができた。
「親父が亡くなって1年くらい経ったとき、受注した仕事(山岳地の公衆トイレ、休憩所設置)の資材を現場まで運ぶためにこのジープを使ったんですね。フロントバンパーに、玉石やセメント・ドラム缶などを積んで現場に行きました。
まだ新車で手に入れてから2年目くらいのときです。それまでは大切に乗っていたんだけれど、玉石を積んで急坂を登るもんだから、荷台の床などが傷だらけになりましたよ」
ジープというクルマの性格上、すみずみまでワックスを塗ってピカピカに仕上げる類いの乗り物ではないかもしれない。重い資材を積み込み、登坂路(もちろん未舗装路だ)を登るための道具としてジープなら安心だ。
それでも仕事のため、生活のため・・・とはいえ、当時のオーナーはそれだけ必死だったのだろう。
オーナーが現役を引退した後も、新たなジープの楽しみ方を発見するなど、飽きることがないようだ。
「ジープでようやく通れるような、狭い林道を走破する楽しみもあります。2箇所あるスイッチバックをたどってようやく山頂にたどり着いたときは達成感がありましたね。
それに、クルマ関連のイベントに参加する楽しさも知ることができました。イベント会場などで撮影した画像をプリントしてスクラップブックに記録しています。
最近は、たまたま図書館で読んだ雑誌で『東海道五十三次』に関する記事を見つけて以来、仲間とそれぞれの愛車で宿場町をめぐるのも楽しみのひとつですね」
53年間、1台の愛車とともに生きてきたオーナーだが、現代のクルマも所有しているという。
「趣味の農作業用の軽トラックと、数年前にフォルクスワーゲン ザ・ビートルを手に入れました。現在はこの3台体勢です。最近のクルマは性能がいいし、小回りも利く。とにかく便利ですよね。ジープは小回りが利かなくてね(笑)。
ただ、最近のクルマはヘッドライトの形が鋭いものが多いでしょう?個人的には丸目の方が好みですね」
快適な装備を持つ現代のクルマも所有しているオーナー、失礼ながら、これまでこのジープを手放そうと思ったことは?
「ないない(笑)。この開放感と登坂力。これはジープだからこそ味わえる魅力ですからね」
最後に、このジープと今後どのように接していきたいのかを伺ってみた。
「息子はジープには乗りたがらないんだけど、孫の1人がね『じいちゃんが乗らなくなったら俺が乗る』っていっているそうですよ」
義父が他界したあと、仕事に没頭した(・・・せざるを得なかったというべきか)若き日のオーナー。日々の生活のなかで起こった喜びも悲しみも、このジープは傍らでずっと見守り続けてきたのだろう。
そして、自宅にこのジープがあること、激務のあいまに愛車を運転することが、当時のオーナーにとって何よりの癒やしであり、明日への活力となっていたに違いない。
オーナーの人生をともに歩んできた名実ともに「相棒」といえるこのジープ、もはや家族の一員であることは間違いない。日々のメンテナンスを続けていればまだまだ乗り継いでいくこともできるだろう。
取材中、オーナーがジープに触れる瞬間を目にするたび、実の子どもを見るような眼差しであったことがいまでも鮮明に思い出される。
あとは、このジープをお孫さんが引き継いでくれることを、僭越ながら心より願っている次第だ。
(編集:vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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