20年越しの想いが引き寄せた不思議な縁。オーナーと同い年の1970年式スバルR-2 SS(K12型)
クルマ好きであれば、1度は「自分と同い年のクルマを所有してみたい」と考えたことがあるかもしれない。
仮に、車種が決まっていて「いつか機会があれば…」と密かに思っているとしたら…。突然そのチャンスが訪れても良いように、常に心の準備だけはしておいた方がいいかもしれない。ホンの数時間でも決断が遅れただけで、チャンスを逃しかねない。そうなると、その後の人生に大きな影響を及ぼしかねない。「イマイチ踏ん切りがつかない…」。そんな人にとって、今回の記事が良い契機になれば幸いだ。
それはなぜか?
年齢を重ねれば重ねるほど、それはつまり、古いクルマであればあるほど、手に入れることが困難になるからだ。今回のオーナーは、実に20年という年月を経て、ようやく「自分と同い年の、ずっと欲しいと思っていたクルマ」を手に入れることができたという。途中で諦めることなく、粘り強く機会が訪れるのを待ち続けたことが功を奏したといえるのだ。
「このクルマは、1970年式スバルR-2 SS(以下、R-2 SS)です。この個体を手に入れたのは6年ほど前、現在のオドメーターの走行距離は約84000キロです。手に入れてからは、1000キロくらい乗ったでしょうか…。私はいま48歳です。同い年のクルマを20年ほど探して、ようやく手に入れることができたクルマなんです」
スバルR-2は、スバル360の後継モデルとして1969年にデビューを果たした。この“R-2”とは、リアエンジン車の第2世代を意味するといわれており、その名のとおり、スバル360と比較してホイールベースが延長され、より安全かつ快適に走るクルマとして世に送り出された。ちなみに、オーナーが所有する“SS”は、R-2におけるスポーツグレードとして、デビューから翌年の1970年に追加発売されたモデルだ。
R-2 SSのボディサイズは全長×全幅×全高:2995×1295×1335mm。排気量360cc、ソレックス製のキャブレターを装着した「EK33型」と呼ばれる空冷直列2気筒エンジンの最高出力は36馬力を誇り、R-2のなかでもっともハイパワーのエンジンが搭載された(他のグレードの最高出力は30および32馬力だった)。R-2 SSは、フロントにトーションバー式スタビライザーを装着、オイルダンパーの減衰力アップ、車高ダウン、ラジアルタイヤを標準装備した足回り、タコメーター、バケットシート…等々。スポーティな走りを予感させる数々の身支度がR-2 SSに備わっていたことが分かる。
ところで、オーナーが同い年のR-2 SSを手に入れるまでには、さまざまな紆余曲折があったようだ。
「物心ついた頃からクルマが好きですね(笑)。両親は自営業なのですが、私が幼い頃、当時、祖父が所有していたスバル360に乗せておくと大人しくしていたそうです。運転免許を取得して最初に手に入れたのは、スバル アルシオーネでした。その後、ハチロク(AE86)を2台乗り継ぎ、KP~EP時代のスターレットにも乗りましたね…。いわゆる「走り屋」が全盛期の頃でしたから、峠道にもよく行きましたよ。そのうちモータースポーツに目覚め、ジムカーナにものめり込みました」
やはり、ハチロクは当時から魅力的だったということなのだろうか。
「ハチロクは決して速いクルマではないけれど、コントロール性の良さが好きでしたね。私自身、このクルマのエンジンやミッションを倉庫でバラして組みあげたり、ジムカーナをはじめてからはスーパーチャージャーを装着したこともありました。当時は、どうすれば公認車になるのか、道路運送車両法の本を買って読みあさったり、陸運局に通い詰めて検査官の人に教えてもらったりしましたね。その結果、フル公認にするためのノウハウも身についていきました。ちょうど、MR2(AW11型)の後期モデルからスーパーチャージャーが装着されていたので、ジムカーナでも速かったんですが、自分のハチロクに取り付けてからはぶっちぎりで勝てましたよ(笑)。
もともとは別の仕事をしていましたが、そのうちクルマ屋さんに『そんなに好きなら仕事にすれば』とスカウトされて本格的に整備士としての経験を積み、自分で工場を開くまでになりました。自分にとって、まさにハチロクがクルマの楽しさを教えてくれた存在だといえます」
そんなあるとき、R-2 SSの思わぬ姿がオーナーの脳裏に焼き付くこととなる。
「20代前半の頃だったと思います。お世話になっていた板金屋さんにR-2 SSが置いてあったんです。まさにこれから解体されるところでした。『もったいないよなあ』と惜しまれつつも、結局その個体は解体されてしまったんです。その光景が不思議と忘れられなくて…。その後、整備工場を立ち上げて独立した頃、R-2 SSを購入する機会が巡ってきたのですが、タイミングが合わなくてそのときは断念しました。結局、20年間、いつもR-2 SSの売り物がないかと探す日々が続きましたね。そしてついに…」
オーナーにとって待ちに待った瞬間が訪れた、というわけだ。
「現在所有しているこの個体はインターネットで見つけたんですが、見た瞬間に『これだ!』と思いましたね。オーナーさんに連絡を取り、譲ってもらえないかと頼みました。すると、当時のオーナーさんは『クルマを大事にしてくれない人には譲りたくないので、条件があります。また、購入希望の方とは面談をしたい』と仰るんです。その条件とは『ガレージに保管できること』、『自分で整備できる技術を有していること』でした。私は2つの条件をクリアしています。そこで、自分が整備士であることを伝え、自宅ガレージの写真も見せました。結果、私であれば大丈夫だろうと感じてくださったようで、譲っていただけることになったんです」
こうして、20年越しで手に入れたR-2 SS、きちんと前オーナーの意思を汲んでいるようだ。
「ブレーキまわりをバラして組み直したり、破れていた運転席のシートを作り直し、ドアの内張り、リアシートを純正に戻しました。前オーナーさんが本当に詳細な記録簿を残してくれていたほど大切に乗られていたクルマですし、私もオリジナルコンディションを維持していきたいですね」
今後さらに貴重な存在となるであろうR-2 SS、どんなところが気に入っているのだろうか。
「『ソレックスのキャブレター』ですね。これが装着されている軽自動車って少ないんですよ。それに、タコメーターやバケットシートなど、そういったひとつひとつの装備に憧れや魅力が溢れていた時代だったんでしょうね。R-2 SSが現役だった頃は『俺もいつかは自分のクルマを買うぞ!』といったエネルギーのようなものが日本中に溢れていたように思うんです。ところが、いまのクルマは10年くらい乗れば『そろそろ買い替えるか』と、まるで使い捨てのような扱いを受けていることが多いように思います。仕方がないこととはいえ、『温度差のようなもの』を感じることが増えましたね…。仕事でタイに行くことがあるんですが、現地の若者のクルマが欲しいという熱気は凄まじいものがありますよ。いまの日本が忘れてしまった熱気のようなものが現地にはあるんです」
最後に、今後このクルマとどう接していきたいのか?意気込みを伺ってみた。
「オリジナルコンディションを維持することはもちろんですが、私がいつかこのR-2 SS乗れなくなったとき、意思を引き継いでくれる人であればプレゼントしたいと思っています。ただ、前オーナーさん同様、私も面談はしますよ(笑)」
所有している愛車を何らかの事情で手放すとき、1円でも高く売りたい人と、価格よりも現オーナーの意思やクルマのことを慮ってくれる人に託したいと願うケースがある。R-2 SSのオーナーの場合は無論後者だ。
オーナー自身、「このR-2 SSは俺のクルマだ!」という考えではなく、「このR-2 SSの一時預かり人」という意識があるのかもしれない。いつか、オーナーがこの世を去るときが訪れても、R-2 SSは他の誰かが受け継いでくれることを強く願っているように感じられたのだ。
時代を超え、コンクールコンディションを誇るほど歴代オーナーに溺愛されてきたこのR-2 SSを観ていてふと感じたことがある。これから先も、不思議な縁と運命に導かれ、この個体が後世に語り継がれていくのではないか?そんな風に思えてならないのだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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