総生産台数844台。極めてレアな1989年式ポルシェ・911ターボ カブリオレ(930型)を溺愛する50歳のオーナー

クルマは「縁モノ」だ。根気強く探していればいつかはチャンスが巡ってくる。運命の分かれ道は、そのチャンスを躊躇せずにつかめるか、そしていつまで待てるか、だ。即決しなければならない場面もあるだろうし、待ちきれなくて妥協したくなることもあるだろう。

ある自動車ディーラーのセールスマンによると「必要なのは決断力です」とのことだ。当たり前のことだと思うかもしれないが、いざとなると躊躇してしまう人が多いという。彼曰く、あれこれと理由をつけて決断を先延ばしにしている人は、結果として購入する機会を逸してしまうのだとか。そして彼はこうも付け加えた。「即決できる方が結果として良い買い物をしている」とのことだ。新車・中古車を問わず、理屈抜きで欲しいクルマが目の前に現れた場合、どうにか算段をつけて勇気ある決断をした方が、結果としてハッピーになれるのかもしれない。

今回は、憧れの存在だったクルマを購入する機会が訪れたとき、即断即決で見事にチャンスをモノにしたオーナーとその愛車を紹介したい。

「このクルマは、1989年式ポルシェ・911ターボ カブリオレ(以下、911ターボ カブリオレ)です。オドメーターの距離は8万キロあたりを刻んでいます。手に入れてから7年、これまで2万5千キロくらい乗りました」

ポルシェ911ターボといえば、圧倒的なパワーと豪華さを兼ね備えた特別なモデルとして、今も君臨している。オーナーの個体は、コードネーム930型と呼ばれるタイプで、1988年および1989年のモデルのみクーペ・タルガ・カブリオレの3タイプのボディを注文することができた。930型のターボでは唯一5速MTを搭載したモデルでありながらカブリオレという、レアな組み合わせのクルマだ。ちなみに、1989年に造られた911ターボ カブリオレはわずか844台にすぎない(クーペは1496台、タルガにいたっては226台のみだ)。

911ターボの特徴といえば、グラマラスなボディだろう。NAエンジンを搭載するカレラに対して、リアフェンダーが120mmワイド化されたボディサイズは、全長×全幅×全高:4250x1775x1304mm。駆動方式はRRとなる。「930/68型」と呼ばれる、排気量3299cc、空冷6気筒水平対向SOHCエンジンが搭載され、最高出力は300馬力を誇る。

930型の911ターボの最終モデル、そしてカブリオレというレアなモデルをオーナーはどのような経緯で手にすることができたのだろうか。

「以前より、若い頃から憧れていたポルシェを手に入れたいという想いを密かに抱いていました。50代に差し掛かったとはいえ、私には手が届かない存在だと思っていたんです。会社の親しい同僚が、ポルシェ911 スピードスターという珍しいモデルを所有していて『乗るなら空冷エンジンの911がいいぞ!』と私にアピールしてきたんですね。そのうち私も感化されてしまい、インターネットで調べたり、中古車の売り物を見て回るようになったんです。あわせて20台近くの911を見ましたが、どうもピンとくるクルマが見つかりませんでした。そんなとき、長年乗っていない911ターボ カブリオレがあるという話が舞い込んできまして。さっそく見せてもらったところ、一瞬で魅せられてしまったんです。思わずその場で購入の意思を前オーナーさんに伝えてしまいました」

オーナーが手に入れた個体は、中古車販売店で売られていたものではなく、個人所有だ。不安はなかったのだろうか?

「前オーナーさんはレースをやっていらっしゃったり、他にもナローポルシェと呼ばれる古い911をお持ちの方でした。クルマに精通しているという印象だったので心配はなかったですね。事実、見た瞬間にいいなと思いましたし、コンディションも良好。結果として良いクルマを手に入れることができました」

空冷エンジンを搭載したポルシェ911というと、都市伝説めいたエピソードに事欠かない。実際に運転してみた感想を伺ってみた。

「クラッチミートがシビアとか、いろいろなエピソードがありますよね。前オーナーさんからクルマを受け取った後、様子を見るためしばらく下道を走りました。しかし、慣れていくうちに聞いていたほど乗りにくいとは感じなかったんです。初めての愛車がVW・コラードという左ハンドルのMT車だったので、多少はその経験が活きているのかもしれませんね。そこで思い切って高速道路に乗ってアクセルを踏み込んでみました。すると…、現代のターボ車とは違う『どっかんターボ』の一面を垣間見ました。圧倒的な加速感は、やはりポルシェターボなんだなと思い知らされましたね」

オーナーの初の愛車はVW・コラードというマニアックなクルマだが、これまでの愛車遍歴を伺ってみた。

「父はトヨタ・マークIIを乗り継いでいましたが、私は輸入車への憧れがあり、それがVW・コラードというクルマを初の愛車に選んだ理由です。その後、結婚を機にVW・ゴルフIIIに乗り替え、その後はBMW・318i(E36型)、BMW・525ツーリング(E61型)、BMW・530ツーリング(E61型)、そしてポルシェ・911ターボ カブリオレと、ドイツ車ばかり乗り継いできました。フランス車やイタリア車にも興味はありますが、自分とフィーリングがあうのはドイツ車なんです」

これまで、ドイツ車ばかりを乗り継いできたオーナーにとって、このクルマの気に入っているところはどこなのだろうか?

「デザインはもちろんですが、ドアを閉めたときの金庫のような手応え、運転席に座ったときにただようオイルの匂いもお気に入りです。あと、もともと青が好きなので、このボディカラーもお気に入りですね」

この個体はどのあたりがモディファイされているのだろうか?

「前オーナーさんがマフラーを交換していたくらいで、オリジナルに近い状態を保っています。私が所有してからは、ナルディ製のステアリング(グリップ部分を青いレザーに貼り替え)、ブロンバッハ製のアルミホイールに交換しました。これはモディファイというより、純正部品を保護する意味合いが強いです」

1989年式というと、30年近く前のクルマだ。部品の供給やトラブルについてはどうなのだろうか?

「ポルシェの部品に関しては、今でもたいていのものは手に入りますし、困ることはまずないですね。また、トラブルについても、手に入れてから7年間は特に大きなものはありません。エンジンオイルの多少のにじみはありますが、漏れはありませんし。空冷エンジンに精通した主治医からもお墨付きをもらっているので、まずは一安心です」

ポルシェというと「最新は最良」という格言めいた言葉がある。最近の911は気にならないのだろうか?

「911スピードスターに乗っていた友人の影響もありますが、もともと古いモノが好きなんです。水冷エンジンになった911より、空冷エンジンの方がフィーリングもあうみたいです。このクルマを手放してまで乗りたいとは思いません」

最後に、今後愛車とどう接していきたいと思いますか?

「憧れだったポルシェ911を手に入れることができたので、体が健康なうちは大切に乗りたいですね。息子もクルマが好きみたいなので、大切に扱ってくれると約束してくれるなら、いつか譲ってやってもいいかな…とは思います」

日本はもちろん、世界的に空冷エンジンを搭載したポルシェ・911の人気が加熱している。その結果、ここ数年で価格が高騰してしまった。オーナーは、価格が高騰する直前のタイミングで手に入れることができたのは幸運だったとしかいいようがない。レアなモデルで、しかもコンディションは抜群。ここで手放せば、当時よりもはるかに高値で買い取ってもらえることもオーナーはよく知っている。しかし、まったく手放すつもりはないという。ここで手放したら、2度とこれほどのコンディションと条件がそろったクルマは買えないことを充分すぎるほど理解しているからだ。

取材終了後、アイドリングのままふわっとクラッチミートし、軽やかに走り去る911ターボ カブリオレを見送った。クルマのコンディションが良好であることはもちろん、オーナーのていねいな運転があってこそ、トラブルフリーで維持できているに違いない。総生産台数が1000台にも満たない1989年式ポルシェ・911ターボ カブリオレ。現存する個体数を知るよしもないが、オーナーに大切にされているこの個体は確実に幸せな部類に入る。この911ターボ カブリオレも、後世に乗り継がれていくことは間違いなさそうだ。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]

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