ハチロク歴34年のオーナー自ら不慮の事故から復活させた!1986年式トヨタ カローラ レビンGT(AE86型改)
運命には少なくとも2通りあると思う。
1つは「自分の力で変えられる運命」だ。やがて訪れるその瞬間に向かって、いかに自分自身を鼓舞するかで、文字どおり運命が大きく変わることもある。
そして2つめは「自分ではどうすることもできない運命」だ。突然の出会いと別れ。偶然なのか、それとも運命なのか?それは神のみぞ知る・・・のかもしれない。
今回、取材させていただいたオーナーはその両方の体験を経て、現在の愛車を所有しているといっていいだろう。想いが強ければ、それに呼応して運命は変わる。そして、変えられる!そう信じたくなるエピソードをお届けしたい。
「このクルマは1986年式トヨタ カローラ レビン GT(AE86型改/以下、ハチロク)です。手に入れたのは6年前、現在の走行距離は約25万キロ、私が所有してからはおよそ5万キロ乗りました。
私はいま、55歳です。社会人になってからこの個体まで3台のハチロクを乗り継いできました。この個体の前に所有していたハチロクと悲しい別れがあり、縁あって手に入れたのがこのクルマなんです」
歴代カローラ レビンおよびスプリンター トレノにおいて大きな転換点となった、通称「ハチロク」ことAE86型。最後のFRとして高い人気を誇り、デビューから30年以上経ったいまでもその人気は衰えるどころか、ますますヒートアップしている印象すらある。
カローラ レビンおよびスプリンター トレノは、それぞれ「2ドアクーペ」および「3ドアハッチバック」が用意された。これに好みのボディカラーを組み合わせることで、オーナーごとのこだわりが反映できたといっていいだろう。
2ドアクーペのボディサイズは、全長×全幅×全高:4200x1625x1335mm。直列4気筒DOHCの名機「4A-GE型」エンジンが搭載され、排気量1587cc、最高出力は130馬力を誇る。
現在55歳のオーナーが、人生の多くの時間をともに過ごしてきたハチロク。長きに渡る付き合いとなった「原体験」のエピソードを伺った。
「20代前半の頃、自動車整備の学校を卒業したあとにディーラーのメカニックとして働いていたんです。職場の先輩に横田基地で行われていたジムカーナに連れて行ってもらったんですが、ハチロクがスピンターンをする光景は強烈でしたね。クルマ(ハチロク)がこんな動きができるなんて知らなかったんです」
若いときの強烈な現体験が後のカーライフに大きな影響をおよぼす。これは、多くのクルマ好きの方に取材を通じて話を伺い、確信に近い実感がある。そしていつしか、オーナーもハチロクを手に入れ、ジムカーナ大会へと参加するようになっていったという。
「その当時、レビン/トレノはAE92型へとモデルチェンジしていたので、FRが欲しい身としては必然的にAE86型になってしまうんですね。そこで中古車を手に入れ、夜な夜なドラテクを磨きつつ、21歳から3年ほどジムカーナにエントリーしました。優勝はできなかったけれど、楽しかったですね」
ハチロクを操り、ジムカーナで腕を磨いたオーナー。やがて主戦場をサーキットへと移し、学生時代の仲間たちとレースに興じるようになっていったという。ところが、そこである重大な事実に気づいてしまったのだ。
「仲間や人との出会いに恵まれたこともあって、ジムカーナをはじめてから3年目にはドライバーとしてわりといいところまでいけるようになったんですが・・・。
ジムカーナって、競技中はコース場には自分ひとりだけですよね。でも、サーキットでレースとなると相手がいます。つまり、必然的にバトルが起こるわけです。
私の場合、本番ではなく、練習走行から目を三角にしている人たちと一緒に走ってもコース上で譲ってしまうんですよ。そこで自分には競争心がないと気づいてしまったんですね。そこで私はドライバー参戦を諦め、メンテナンスを担当する裏方に回ろうと決めたんです」
その後もオーナーにとってハチロク、そしてレースの世界がライフワークとして根付いていく。しかし、物事にはいつか終わりがある。残酷なようだが・・・。
「新車で販売されていたAE101型のレビンを購入して、仲間たちとレース仕様に仕立てて参戦していた時期もありました。ただ、仲間内で長く続けているといろいろなことが起こるわけです。チームが解散になって他のチームへと移ったり・・・。それでもなんだかんだで20数年間は続けていたと思います」
横田基地のジムカーナ大会で観たスピンターンを決めるハチロクに魅了されてから20数年・・・。職場の先輩の誘いがなければ、オーナーはまったく別のカーライフを送っていたのかもしれない。そして、レースカー仕様に改造されたAE101型レビンが、後にオーナーと運命的な再会を果たすことになるのだ。
そんなオーナーの愛車遍歴はほぼハチロクとともにあったことが分かる。
「学生時代に購入したスターレット(KP61型)が初めて手に入れた愛車です。これは卒業寸前に事故で廃車に・・・。
その後、廃車すると聞いたコロナを仲間から譲り受け、半年くらい所有した後、社会人になってから1台目のハチロクを購入。ジムカーナでサイドブレーキを引くのに有利なドラム式ブレーキを装備した前期型のGTにこだわりました。
そして、2台目のハチロクを20年くらい所有していたのですが、もらい事故で廃車に・・・。そして、現在の愛車を手に入れました。振り返ると、ハチロク歴35年目になるんですね」
オーナーにとってみれば2台目のハチロクが「アガリのクルマ」のつもりだった。しかし、不慮の事故(しかももらい事故)で廃車となってしまったのだ。
「7年前、7月のある夜のできごとでした。仕事帰りにハチロクを運転していたとき、右折しようとしたらタクシーが信号無視で突っ込んできたんです。それもノーブレーキで・・・。ハチロクの左側のドアから後ろは大破。
いわゆる“10:0”の事故だったんですが、そうなると相手にハチロクを持って行かれてしまうということで9:1となりました(過去の事例では10:0もあった模様)。
もろもろの決着がつくまでずいぶんと時間が掛かりましたね。そのとき、私のハチロクにはドライブレコーダーを装着しておらず、相手側の(ドライブレコーダーの)映像が決め手になりました」
煽り運転だけではなく、事故の際の証拠映像としてもドライブレコーダーの記録は有効な資料となる。しかし、旧車・ネオクラシックカーに取り付けるケースはまだまだ少ないのかもしれない。
かなりの衝撃で側面からタクシーに突っ込まれたが、むち打ちだった他は大きな怪我をせずに済んだようだ。助手席側だったことが不幸中の幸いだったのかもしれない。
「フロアからBピラー、ルーフに至るまでダメージがおよんでいました。2台目のハチロクはディーラー勤務時代に先輩が売った個体で、それが巡り巡って自分のところに来たんです。
子どもたちが小さい頃にこのクルマに乗せて家族で出掛けた思い出もあるし・・・。そのまま乗り潰すつもりでいましたから、あのときは本当に悲しかったですね」
事故の過失割合が10:0になってもおかしくはないという結果がすべてを物語っている。突然、不慮の事故に巻き込まれてしまったオーナー、そしてハチロクが気の毒でならない。
愛車を失い、嫌が応にもオーナー自身、「ハチロクが自分にとってどういう存在なのか?」を見つめる機会となった。
「突然大切にしていたハチロクを失い、他のクルマへの乗り換えも考えました。しかし、考えれば考えるほど乗りたいクルマが思い浮かばないんです。家族のあいだでも、僕の愛車はハチロクというイメージが根付いていて、息子にも『ハチロク以外のクルマは似合わないよ』といわれました。
たしかに大破しましたが、フロント周りや思い入れのあるTOM'S製のアルミホイール(貴重な当時モノの井桁!)をはじめとする部品はまだ使える。それならば、新たにドナーとなるボディを手に入れ、可能な限り移植しようと腹をくくったんです」
オーナーの心は決まった。新たな個体を手に入れ、事故で大破したハチロクから使える部品を可能な限り移植することで甦らせることにしたのだ。
「これまで築いてきたネットワークを駆使することで、ドナーとなるハチロクを手に入れようと考えました。しかし、アテにしていた方に断れてしまい・・・。その後、何軒も中古車販売店を見てまわったり、インターネットでも調べてみました。それでもなかなか良い個体に巡り逢えませんでした。
そこで、1度は断られてしまった知り合いの方に“申し訳ありませんが、もう1度どうしてもハチロクに乗りたいので、ボディだけ譲ってください”と頼み込み、それならば・・・と譲ってもらえることになったんです」
もしかしたら、1度は断ったものの、オーナーの熱い想いにほだされてボディーのみを譲る決心をしたのかもしれない。こうして、最大の懸案事項であったハチロクのボディーはどうにか算段がついた。
「当時、そろそろ50歳間近ということもあり“自分自身が納得のいくハチロクに仕上げたい”という思いがありました。事故の示談交渉である程度の金額はまかなえそうだったのですが、ショップ任せで理想を追求していくと確実に予算オーバー。
それならば自分自身で理想のハチロクを造ろうと考えたんです。しかし、作業する場所がありません。そんな折り、付き合いの板金屋さんが車両置き場を貸してくれることになったんです。
僕は、整備はできるけれど、板金塗装は専門外。ボディーには少し錆もあったので、そちらの作業はお願いして、それが仕上がったら仕事が休みの日曜日に、自宅から1時間半くらい掛けて車両置き場まで通いました。ちょうど冬場で日が短く、吹きさらしの暖房もないところで作業するのは大変でしたね」
これまで2台のハチロクを乗り継いできただけに、今回の事故がオーナーにとっての転機になったことは間違いなさそうだ。
「トランスミッションは1台目のハチロクからずっと使っているものなんです。当時、板金屋さんの息子さんが潰してしまったハチロクからタダで譲ってもらいました。もう30年くらい前のことですね。
バラしてみたらクロスミッションだということが判明。さすがにずっと使ってきたので、ミッションの入り具合がしぶくなっていました。そこで先輩の力を借りつつ、思い切ってオーバーホールしました。エンジンも推定で18万キロくらい使っていて、オイル漏れがひどくなっていました。そこで・・・」
ここで、かつてレースカー仕様に改造されたAE101型レビンのことを思い出したのだという(※そのときに撮影した画像をオーナーからお借りした)。
「昔の仲間に連絡を取ってみたんです。そうしたらまだあるというので、軽バンに乗ってエンジンを引き取ってきました。当時、N1レースを走っていたレビンはコンテナの上に載せられて雨ざらし・・・。それでもどうにか、ボディーからエンジンを降ろし、自宅に持ち帰りました」
エンジンを組み上げる作業は、時間を掛けようと思えばいくらでも費やせる。プライベーターであればなおさらだ。しかし、オーナーにはある期限が迫っていた。それは・・・この取材だ。
ようやくエンジンが組み上がり、試走ができたのが取材3日前の深夜だった。エンジンは掛かったけれど、まだまだ細かい作業が山積み。結局、取材前日の夜まで作業していたという。
「取材の前日の深夜まで作業して間に合わせました。エンジンを提供してくれた仲間にも報告したかったし、SNSで知り合った人たちが応援してくれたことも励みになりましたね。
気になる部分もありましたが、ノントラブルで取材場所まで来ることができてよかったです。エンジンはひとまず“2022年Ver.1”仕様です。
エンジンの仕様は、仲間から提供してもらったAE101のN1レース仕様をベースにAE111の純正オーバーサイズピストンを投入。TRDの0.8㎜ヘッドガスケットを入れて、面研はなし。
カムシャフトもAE111型の純正を使用。カムプーリーやタイミングベルトもAE111型に対応するために、オイルポンプを交換してオートテンショナー化。4スロも口径が大きなAE111型に変更。
ノビーブース製のインダクションボックスとAE86用TRDのN2タコ足は以前のエンジンからの流用です。コンピューターはAE111型後期6速用の純正を使っています」
既存のエンジンと、かつてレースで戦ったN1レース仕様の部品を組み合わせて、ぶっつけ本番で自宅から離れた取材場所までノントラブルで来られる。取材後は無事に帰宅できたそうだ。オーナーの知識とセンスの賜物といっていいだろう(※大変な思いをさせてしまい、すみませんでした)。
自宅で作業となると・・・やはり気掛かりなのはご家族の理解だ。
「そもそも、妻との出会いがクルマ絡みだったんですね。結婚前、彼女はジムニーに乗っていたりして、クルマの趣味には理解があるんです。でなきゃ無理ですよね。今回のエンジンだって家のなかで作業したりしましたから(笑)。
実は、2台目のハチロクっていちど手放しているんです。2人目の子どもが産まれたとき、さすがに2ドアでは大変だろうということで。そうしたら見事に“ハチロクロス”になりまして。その後、手放したハチロクにちょっとしたトラブルもあって買い戻すことになったんです」
最後に、このハチロクとこれからどのように歩んでいきたいのか伺ってみた。
「とにかく無理をせず、1年でも長く乗りたいですね。家族には最後は"ハチロク葬"してくださいって頼んであります(笑)。それはそうと、家族には本当に感謝しかないですね。子どもたちはリアシートに押し込められて大変だったと思うし・・・。実は今回のハチロクを造るにあたり、足りない分のお金を妻が貸してくれたんですね。きちんと借用書も書きましたよ」
実は取材当日、オーナーの友人でもあるハチロクオーナーが現地に駆けつけてくれた。手に入れて間もなく30年になるというハチロク、以前取材させていただいたことがある。
撮影のあいまに2台のハチロクを並べてみた。奇しくも同じ2ドアのレビンだ。それぞれのオーナーの想いが投影されたハチロクを眺めていると話は尽きない。
オーナーの誠実な人柄、そして周囲の援助、不思議な巡り合わせ。いずれも偶然なのか、それとも運命なのか・・・。事故の一件は気の毒であったが、見事なまでの復活劇!強い引力を「持っている」人なのかもしれない。そしてハチロクに選ばれ、愛された人でもあるのだろう。
これまでのカーライフ、そしてハチロクへの想いが凝縮されたこの個体は、オーナーにとって間違いなく「アガリのクルマ」であろう。
「アガリのクルマ」は組み上がったばかり。これから先、不思議な運命の巡り合わせを繰り返しながらさらなる進化を遂げていくに違いない。
仕事を抜きにして、いちクルマ好きとして本当に楽しい取材であった。これからも、このクルマとオーナーが織りなす進化の過程を追い続けてみたい。そう強く感じた取材となった。
(編集:vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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