国内限定9台。前オーナーの意思を受け継ぎ、愛情を注ぐ1985年式トヨタ セリカコンバーチブルGT-S改(RA65型)
この取材を続けていると、普段はなかなか見られない貴重な“限定車”と、そのオーナーにインタビューする機会に恵まれることがしばしばある。今回は、日本にたった9台しか輸入されなかった非常にレアな1台を所有するオーナーが主人公だ。
オーナーの愛車を見れば、これまでいくつかの自動車媒体に登場しているのでピンとくる方もいるかもしれないが、今回はなぜこのクルマを選び、どのような気持ちで接しているのか。そのストーリーをあらためて紐解いてみたい。
北米仕様のセリカを逆輸入したモデルだ。1981年にデビューしたシリーズ3代目(A60型)の後期型がベースとなっている。外観ではフロントマスクが特徴的で、1983年のマイナーチェンジでポップアップライトからリトラクタブルヘッドライトに変更された際、ライト・グリル・サイドマーカーをブラックに統一したデザインにしたことから通称「ブラックマスク」と呼ばれている。
「このクルマは1985年式トヨタ セリカコンバーチブルGT-S(RA65型/以下、セリカコンバーチブル)です。手に入れてから15年目、現在の走行距離は30万キロ、私が所有してからはおよそ3万キロ走りました。私はいま、53歳です。
セリカの存在を知ったのは高校時代。WRCラリーのグループBで活躍している姿に魅了されました。いまはこのクルマに月に2回ほど乗っていて、夏季のクルマに厳しい季節は基本的に“夏眠”していますが、イベントやツーリングがあれば遠征することもありますよ」
セリカコンバーチブルが輸入されたのは1985年11月。当時の日米貿易摩擦を解消する取り組み(次期モデルも見据えて)の一環として、トヨタが日本に正規輸入した。輸入台数はわずか9台。車両本体価格は595万円であった。
輸入の際は、当時の法規に適合させるため手が加えられた。“キンコン音”でおなじみの速度警告チャイムやパーキングランプなどが追加装備され、マイル表示のメーターはキロ表示に。その他多くの変更が必要となったため、車両本体価格も高額になったと思われる。
ちなみに、3代目セリカには限定車が2モデル存在している。ひとつは1982年に200台限定で販売されたグループBのホモロゲーションモデル「GT‐TS」。もうひとつがこのコンバーチブル「GT-S」だ。
セリカコンバーチブルのボディサイズは全長×全幅×全高:4475×1720×1320mm。22R-E型エンジンを搭載し、排気量2366cc、最高出力は114馬力を発生した。ミッションは4速ATのみで左ハンドル。
駆動方式はシリーズ最後のFR(4代目よりFF)。ゆとりのある排気量にATという組み合わせがアメリカンテイストを感じさせた。
このクルマを実際に所有してみて、気づいた点や感じたことを尋ねてみた。
「セリカはこの直線的なデザインがいいですね。丸っこいデザインより直線的なフォルムが好みです。セリカコンバーチブルの場合、他とデザインがかぶらないところが魅力だと思います。ただ、ボディ剛性は良くないですね(笑)。ルーフの大切さを実感しています。
それから、取扱説明書があるのには驚きました。きちんと印刷されていて、世の中に9冊しかないはずです。唯一の“証拠”ですよね。これが本物かっていわれると困りますが、全国で9台しか売っていなかったというのは、購入者と当時販売していたスタッフくらいしか知らないはずなので、世の中に知られていないことのほうが多い謎のクルマなんだなと思いました」
わずか9台という限定車のオーナー。他のオーナーとのネットワークは構築されているのだろうか?
「以前、トヨタ博物館で行われたイベントに招かれたことがあったんですが、そのときに3台集まりましたね。もうひとり、東北方面にフルチューンして乗っている方がいると聞いているので、明らかにわかっているのは4台。自分のも含めて9台全部が生き残っているといいなぁ・・・と思っていますが」
そう話すオーナーは、18歳の頃からサーキット走行やドリフトなど走りを楽しむカーライフを送ってきたという。
「ラリーを見てA63型のセリカに惚れ込みましたが、当時18歳だった私にとっては手が届かない存在でした。そこで同じ4A-G型エンジンを搭載したAE86(トレノ)が初の愛車になりました。グレードは3ドアのGT-Vです。ボディカラーはレッドで、このときから今日までレッドのクルマに乗ることになります(笑)。
今では考えられないかもしれませんが、昭和後期はAE86の中古車が100万円以下で手に入りました。走りの良さにこだわっていたので、AE86にはHKSのスーパーチャージャーキットを取り付けて乗っていました。その後、AE86と交換したいというA63セリカのオーナーさんと知り合い、取り替えてもらったんです」
念願だった2ドアクーペのA63型セリカを手に入れたオーナーは「セリカオーナーズクラブ・ブラックマスク」に所属。そこでセリカコンバーチブルと出逢うことになる。
「オーナーズクラブのベテランメンバー(元オーナー)が、乗っていたセリカコンバーチブルを売却すると聞きました。その方は当時80歳くらいで職業は経営者だったと思います。新車から約20年、27万キロを大切に乗られてきましたが、ドクターストップで運転ができなくなり、断腸の思いで手放すことにしたそうです。
そこで“私に譲って欲しい”と申し出ました。するとそのベテランオーナーは、私がセリカコンバーチブルのオーナーにふさわしいかどうかテストをするというんです」
オーナーになるための条件として課せられたテスト。まるで自動車漫画にありそうなドラマティックな展開だが、その背景には元オーナーの想いが込められていた。
「テストは運転試験と面接でした。最初は『あなたがちゃんと乗れるか試してみる』と、近所をひと回りしました。面接では『せっかくのオープンスポーツカーだから、しっかり動かしてほしい。私が下りたらこのクルマは廃車になってしまうだろうから』というような話をしていたのが印象的でしたね。
『今後大事に乗ってくれるんだよね?転売とかしないよね?』と訊かれたので手放さない約束もしました。購入代金も手数料程度で、本当に『タダ同然』のような価格だったんですよ。
元オーナーは、このセリカコンバーチブルをどこへ行くにも乗っていて、購入したディーラーにメンテナンスをまかせていたそうです。修理の明細書もすべて保存してあって、1件ずつ説明してくれました。『このときはミッションを交換したよ』とか『このときはエンジン載せ換えたよ』、『幌を変えたんだよ』と懐かしそうに話すんです。面接というよりは思い出話を聞いている感じでしたね。それほど愛着のあるセリカとの別れ。ご本人も辛かったと思います」
その後、元オーナーとの交流はないという。15年前の当時で80歳という年齢を考えると、ご健在かどうかを案ずる状況ではあるが、いまも、現オーナーが前オーナーの想いも乗せてこのクルマで走り続けていることは間違いないと断言できる。
ところが……「無事にバトンを譲り受けて、めでたしめでたし」というわけにはいかなかった。27万キロという走行距離を重ねたセリカコンバーチブルは満身創痍。ここからが“本当のはじまり”だったようだ。
「車体は一見キレイに見えましたが、かなり傷んでいましたね。実は、クルマを受け取った帰り道にオーバーヒートしてしまいました(笑)。ここから5年間かけて全塗装、エンジンやミッションの載せ換えなどのレストアを行い、2012年にようやく走り出しました」
当時のレストアの様子、そしてオーナーこだわりのモディファイを伺った。
「オリジナルの維持よりも、安心して楽しく乗れるようにしたかったんです。そこで、エンジンはそれまで乗っていたセリカに換装していたAE92用でスーパーチャージャーの付いた4A-GZE型に。その他、プロペラシャフト・デフ・メンバー・アーム・駆動系までごっそり移植しました。ミッションはAE86用のT50ミッションで5速MT化しています。ボディカラーはトヨタのスーパーレッドII 3E5で全塗装しました。
仕事の合間にコツコツ直したので5年かかってしまいましたね。こだわりといえば鍵穴ですね。1台目のセリカの頃から同じキーを移植して乗り続けているんです。モディファイは必要最低限にして、オリジナルに近い雰囲気はなくさないようにしたいです」
ほぼ「箱替え」のような形で、オーナー自らの手によって生まれ変わったセリカコンバーチブル。作業中に苦労した点を振り返ってもらった。
「左側排気のエキマニと、左ハンドルなので、エキマニとハンドルシャフトが干渉してしまうところを解消した点でしょうか。右ハンドル用のエキマニが使えないので、アメリカからAE86用のエキマニ(左ハンドル用)を輸入してギリギリかわしました。苦労といっても、アメリカから品物を取り寄せてもらっただけなので、自分では苦労らしい苦労はしていません(笑)」
“超レア車”であるがゆえに、部品調達は困難をきわめているのではないだろうか。しかし、意外にも深刻ではないという。
「基本的に困っていることはなくて、壊れたら直すだけですね。絶版の部品としては、タイヤサイズが225/60HR14という標準タイヤがもうありません。アメリカではグッドイヤーのもので同サイズが出てくるとは聞いたことがあります。ゆくゆくは純正ステアリングがどこかで見つかればいいなと思います。前オーナーが毎日乗っていたので、購入当時からほころびていましたので。
それから、スーパーチャージャーの部品がもう全然出ないので、スーパーチャージャーではない4A-Gエンジンに交換して対策しておきたいです。エンジンはスペアを持っているので、今後載せ換え予定です。あと何年かしたら幌を張り直さなくてはと、社外品ですが予備の幌を用意しています。幌のゴム製部品は、並行輸入した北米仕様の元オーナーだった方に縁があり、譲ってもらうことができました」
とはいえ、オーナーからはひっ迫した様子はなく、マイペースに不具合を一つひとつ解消していこうという余裕さえ感じられた。前オーナーの意思を受け継いだこのセリカコンバーチブルと、今後はどんなカーライフを送っていこうとしているのだろうか。
「長く付き合って乗って行きたいなとは思っています。何が起こるかわかりませんけどね(笑)。このクルマを含めた9台のために、なんとかしたいという気持ちは常にあります。将来、私の娘が運転免許を取得したときこのクルマを受け継いでくれたらうれしいです」
そう未来に思いを馳せるオーナー。個体数が少ないぶん、他のオーナーと運命共同体のような心境も生まれるのかもしれない。
取材中は終始、物腰柔らかな口ぶりでインタビューに答えてくださった。言葉を選びつつ、愛車への情熱をストレートに言葉にすることは少なかったが、クルマを見ればその秘められた情熱が感じ取れるものだ。
近い将来、オーナーのお嬢さんが颯爽と乗りこなす場面にもお目にかかれるかもしれない。そんなほほえましい光景を、きっと前オーナーも心待ちしているに違いない、と、ふと思ったのだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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