54歳のオーナーが“タッチの差”で迎え入れた、1986年式トヨタ カローラレビン GT APEX(AE86型)
ある日、SNSで「#車はオーナーを選べない」というハッシュタグを見かけた。確かにそうかもしれないが、この取材を通じて「クルマがオーナーを選んでいる」としか思えないようなエピソードに数多く触れてきた。もちろん実際にはそうではないと承知していながら、どう考えても偶然とは思えない出逢いもあるはずだと信じたいものだ。
今回も、そんな偶然とは思えないようなストーリーを紹介したい。主人公は54歳の男性オーナー。過去にスズキ ジムニー(SJ10F型改)およびロータス エランとのカーライフを取材させていただいている。そんなオーナーが2年前に迎え入れた愛車は、誕生から40年を経た今も国民的人気を誇るスポーツモデルだった。
「このクルマは1986年式トヨタ カローラレビン GT APEX(AE86型/以下、レビン/ハチロク)です。仕事先でお世話になっている方から譲り受けて、もうすぐ2年になります。現在の走行距離は約18万キロですが、手に入れてからの走行距離は、まだ2000キロに届いていません」
「ハチロク」こと「AE86型」のカローラレビン(スプリンタートレノ)は、1983年から1987年にかけて生産されたライトウェイトスポーツだ。シリーズとしては4代目(カローラでは5代目)。シリーズ5代目からは駆動方式がFFに変更されたため、FR最後のカローラレビンでもある。
ハチロク自体、当時からモータースポーツ好き、そして当時の「走り屋」の心をグッとつかんできた。90年代後半からはトレノが主人公のマシンとして活躍する「頭文字D」の後押しもあって人気はさらに過熱。海外にも熱狂的なファンを生んだ。2023年にはデビュー40周年を迎え、いまなお世界的な人気を誇っている。
レビンのボディサイズは、全長×全幅×全高:4200x1625x1335mm。駆動方式はFR。排気量1587ccの直列4気筒DOHCエンジン「4A-GE型」が搭載され、最高出力は130馬力を誇る。このエンジンは(派生したものも含めると)レビン(トレノ)以降、MR2(AW11型)やセリカ(AA63型)といった、同社のスポーツモデルにも搭載された。
また、レビン(トレノ)には、2ドアクーペと3ドアハッチバックがそれぞれに設定された。ちなみに、オーナーの個体「GT APEX」は2ドアクーペ。トランスミッションは5MTの後期型だ。
さて、過去の記事にもある通り、オーナーはこれまで多様なモデルを乗り継いできた。
「国産車や輸入車といった括りにこだわりなく、ジャンルもスポーツカーからオフロードまでジャンルを問わずに乗ってきました。スズキ ジムニーに乗ったときは、メインのクルマもオフロードにしたくなって、トヨタ ランドクルーザー60を同時に所有したこともありました」
そんな愛車遍歴のなかで、オーナーのカーライフの源流となっているようなクルマがあるのかを知りたく、印象深い愛車について尋ねてみた。
「ポルシェ914が好きでした。完璧な性能よりも、少し不便なほうがおもしろいと思いますし“乗っていて楽しいかどうかが大切”という、クルマ選びの基礎を作った1台かもしれません。しかし、人生観を変えたといえるクルマといえば、スズキ ジムニーかな。旧車を好きになったのは、ジムニーに乗り続けていたからだと思います。クルマ仲間が増えたきっかけの1台でもあります」
そう語るオーナーに、ハチロク(AE86)に出会った時期や第一印象を振り返ってもらった。
「私がハチロクを知った頃には、すでに旧型となっていました。若者が中古で手軽に購入できるスポーツモデルで、周囲にも乗っている仲間が結構いました。乗ればおもしろいクルマだろうなとは思いつつも、当時は惹かれなかったんですよね」
どちらかといえば、ターボモデルを好んでいたというオーナー。続いて、実際に愛車と出会い、迎え入れるまでの経緯を伺った。
「この個体は、十数年前から知っていました。仕事先でお世話になっている方が購入した当時から知っていたんですが、忙しくてなかなか乗る機会がないとも聞かされていました。そこで一度“売ってもらえないか”と交渉したんです。ダメ元でしたが、やっぱり『No』でした(笑)」
それから数年が経った頃、オーナーは意を決して再び交渉することにした。そして…!
「なんとOKが出たんです。その頃はハチロクの人気が上がり、中古市場も高値をキープしていたことも後押ししたようですね。しかし、再交渉したタイミングが偶然、買取り業者にレビンの見積を依頼する電話をした直後だったらしくて…。もし再交渉が2~3日遅れていれば、レビンは買取り業者に引き取られることになっていたんですよ」
タッチの差で、レビンの運命は変わっていたかもしれない。オーナーのもとで再び元気に走ることもなかった可能性がある。しかし、高値で取引される車種だけに買取り業者に依頼してもかなりの値が付くはずだ。オーナーに譲ろうと思った、前オーナーの心境はいかに?
「高く売るよりも、このクルマのことをよく知っている人に乗ってもらったほうが良かったみたいです。私がクルマ好きで、普段の会話からどんなクルマに乗っていて、どんなメンテナンスをしているのかも知っているので、信用してもらえているみたいですね。日頃からクルマに関する話題をしていて良かったと思いましたね(笑)」
オーナーのレビンは一見、純正色のハイテックツートンに見える。実は、ホワイト(混じりけなしのホワイト)とシャーシブラックのツートンに、前オーナーが全塗装しているという。トラックを整備する仕事の関係で手持ちの塗料があったから……ということだったそうだが、この他にも前オーナーが手を入れていた部分はあるのだろうか。
「この個体は私で5オーナー目らしいのですが、どうやら歴代オーナーの誰かが、サーキットを走らせていたようなんです。メーカー不明のスポーツマフラーや、タワーバー、LSD、車高調、運転席のみレカロシートが装着されていました。これまで修復歴ゼロなのがすごいですよね」
過去にサーキットも走っていたとおぼしきレビン。ところが、前オーナーの保管時期が長く劣化が進んでいたそうだ。そこでオーナーは大規模なリフレッシュを決行したという。
「前オーナーがまったく乗らなかった時期が数年あったため、ガソリンタンクがかなり傷んでいたので交換しました。他にもフューエルラインやインジェクターの交換。デスビは新品がないのでリビルド品で調達。それからデフの中のギアが欠けていることが判明したので修理。ブレーキも固着していたのでオーバーホールしました。
メーカー不明の古びたマフラーをフジツボ製のスポーツマフラーに、ホイールはワタナベ製に新調しました。フロントリップとサイドステップのお色直しもしています。レビンの車体価格自体は今の相場からすると格安でしたが、結局リフレッシュにかなりコストが掛かりました(苦笑)」
リフレッシュ期間は8月から12月までと、数ヶ月の時間を要したそうだ。
「費用も時間も掛かりましたが、しっかり直せて良かったと思います。ハチロクは部品の再販もあり、燃料タンクは新品が手に入ります。おかげさまで、いまのところノントラブルで走っています」
オーナー自身は言及しなかったが、タイヤは横浜ゴム製の「ADVAN HF Type D 」を履かせている。こちらのモデルは、1980年代に横浜ゴムが販売していた人気スポーツタイヤで、近年ヒストリックカー向けに再販された。旧車好きならわかるツウなチョイスだ。このように、さりげないこだわりでポイントを押さえている。
こうして美しさを取り戻したレビン。改めて気に入っている点についてオーナーに尋ねてみた。
「斜め前からのアングルが好きです。ボクシーなフォルムが映えますし、好みの車高であることも気に入っています。それから、FRであることは大きなポイントです。FRモデル最後のレビンを楽しみたいですね」
最後に、少しずつオーナー好みに仕上がりつつあるレビンと、これからどう接していきたいか伺ってみた。
「現状はこれでいいと思います。乗り始めてまだ2年ですし、当時の雰囲気と走りを普段使いしながら、じっくり味わっていきたいですね。それと…クルマの趣味を理解してくれている妻にも感謝ですね。「頭文字D」の原作者であるしげの秀一氏が、1980年代~90年代に手掛けた「バリバリ伝説」の主人公「巨摩郡」が作中で着用していたヘルメット(レプリカモデル)の購入もなんだかんだでOKしてくれましたし(笑)」
オーナーは熱狂的な「ハチロクフリーク」ではない。しかし、この年代のクルマを所有するうえで、押さえるべきツボとセオリーは心得ており、それが愛車にもしっかりと反映されている。ちなみに普段は、雨風をしのげるシャッター付きのガレージで保管されているそうだ。「この人なら大切にしてくれる」。レビンもそんなオーナーを選んで嫁いできたのかもしれない。
もしも、いま手に入れたいクルマがあるのなら、まずは言葉にするのがいいかもしれない。SNSで発信するのも然りだ。例え「オーナーはクルマを選べない」というハッシュタグをつけたとしても、クルマがあなたを選び、良い縁に恵まれるかもしれない。言葉として発したら、あとは「幸運は用意された心のみに宿る」ことを信じ、その日が訪れるのを待てばいいだけだ。クルマがあなた自身を選ぶ、そのときまで。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき / 取材協力: 境赤レンガ倉庫)
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