初恋相手の父親の元愛車!運命的に嫁いできた1990年式シトロエン・2CV Specialとのカーライフ
オーナーが惜しみなく愛情を注ぐクルマに限って、出会いは運命的である場合が多い。つまり「クルマがオーナーを選んでいる」のである。それは最近、取材を重ねるたびに確信へと変わっている。
今回の主人公であるシトロエン・2CV Special(以下、2CV)のオーナー、47歳の男性もまさに「クルマに選ばれたオーナー」のひとりだった。この2CVは1990年式で、最終型に近いモデル。3オーナー目だそうだ。爽やかなブルーのボディが夏草に映える。正式ボディカラーのブルー・セレステ(カラーコードEMB)は「空色」の意味だ。このクルマを眺めているだけで、まるでフランスの農村にやってきたかのようにのどかな気持ちになれるのは、フランスの農村風景や文化が、2CVを介して我々の心に刷り込まれているからではないだろうか。
2CVは、1948年から1990年まで42年の長きにわたり「フランスの国民車」として愛された。全長×全幅×全高:3830×1480×1600mm、排気量602cc。空冷水平対抗2気筒OHVエンジンは、最高出力29馬力を発生した。ちなみに、あのトヨタ・パブリカの水平対向2気筒エンジンは、この2CVの影響を受けている。
もうひとつの大きな特長といえば、やはり他車には見られない独特の足回り「前後関連懸架」が採用されていることだろう。フロントにリーディングアーム式、リアにトレーリングアーム式のサスペンションが採用され、前後がシリンダーで繋がれた構造になっている。このシリンダーを収縮させることでストロークが長くなり、農道のような小石だらけの悪路でも、柔らかく快適な乗り心地を実現した。さらに、この構造は前後の車輪を車体の全長の端まで寄せられたことで、大人4名が乗車できる広い室内空間を確保。大変合理的な構造になっている。
また、多くの名作映画でも2CVは活躍。名作アニメ「ルパン三世・カリオストロの城」では、ヒロインのクラリスが初登場するシーンにも2CVが登場している。クラリスが2CVを懸命に運転しながら、追っ手から逃げるカットはあまりにも有名だ。宮崎駿監督がシトロエン好きであることもファンの間では知られ、個人事務所の屋号「二馬力」は、愛車の2CVから名付けられている。
こうした逸話が多く残り、今もなお多くの人が憧れる1台だが、オーナーはなぜ、このクルマに惹かれたのだろうか?
「小学生でありながら、スクランブルカーマガジン誌(現カーマガジン)を創刊号から読んでいたので、一通りのクルマの知識はありました。高校生の頃にはNAVI誌、そして当時の鈴木編集長の大きな影響を受け、気がつけば2CVが大好きになっていました」
オーナーは、自動車マニアの父親の影響でクルマ好きになったという。高校の卒業文集にも、NAVI誌に感化されて「少年老い易く2cv乗り難し」と書くほど。今まで乗り継いできたクルマたちは数えきれない。そんなオーナーに、印象に残っている範囲で愛車遍歴を伺った。
「バモス・ホンダ、マツダ・RX-3サバンナスポーツワゴン、ローバー・ミニ1000、マツダ・ユーノスロードスター、三菱・J54ジープ、フィアットX1/9、三菱・J55ジープなどですね。自分で買ったクルマは、ほとんど屋根がありません。ファーストカーがオープンカーだったので、屋根の開くクルマが頭から離れないのかもしれないですね。2CVもキャンバストップですし」
オーナーは今から2年前にこの個体を迎えたわけだが、実はオーナーが大学生の頃から出会いのストーリーがはじまっていたのだ。
「大学生の頃、初恋の女性がいました。彼女のお父さんがシトロエンマニアで、ずっとシトロエンばかり乗り継ぐ人でした。しかしある日、彼女の家に行くとメルセデス・ベンツに乗り換えられていて、セカンドカーを別に購入していました。そのクルマが2CVでした。すごく羨ましかったですね。しかし、その後は就職や結婚などで時間を重ねていく中、そんな想いは薄れていきました。ずいぶん時間が経ち、ある程度落ち着いてからクルマ趣味を再開させたとき、あるイベントで仲間の2CVの助手席に同乗させて貰ったのをきっかけに、気持ちが再燃しましたね」
「後で知ったんですが、乗せてもらった個体はなんと、あの初恋の女性のお父さんが所有していた2CVそのものだったんですよ!お父さんから仲間へ、そして私が3オーナー目というわけです。前オーナーには『もし、この2CVを処分するときはハンドルとシートだけ欲しい』と冗談めいて話していたところ、車検が切れたうえに2CVとの2台体制が無理になってしまったというので『じゃあどう?』と言われ、すかさず買い取りました。うれしかったですね。不思議な縁を感じました。シトロエンには車台番号とは別に『オルガナンバー』という製造日付が車台にスタンプされています。このクルマの番号は4846。調べたところ、この数字は1990年2月14日製造を意味していたんです!なんというバレンタインプレゼントだったのですかねぇ」
クルマがオーナーを選んだ。初恋女性の父親の愛車であり、遠い昔に羨望の眼差しを注いでいた個体が、巡り巡ってオーナーのところに嫁いできたのだ。運命的な出逢いを経てオーナーはさぞかし溺愛をしていると思ったのだが、その感想は意外にもクールだった。
「憧れが先行して落胆はなかったですけど、興奮もなかったです。水平対向の空冷エンジンに乗ったことがなかったので、新鮮さはありましたね。サンバーの2気筒と同じサウンドという印象ですね(笑)。とにかくスピードが出ないと聞いてはいましたが、そうは感じません。サスペンションもたしかに柔らかいです。私はどんなクセのあるクルマでも、一度乗るとあたりまえになってしまうようです。例えば、左ハンドルのクルマに乗るとウインカーとワイパーを間違えやすいように、そのクルマのクセでミスを起こさないように『このクルマはこういうものだ』と、頭にインプットするようになってしまっているようですね」
それでは、気に入っている点はどこなのだろうか。
「手入れがしやすいところですね。部品も、輸入品はネット通販ですぐ手に入りますし、日本で買うのと変わらないです。供給状況も、消耗品含めて豊富です」
法的に許される範囲でなら、できる限り自らメンテナンスを行うというオーナー。モディファイもいろいろと施しているのだろうか。
「モディファイよりも、むしろ初期化に近い修理をしています(笑)。はずしてあったリアバンパーを元に戻し、好みでない部分の塗装をハケで塗り直したくらいでしょうか。納車後、すぐに点火ポイント・燃料ポンプ・プラグ交換などを行いました。今年の春には、キャブレターのオーバーホールを手始めに、ピストン・シリンダー・付随してピストンリング・ピストンピン、吸排気バルブなどを一新しました。オイル交換は3ケ月から半年に一度、交換の目安は3000キロです。鉱物油の20W-50という硬いオイルとの相性が良いようです」
では、もともとクルマ弄りは好きだったのだろうか。
「いえ、好きじゃないです。貧乏性なだけですよ(笑)。でも、悪戦苦闘してようやく動きはじめた瞬間は達成感がありますね」
この質問は本来ならば、クルマ好きに尋ねるのはNGだ。しかし今回は意を決し尋ねてみた。2CVは、壊れるのだろうか?
「故障の許容範囲がどのくらいかにもよると思うんですが、私は壊れるクルマだとは思っていません。ただ、今までいちばん苦労したのがマフラーの修理でした。昨年、足回りを弄っているときに脱落してしまって。溶接して直したんですが、今年に入ってまた脱落してしまいました。マフラーは壊れる予定ではなかったので部品も手配していませんでしたし、溶接は正直得意ではありません。しかも5月の連休中だったうえに、作業している会社(自営業)の倉庫を片付けなければならなかったので苦労しました。溶接を引き受けてくれた友人には感謝しています」
2CVはその愛らしいエクステリアも人気だ。もし、旧車ビギナーが乗りたいと思ったとき、実際に維持はできるものなのだろうか?
「根気と向上心がある人なら、周囲に助けてくれる仲間がいる前提で維持できると思いますよ。基本設計が古いので、消耗品を含めたこまめなメンテナンスが必要になります。例えば、今時のエコカーを乗りっぱなしにするタイプの人には敷居が高いと感じるはずです」
旧車は生き物のようなもの。信頼できる「主治医」を見つけることが鍵となってくるのかもしれない。オーナーはこう続ける。
「のほほんと乗ってちゃダメですよね。例えばAT車でも、止まるか止まらないかのところでセレクターレバーをパーキングに入れてしまうような、操作の雑な人には向いていません。2CVに限らず、すべての旧車はそうなのでしょうけど、古いクルマは現代的な乗り方をすると、非常に負担がかかります。すべての操作に対して鋭敏な感覚を養おうとする向上心のある人、半歩先を見ることのできる人、故障の原因と理由を理解しようとする人なら、旧車に乗ることができるはずです」
かわいいクルマに乗りたいが「美味しいとこ取り」はできない。しかしクルマと向き合い、そのクルマに合った乗り方を会得することこそ、旧車の醍醐味ではないだろうか。極端かもしれないが、結果的には安全運転やエコにもつながっていくと思うのだ。
最後に、2CVと今後どう接していきたいかを伺った。
「これ以上錆びさせないようにして、コンディションを維持したいですね。とにかく淡々と、本当に2CVが好きなんだと思わせる乗り方は、したくないんです。例えば、親が乗っていた2CVをクルマのことはわからないけど、『渋々と乗っている』的な雰囲気を醸したいですね。いずれ、私の子どもたちも乗ってくれればと思います。長女はまったく興味ないようですが、長男は吝かではないようです。壊してしまう危険があるので、しばらく運転はまかせられませんが(笑)。これからも、淡々と永く乗っていけたらと思っています」
一見クールなオーナーだが、振り返ると自らの手で2CVをいたわろうという愛情が、至るところに滲み出ていた。何より、オーナーのもとへ運命的に嫁いできた個体だ。きっとこれからも“淡々と”幸せなカーライフを紡いでいくのだろう。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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