新車ワンオーナー!ともに歩んで早30年。1993年式マツダ オートザムAZ-1(PG6SA型)
「あのころは良かった」という表現はあまり使いたくないけれど、避けて通れない場面がときどきある。
特に、1990年代前半の日本のクルマ事情を語るうえでは、文字どおり「避けて通れない」だろう。
効率化やコスト意識が優先される現代では考えられないような、ユニークかつ魅力的な日本車がいくつも存在していたからだ。
今回、取材させていただいたクルマも、間違いなくそのなかの1台にカウントされるだろう。新車から1人のオーナーの下で大切に扱われてきた貴重なクルマをご紹介しよう。
「このクルマは1993年式マツダ オートザムAZ-1(PG6SA型/以下、AZ-1)です。新車で手に入れてから今年で30年目になりました。いま、61歳なので、30代のころから所有していることになるわけですね。車検が切れて寝かせていた時期があるので、これまでの走行距離はおよそ5.3万キロです」
かつて「ABCトリオ」と呼ばれていた軽自動車規格のスポーツカーが販売されていた。「A」が今回のAZ-1、「B」はホンダ ビート、「C」はスズキ カプチーノだ。
ガルウィングが特徴的なAZ-1、オープン2シーターのビート、FRでターボ、クーペやオープンなど、さまざまなスタイルが楽しめるカプチーノ・・・。いまとなっては信じられないが、この3台の新車がディーラーに行けば購入できた時代(それも同時期に!)があったのだ。
現代において、これらの血統を受け継ぐモデルはホンダ S660とダイハツ コペンだろうか・・・。しかし、多くのクルマ好きがご存知のとおり、S660は惜しまれつつ2022年3月に生産終了となり、いまやコペンのみとなってしまった。
AZ-1のボディサイズは、全長×全幅×全高:3295x1395x1150mm。駆動方式はMR。スズキ製の「F6A型」と呼ばれる排気量657cc、直列3気筒DOHCターボエンジンが搭載され、最高出力は64馬力を誇る。ちなみに車重はわずか720kgにすぎない。
AZ-1というと、どうしてもガルウィングドアが注目されがちだ。しかし実は、スポーツカーとしても成立するスペックの持ち主でもある。ステアリングのロック トゥ ロックが2.2回転というクイックさと相まって、「ハンドリングマシーン」としての魅力と同時に、ある種の危うさも兼ね備えていた。
前述の「ABCトリオ」が、新車で、しかも同時期に販売されていた時代を知るオーナーも、当時、それぞれのモデルが気になったのだろうか?
「1989年に開催された第28回東京モーターショーでAZ-1のコンセプトモデル(AZ550 Sports)が展示されたんです。面白いクルマが出てきたなと思いましたね。このとき、モーターショーの会場には行かなかったんですが、発売直後にオートザムのディーラーで現車確認をしました。
ビートやカプチーノのときは観に行かなったのですが、なぜかAZ-1だけは違いましたね。夜、閉店間際に観に行ったからなのか、お客さんは私1人だけでした」
ニューモデル、とりわけスポーツカーがデビューしたときの自動車ディーラーの混み具合はなかなかのものだ。オーナーは結果的にラッキーだったが、日中はAZ-1観たさに多くのクルマ好きが来店したに違いない。
「そのうちセールスの方が近づいて来て『キャンセル料も掛かりませんし、予約しますか?』とおっしゃるんですね。こちらもAZ-1に興味があるわけだし“じゃあ一応”ということで、名前と連絡先を書いて帰宅したんです。
その後、ディーラーから連絡がなかったので、AZ-1のことなどすっかり忘れていたある日、セールスの方から『お待たせいたしました。順番がまわってきました!』との知らせが(笑)。嬉しい気持ちよりも“さてどうしようか”と正直思いましたね。実はこのとき、もう1台、別のクルマを所有していたから・・・なんです」
もう1台の別のクルマ・・・。オーナーに伺うと、それはトヨタ スープラ(A70型)だというではないか。しかも、AZ-1と並行して現在も所有しているとのことなので、近日中に改めて取材させていただく予定だ。
当時、30代に差し掛かり、このときはまだ独身だったというオーナー。しかも実家暮らしだったというから「何とかなるといえばなる状況」だったようだ。
「私が購入を辞退すれば、次の方に順番がまわるわけですよね。でも、よくよく考えてみると“こんなクルマ、2度と出てこないんじゃないか?”という予感がしたんですね。それでも一応、ひと晩考えました。その結果、スープラの支払いもあるけれど、何とかなるだろうと、AZ-1を買うことにしたんです」
こんなクルマ、2度と出てこないかもしれない・・・というオーナーの予感は見事に的中した。EV全盛の時代になれば状況が変わるかもしれないが、少なくとも当面はAZ-1のようなパッケージの軽自動車が世に出てくる可能性は極めて低いと考えるのが自然だ。
そして、ついに納車日を迎えたオーナー。このときのことはいまでも覚えているという。
「AZ-1を購入したディーラーから近いところに、私が懇意にしているクルマ屋さんがあったんです。自宅からクルマ屋さんまでスープラで行き、AZ-1を引き取りに行ったんですね。試乗車はなかったので、AZ-1を運転するのは納車時が初めて。車高と視線の低さに慣れず、10分くらいで疲れてしまいました。結局、懇意にしているクルマ屋さんに納車されたばかりのAZ-1を置いて、スープラで帰宅したんです(笑)」
いまとなっては笑い話かもしれないが、GTカーとしての要素を持つ70スープラから、公道を走るレーシングカートのようなAZ-1に乗り換えたら疲れるのも無理はないだろう(笑)。
「いちどスープラで帰宅して、改めてAZ-1を引き取りに行って自宅に戻るとき、首都高を走ったんです。ちょっとステアリングを切れば車線変更できる挙動に“これはかなりシビアなハンドリングだな“と思いましたね」
AZ-1が現役だった当時を知る人であれば、このクルマに対する世間やモータージャーナリストの評価はある程度知っているかもしれない。なかにはシビアな評価を下したものがあったことは事実だ。
「ロック トゥ ロックで2.2回転。交差点を曲がるときにステアリングを90度切ればいいんです。『スピンしやすいクルマ』みたいな記事もありましたが、チョイ乗りだとそう感じても無理はないかもしれません。実際にスピンとか転倒するような感じはあまりないんですけれどね」
良くも悪くも慣れが必要というか、乗り手を選ぶクルマなのだろう。万人が扱えるようにセッティングされているクルマが多い現代では、誰もが気軽に運転できる類いのモデルではないのかもしれない、と表現するのは大げさだろうか。とはいえ、オーナーもAZ-1特有の挙動が気になったようだ。
「たしかにそう簡単にスピンはしないけれど、安定性に欠けるなと感じたことは事実です。そこで、ショックアブソーバーをカヤバ製のものに交換し、前後155/65R13だったタイヤサイズを、フロント165/60R13、リアを170/60R13に変更したんです(併せてアルミホイールも交換)。これでだいぶ不安定な挙動が収まりました。あとで分かったんですが、純正装着されていたタイヤの横剛性が低かったみたいで、これもクルマの挙動に影響を及ぼしていたのではないかと思っています」
オリジナルの雰囲気が残るオーナーのAZ-1だが、いくつかモディファイした箇所も見受けられる。
「前述のアルミホイールとタイヤ、ショックアブソーバー、あとはマツダスピード製のリアスポイラーなどですね。Defi製の大経のブースト計はいまでは絶版となっているそうです。購入時はオーディオレスなので、これも後付けです。それと、スペアタイヤの位置の仕切り板に生地を巻いてもらい、モノ置き場にしてあります。実はカプチーノのよりも荷物が積めるみたいですね」
何物にも似ていない、唯一無二のフォルムを持つAZ-1。お気に入りのポイントを挙げてもらった。
「やはりガルウィングでしょうか。それと真横から見た形ですね。いまでも本当にかっこいいと思います。あと、運転していて楽しいですよね。ちょっとしたコーナーを曲がるだけでも楽しいって思いますから。70スープラはロングツアラーとしても快適だけど、AZ-1はいまでも緊張感がありますね。家を出た瞬間から、路面の状態の伝わり方や振動、音など、スープラとはまったく違いますし」
日本はもちろんのこと、世界でも極めて珍しい軽自動車ガルウィングスポーツの魅力を存分に味わっているオーナー。失礼ながら、これまでトラブルはあったのだろうか。
「1度、雨漏りを経験しましたね。ウェザーストリップを交換したことで解決しましたが、ピラーの溶接のところから雨水が染み出てきたのはびっくりしました。でも、大きなトラブルはそれくらいですね」
では、こだわっていたり、気に掛けているポイントは?
「最近はとにかく現状維持を最優先に心掛けつつ、AZ-1に無理をさせず楽しく乗ることですね。意外とクラッチが弱かったりするので、ていねいな運転を心掛けています」
30年という歳月のあいだに、失礼ながら手放そうと思ったことは?
「車検が切れて寝かせていた時期があるんです。このまま置いておいても痛んでいくだけだし(その間、エンジンは掛けていなかったという)、やっぱり復活させようと決意したとき、燃料周りをリフレッシュしました。それこそガソリンタンクやフューエルラインまで交換しましたね。
復活するきっかけって、実は子どもを幼稚園まで送迎する目的だったんですよ。そんなウチの子たち(2人の息子さん)もいまや20代です。すでに運転免許を取得しているのですが、『目立つから』という理由でAZ-1には乗りたがらないですね(苦笑)」
大人になった息子さんたちの反応はさておき(笑)、これまでオーナーとともに見守ってきたであろうAZ-1。今後このAZ-1とどのように接していきたいのか?やはり聞かずにはいられない。
「このままきちんと走らせて、きちんと維持していけたらいいなと思いますね」
AZ-1の総生産台数は4,409台だという。廃車になったり、ガレージで眠っていたり、なかには海外へと持ち出された個体もあるだろう。それでも2,000台前後は現存するというから、かなりの残存率といえる。オーナーをはじめ、多くの愛好家たちが大切にしている何よりの証だろう。
日本の自動車史においても貴重なモデルであるAZ-1。当時の日本の自動車を取り巻く環境があればこそ誕生したこの1台が、オーナーを経て息子さんたちの手によって、これから50年、100年先と現存(できれば動体保存)してくれることを、いちクルマ好きとして願わずにはいられない。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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