オーナー自ら主治医となり、28年間ともに歩んだ1990年式マツダ ルーチェ 13Bロータリーターボ リミテッド改(HC3S型)
クルマをツールとした場合の楽しみ方を考えてみた。
ドライブが趣味な人、スポーツ走行を楽しむ人、愛車を磨くのが好きな人、眺めるのが好きな人…。
ジャンルを細分化しつつ、ひとつずつ紹介したら1冊の分厚い本ができそうだ。
そんな数あるジャンルのなかで、クルマ好きであればいちどは足を踏み入れたことがあるに違いない「いじるのが好きな人」の存在を忘れてはならない。
今回、取材が実現したオーナーは、クルマ好きであれば「俺(私)も、自分でここまでできたら楽しいだろうなぁ」と思わずにはいられないスキルとノウハウの持ち主だ。
一途に1台の愛車、そしてロータリーエンジンという、世界的にも希有な内燃機関と向き合ってきたオーナーのストーリーをご紹介しよう。
「このクルマは1990年式マツダ ルーチェ 13Bロータリーターボ リミテッド(HC3S型/以下、ルーチェ)です。手に入れてから今年で28年目になりました。現在のオドメーターの走行距離は約14万キロ、私が手に入れてからはおよそ11万キロ乗りました」
ルーチェとしては5代目となるHC型がデビューしたのは1986年。当時のマツダが誇る高級車であり、ルーチェの名を冠したクルマとしては現時点で最後のモデルにあたる。ボディバリエーションは4ドアセダンおよびハードトップ。エンジンは、レシプロエンジンだけも3種類、さらにサバンナRX-7にも採用された13B型ロータリーエンジンが搭載されたグレードも存在した。
オーナーが長年にわたり所有する個体は、1988年にマイナーチェンジされた後期モデルにあたる。ボディサイズは、全長×全幅×全高:4690×1695×1395mm。大柄なイメージだが、実は5ナンバー枠に収まる大きさなのだ。排気量1308cc、水冷直列2ローターターボ「13B型エンジン」の最高出力は180馬力を誇る。ちなみに車名のルーチェは、イタリア語で「光」や「輝き」を意味する。
心臓部にロータリーエンジンが積まれているルーチェ。貴重な存在であることは間違いないが、興味がない人からすれば、クラシックな雰囲気の4ドアセダンとしか映らないだろう。しかし、アイドリング状態でも分かるマフラーを交換したロータリーエンジン車特有の音と匂い、そして絶妙にローダウンされた車高が、嫌が応でもクルマ好きを惹きつける魅力を放っている。
長年、ルーチェともに歩んできたオーナーだけに、クルマ好きになった原点も気になるところだ。
「いま、49歳なのですが、小さい頃から鉄道や戦隊モノなどにも興味がなく、クルマが好きでしたね。親が買い物に行くとき、出先でミニカーを持たせておけば機嫌が良かったそうです(笑)。おもちゃ屋さんの前にガンプラ(ガンダムのプラモデル)を買うために行列ができているなか、私だけクルマのプラモデルのコーナーに向かっていました。
そして、小学生のときに出会った『よろしくメカドック』がきっかけで、クルマいじりの楽しさに目覚めましたね。高校を卒業したあと、自動車整備の専門学校を経て、ディーラーのメカニックとして就職。その後、1級自動車整備士資格を取得して現在にいたります」
幼少期の頃からクルマの世界に慣れ親しんできたオーナー、好きなことを仕事に選び、順調にキャリアを重ねてきたようだ。そして……、オーナーはサラリといってのけたが、2003年から1級自動車整備士資格の制度がスタートしたことを考慮すると、実務をこなしながら勉強してこの資格試験に合格しているのだ。
近年の合格率は60%前後のようだが、かつては30%前後の時代が長く続いた。その時代に合格しているのだから、好きな世界に足を踏み込んだ結果に甘んじず、地道に努力を積み重ねてきたことは間違いない。
そんなオーナーが手に入れて28年の付き合いになるルーチェとの出会いについて伺ってみよう。
「社会人になってすぐに欲しいと思ったクルマは、サバンナ RX-7(FC3S型)でした。当時の価格で確か170万円くらい。新卒入社の社員の給与で買えるものではありませんでした。
それならば、と、先代モデルのサバンナ RX-7(SA22C型)も考えたのですが、ルーチェにも13B型ロータリーエンジンを搭載したグレードがあることを思い出し、半年くらい探してようやく見つけたのが現在の愛車です。愛車遍歴は、このルーチェと、結婚してからデミオを増車しての2台です」
オーナーはRX-7が好きというより、ロータリーエンジンに魅せられているようにも見受けられるが……。
「確かにそうですね(笑)。これは『よろしくメカドック』の影響が大きいと思います。主人公・風見潤のライバルに那智渡というRX-7に魅せられたキャラクターがいて、その理由にロータリーエンジンを挙げていたんです。これが私にとってロータリーエンジンの原体験です。
中学生のとき、夏休みの自由研究でレポート提出の課題があり、題材をロータリーエンジンに選びましたし、RX-7(FC3S型)のプラモデルも作りまくりました(笑)。のちに入学した自動車整備の専門学校も、13B型のエンジンを組むカリキュラムがあるというだけで選びましたから。
まぁ、実際には多くのカリキュラムのなかのひとつで、ロータリーエンジンを組む授業は2年のうちのわずか1週間だけだったんですが(苦笑)」
こうして、ついにロータリーエンジン搭載車を手に入れたオーナー。しかもオーナーは自動車整備士資格を有している。環境さえ整えば自ら愛車のメンテナンスやチューニングが可能だ。
「ルーチェを手に入れる前からMTへの載せ換えは構想にありました。そんなわけで、納車から2ヶ月後にはMTになっていましたね(笑)。インターネットが普及する前の時代に“8割の勝算”でMT化したのが自慢です。その際、申請も行ったので、正確には『ルーチェ改』となったわけです。
その翌年にはエンジンをオーバーホールしたんですが、実際にはサイドポート加工が目的でした。親が工務店を営んでいたこともあり、クルマをいじる環境が整っていたのも助かりましたね」
オーナー自らオーバーホールしたという13B型ロータリーエンジン。現在は何回目のオーバーホールにあたるのか伺ってみたところ……。
「当時オーバーホールしてから約27年、走行距離でいうとおよそ9万キロですが、現在でもエンジンの圧縮は下がっていません。一応、もう1基組めるだけの部品は揃えてあるんですが、いまのところまったく問題ありません。いじるのが楽しいので、壊れたら直そうと考えてはいるんですが、壊れないんですよ」
エンジンに優しい運転、そして正しく組まれたからこそ壊れないのだろう。自ら造り上げたルーチェ、手を加えた箇所を教えていただいた。
「ミッション載せ換えの他、マフラーはスピリットレーシング製、車高調はBLITZ製、インタークーラーはARC製を、タービンはPAN SPEED製のハイフロータービンを組み込んであります。ホイールはSSR製のSSRフォーミュラメッシュを履いています。
フロントのブレーキキャリパーはRX-7(FC3S) 用です。エアロはユアーズスポーツ製なんですが、フロントバンパーのダクトはメッシュを取り付け、ブレーキに空気を送り込むダクトを装着しています。ステッカーを貼るのは好みではないので、フロントグリルに“RE-130”と、リアのトランク部にルーチェ レガート用の“Luce”エンブレムを装着しています。
内装ですが、シートはRECARO製、スピードメーターのフルスケール化、defi製の追加メーターはケーブルが露出しないように取り付けてあります。足まわりとSSRのアルミホイール以外はほぼ20年前から仕様が変わらないですね」
オーナー自らメンテナンスしているとはいえ、それなりの年数を経てきているクルマだ。失礼ながらこれまでトラブルの経験はあるのだろうか?
「去年のことなんですが、エンジンがかかりにくくなったことがあり、ストックしてあったスターターに交換しようとエンジンルームを開けてみたところ……バッテリー端子のケーブルが20cmくらい溶けていたんですね。すぐに配線を引き直しました。そのまま乗っていたらクルマが燃えていたと思います」
壊れたらオーナー自ら直せる。愛車を溺愛するのはオーナーであったとしても、コンディションをもっとも把握しているのはその主治医ということも珍しくない旧車およびネオクラシックカーの世界において、これはかなり心強い。
ところで、オーナーにとって、このルーチェでお気に入りのポイントとは?
「“誰も乗っていないところ”ですね。当時からそうでしたが、他の方と被ることはまずありません。私が調べたところによると、13B型エンジンを搭載したHC3S型ルーチェの生産台数は4807台。内訳は前期型が3560台、後期型が1247台なんです。そして、この"シャドーグレーマイカ"というボディーカラーをまとった個体は後期モデルのなかでも88 台だとか。余談ですが、一昨年の時点で現存する個体が152台とのことで、イベントでもない限り、まず被ることがないはずですよね」
このあたりの知識、そして情報の緻密さはさすがだ。実はこの日、オーナーの貴重なコレクションの数々もご持参いただいた。入手困難なモノも多数あり、まさに「お宝」だ。マツダが1991年にル・マン24時間耐久レースで総合優勝を果たしたときの新聞広告も大切に保管されている。筆者も、思わずいまこのときが取材中であることを忘れそうになるほど夢中になってしまった。貴重なコレクションの数々を惜しげもなく取材チームに披露してくださったオーナーに改めてお礼を申し上げたい。
これほどまでにロータリーエンジンに魅せられたオーナー。今後、ルーチェとはどのように歩んでいくつもりなのだろうか。
「おそらくは10年後もこのままでしょうね。私には3人の子どもがいるんですが、乗ってみたい、あるいは欲しいといわれたら“ぶつけなければ”という条件を課しますね。何しろ中古部品も出回らなくなってきましたから、壊れてもいいけれど、直せないのは困るんです。
今後、いろいろあって、もしこのルーチェに乗れなくなったとしたら……マツダのボンゴにロータリーエンジンでも積んでみようかな(笑)。あくまでも妄想ですけれどね。湾岸ミッドナイトのなかで語られていたフレーズを引用するとしたら、私はおそらく“血液にオイルが流れているタイプ”なんでしょうね。とにかく“いじること”が楽しいんです」
たしか、湾岸ミッドナイトでは「血液にガソリンが流れてるタイプ」と「血液にオイルが流れてるタイプ」という表現を用いていたはずだ。オーナーはあきらかに後者だろう。
ロータリーエンジンを搭載した4ドアセダンという、世界的にも極めて貴重なこのルーチェは、「血液にオイルが流れている」であろうオーナーの手によってこれからも大切に扱われ、そして次の世代へと受け継がれていくに違いない。そう断言できる取材となった。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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