「シーマ現象」を後世に伝える使命と誇り。1990年式日産・シーマ タイプIIリミテッド スーパーセレクション
「シーマ現象」。このキーワードにピンとくる人であれば、瞬時に初代日産・シーマ(Y31型)のことを連想できるはずだ。このクルマが、当時の高級車の概念を変えたといってもいいだろう。
車名のシーマは、スペイン語で「頂上・完成」の意味を持つ。日産・セドリックおよびグロリア(Y31型)のシャーシをベースに3ナンバー専用のボディが与えられ、2960ccという大パワー・大排気量のエンジンを搭載したシーマは、1988年1月に発売が開始された。今でこそ3ナンバー車は珍しくなくなった(むしろ、5ナンバー車の方が少ないかもしれない)。シーマが発売される頃まで、排気量3000cc前後のエンジンを搭載した3ナンバー車は、上級車の最高級グレードにのみ設定された別格の存在だったように思う。
前述のように、シーマには5ナンバー枠のグレードが設定されず、車両本体価格は300万円後半~、最上級グレードは500万円を超えるほど高額。名実ともにシーマは「高級車」だった。折しも、日本のバブル景気と相まって、高額なシーマは飛ぶように売れた。そしてあの「シーマ現象」なる言葉が生まれたのである。余談だが、シーマと人気を二分したラテン語で「至上・最高」という名が与えられた初代セルシオ(UCF11型)が発売されたのは、翌1989年10月のことだ。
今回は、そんなシーマにとことん惚れ込み、まるで当時からタイムスリップしたかのような素晴らしいコンディションを保っている個体を所有するオーナーを紹介したい。
「このクルマは、1990年式日産・シーマ タイプIIリミテッド スーパーセレクション(以下、シーマ)です。ワンオーナー車だったこの個体を手に入れてから約3年、現在のオドメーターの走行距離は5万3千キロです」
シーマのボディサイズは全長×全幅×全高:4890×1770×1380mm。オーナーの個体には、「VG30DET型」と呼ばれる排気量2960cc、V型6気筒DOHCターボエンジンが搭載され、最高出力は255馬力を誇る。このエンジンは日産・レパード(F31型)などにも搭載され、印象に残っている人もいるかもしれない。なお、シーマにはNAエンジンにあたる「VG30DE型」を搭載したグレードも設定されたが、花形はやはりターボだろう。当時、リアを沈み込ませつつ、猛然と加速していくシーマの姿を記憶している人も多いはずだ。
今や貴重な存在となりつつある初代シーマ、どのような経緯で手に入れたのであろうか?
「この個体は指名買いのようなものです。程度良好・好みのグレード・内外装の組み合わせを持つシーマはなかなかないですから、見つかるまで2年くらい探したと思います。偶然、インターネットの中古車検索サイトで売りに出ているのを見つけたんです。ワンオーナー車でフルノーマル、走行距離は3万7千キロしか走っていない個体でした。運良く自宅から割と近いショップだったので、すぐに実車を見に行き、購入を決めました。私が購入を決めたあとに見に来られた方がいらっしゃったようで…。即決してよかったです。実はもう1台、同型のシーマを所有していまして(笑)、この個体を手に入れてから、もう1台のシーマはナンバーを切り、大事に保管してあります」
シーマの生産期間は、1988年1月~1991年7月までの約3年半だった。人によっては意外に短いと感じるだろう。奇しくも、今からちょうど30年前に誕生したクルマなのだ。当時、飛ぶように売れたクルマとはいえ、年々確実に現存数が減りつつあるように思えてならない。オーナーが、希望の仕様と抜群のコンディションを併せ持つ個体を手に入れられたのは、まさに奇跡だろう。
「アイボリーホワイトという名のボディカラー、シートと内装はダークレッドの本革、そしてグレードはタイプIIリミテッド スーパーセレクションにこだわりました。この内装色、そして革シートはレアなんです」
手に入れたときはフルノーマルだったというシーマだが、モディファイされている箇所がいくつかあるようだ。その詳細について伺ってみた。
「まず外装ですが、ホイールはBBS製のRSというモデルです。サイズは16インチ、シーマにぴったりと合うサイズです。付き合いのあるショップのデッドストック品を譲ってもらいました。マフラーは純正品に穴が空いてしまったので、フジツボ製に交換しました。TLアンテナはインターネットオークションで手に入れたNTT DoCoMo用のものです。そして内装ですが、メーター・ペダル・エアサスコントローラーはIMPUL製です。なかでもペダルは、インターネットオークションで新品のものを手に入れることができました。なんだか汚せなくて、運転席だけ土足禁止にしたんです」
決して主張が強いわけではないのだが、オーナーなりのこだわり、そしてこのクルマにマッチするよう、細心の配慮がなされているようにも感じられた。
「そうなんです。現在、私は39歳です。バブル絶頂期の頃のことは分からないのですが、このシーマが現役だった当時の雰囲気を意識したモディファイを心掛けています。トランクに装着したTLアンテナや自動車電話も、現在は使えないのを承知のうえで取り付けてあります。ヘッドライトはLEDに交換しましたが、リアのナンバー灯は敢えてそのままです。カーナビも、雰囲気を崩したくなかったので純正カセットデッキの枠に収まるパイオニア製を選びました。そしてカップホルダーも、当時のカー用品店で売られていたような雰囲気のものを取り付けてあります。このシーマで出掛けると、当時をよく知るおじさまからはよく声を掛けられますね(笑)」
誕生から30年を迎えたシーマ、トラブルや部品の調達の状況について伺ってみた。
「私の個体に限った話では、オルタネーターなどの電装系が壊れました。あと、このシーマではお約束ともいえるエアサスの故障がありましたね。部品はさすがに大半が欠品のようですが…」
では、このシーマならではの魅力とは?
「この見た目ではないでしょうか?あとは、運転していて楽しいところです。現代のクルマにはない、自分で操っているという手応えが感じられます」
この型のシーマのオーナーといえば、女優・伊藤かずえ氏が新車で購入して現在でも乗り続けているというエピソードが有名だ。同じシーマ乗りとして思うところはあるのだろうか?
「同じクルマのオーナーから見ても、本当に『シーマ愛』を感じますよね。本当にすごいと思います。周囲でシーマを所有している仲間たちも、伊藤かずえさんがシーマを溺愛していることはもちろん知っていますよ」
最後に、このクルマと今後どう接していきたいかオーナーに伺ってみた。
「壊れるまで乗り続けたいですね。それに、他に欲しいクルマが見つからないんですよ。私にとってはアガリの1台といえるでしょうね。目の前に大金を積まれたとしてもぜったいに譲りません!」
取材中、オーナーが所有するシーマと取材チームのクルマで市街地を移動する場面があった。先頭は取材チームのクルマだ。ルームミラー越しにアイボリーホワイトのシーマが映り込む。そこで気づいたことがある。街を行き交う人、対向車のドライバーがシーマの存在に気づき、熱い視線を送っているのだ。その表情は一様に「おお!シーマだ!」というリアクションだった。
30年経っても多くの日本の人々の記憶に残り、ひとたび街中を走れば注目を集めるシーマ。このクルマは、生まれ持ったスター性を身に纏っているのかもしれない。これほど美しく、そして魅力的なクルマが、やがて日本の路上から消えてしまうようなことがあってはならないと強く実感した。しかし、そんな心配は杞憂に終わりそうだ。シーマの価値を理解し、溺愛するオーナーのような人がいる限り、この名車は後世に語り継がれていくことは間違いないだろう。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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