胎教がRB26DETT?1990年式日産スカイラインGT-R NISMO(R32型)に選ばれし28歳のオーナー
最近、取材などを通じて20代でクルマが好きな方にお会いすると、父親または母親(あるいは両方)の影響を強く受けていると感じることが増えたように思う。
仮に親世代が50代だとすると、30年前といえばちょうどバブル期前後。当時、多くの若者がクルマに憧れ、収入の大半を注ぎ込んでいた・・・そんなエピソードをそこかしこで耳にした頃だ。
今回、取材させていただいたオーナーも、母親の影響を強く受けているという。もはやDNAレベルでRB26DETTのエンジンサウンドが刻み込まれたとしか思えないオーナーの不思議なエピソードをご紹介しよう。
「このクルマは1990年式日産 スカイラインGT-R NISMO(BNR32型/以下、スカイラインGT-R NISMO)です。手に入れてから2年目に入りました。現在の走行距離は推定28万キロ。私が走った距離は1万キロくらいです。私は28歳なので、クルマの方が年上なんです」
R32型スカイラインGT-Rとしては唯一の限定車ともいえるのが今回の「スカイラインGT-R NISMO」だ。当時のツーリングカーカテゴリーとして存在していた「グループA」に参戦するためのホモロゲーションモデルとして、R32型スカイラインGT-Rがデビューした翌年の1990年に500台が限定販売され、すぐさま完売となった。
ボディサイズは、全長×全幅×全高:4545x1755x1340mm。排気量2568cc、最大出力280馬力を誇る直列6気筒DOHCツインターボエンジン「RB26DETT型」は、グループAカテゴリーで勝つためにレギュレーションをクリアしつつ、耐久性とパワーを両立したエンジンであり名機と謳われた。
スカイラインGT-R NISMOのボディカラーはガングレーメタリックのみ。外観の変更はボンネット先端のフードトップモール・フロントバンパーのエアインテーク・リアのトランクスポイラー・サイドステップ・リアワイパーレス・リアトランク部分のステッカーなど、わずかな変更となっている。
その他、600馬力まで対応可能なメタルタービンの採用、ABS・エアコン・オーディオレスという仕様から、あくまでもレースに勝つためのベース車両という位置付けだということが分かる。車体番号はBNR32‒100001〜100560で、500台が市販され、残りはレースに使用された。
当時からアフターパーツが販売されていたこともあり、外観上の「スカイラインGT-R NISMO仕様」を作ることは比較的容易だった(外観上でもっとも見分けがつきやすいのはリアワイパーレスの部分だろう)。
さて、今回のオーナーはR32型スカイラインGT-Rが好き・・・なだけではない。そもそも、このクルマを手に入れることになったのも、オーナーの母親の存在が大きいようだ。そのルーツから伺ってみた。
「物心ついた頃って、多くの男の子は乗り物に興味を示しますよね。僕の場合は鉄道の方が先で、クルマはその後だったんです。祖父が鉄道関連の会社に勤めていたので、その影響もあり、プラレールを経てNゲージに夢中になりました。
確か小学校6年生くらいのとき、母親とクルマ談義になったんです。若い頃にR32型GT-Rに乗っていたと聞いてからこのクルマについて調べるようになりました。知れば知るほど魅力的だなと思うようになりましたね」
オーナーの母親が若いときにR32型GT-Rに乗っていたことにも驚かされるが、それだけではないようだ。
「当時、女性でしかも20代でR32型GT-Rに乗る人はまずいなかったようです。そのため、地元でも『GT-Rに乗っているオンナがいる』と噂になったそうです(笑)。しかも、トリプルプレートのクラッチを組み込むほどチューニングを施し、当時の富士スピードウェイを走っていたと知り、驚きました」
当時、チューニングを経験した方であれば、トリプルプレートのクラッチが組み込まれたクルマに乗ることがいかに大変だったかを知っているかもしれない。踏力やミートポイントなど、とにかく慣れを要した。乗り手を選ぶといわれた所以はまさにここだ。
しかも、オーナーの母親はトリプルプレートのクラッチを組み込むほどチューニングしたR32型GT-Rを富士スピードウェイに持ち込み、サーキットを攻めていたというのだからタダモノではない。
「母親が、改修される前の富士スピードウェイのストレートを走っていたとき、ブレーキングが遅れたんだそうです。体調が悪いわけではないのに、何か変だと思って帰宅途中に病院へ寄って検査した結果、妊娠していることが発覚。そのときお腹にいたのが僕だったというわけです。つまり母親のお腹のなかでGに耐えながらRB26エンジンの音を聴いていたことになるわけですね。
しかも、妊娠8ヶ月まで日常使いをしていたとか・・・。最後はうしろ髪を思いっきり引かれながら降りたと聞きました。『これで終わり』。でも本人としてはやり切ったと思っているそうです」
その後、幼少期のオーナーをなるべく歩かせたいと、母親はクルマをなるべく使わない生活をしていたという。あれほどのめり込んでいたGT-Rやサーキット走行をきっぱりと絶ち、子育てに専念したのだろう。
その後、母親がクルマに乗るようになったのは、オーナーが12歳になった頃。楽器を始めることになり、それならクルマがあった方がいいだろうということで再び乗るようになったそうだ。いずれも、母親の深い愛情を感じさせるエピソードだ。
胎児の頃からRB26エンジンの音に慣れ親しんできたオーナーと母親にとって、もういちどR32型GT-Rに乗りたいと思うのは必然だったのかもしれない。
「僕が中学生になった頃、またR32型GT-Rに乗りたいといい出したんです。僕がインターネットで検索して、気になる個体を見つけたら母子で観に行っていました。その後、いよいよ契約・・・という段階で母親が左足を怪我しまして『これはGT-Rに乗るなという神のお告げかもしれない』と判断して買うにはいたりませんでした。その後、僕が社会人になってからは“いつかは自分がR32型GT-Rを買うんだ”という意識が芽生えていきましたね」
このスカイラインGT-R NISMOを手に入れてから2年目ということだが、既にかなり高値になっていたのではないかと推察するが・・・?
「社会人になってからステージアやバネットなど日産車ばかり乗り継いできました。意を決してR32型GT-Rを探し始めてから2ヶ月くらい経ったある日、職場の同期がSNSでこの個体が売りに出ているのを見つけて連絡してくれたんです。ピンとくるものがあってR34型GT-Rに乗っている職場の先輩に相談したところ『これはホンモノのスカイラインGT-R NISMOかもしれない』とおっしゃるんですね。ただ、エンジンブローしている個体だったんです。ひとまず仕事が休みになる3日後に観に行きたいと連絡して、それまで押さえてもらえることになりました」
前述のスカイラインGT-R NISMOはオーナーの住まいからはかなり離れた場所で売りに出されていたという。
「現地に飛んでみて、本物のスカイラインGT-R NISMOであることは確認できました。走行距離不明・3オーナー・エンジンブローしている個体だったものの、塗装も当時のまま。先輩にもテレビ電話で現車を見てもらい、大切にされてきた個体だろうと判断して購入を決めました。それからさらに3日後、相談に乗ってくれた先輩と2人でキャリアカーを借りてクルマを引き取りに。キャリアカーを24時間でレンタルしたので、移動時間を考慮するとギリギリ。ほぼ休みなしで往復1300キロを走破しました」
とはいえ、オーナーが手に入れたスカイラインGT-R NISMOのエンジンはブローしたままだ。
「先輩がお世話になっているプロストックレーシングさん(埼玉県三郷市)を紹介していただき、エンジンのオーバーホールをお願いしました。車体からエンジンを降ろし、ヘッドカバーを開けた瞬間、その場にいたスタッフの方たちが言葉を失ったそうです。ピストンが溶け、粉々になったバルブヘッドの破片がヘッドに固着して・・・こんな状態のエンジンは30年やってきて初めてというほどひどい有様だったようです。
車両本体に加え、エンジンの載せ換えをはじめとする整備全般でかなりの金額が掛かることが分かりました。しかし、こちらにも予算の上限があります。気の毒に思ってくださったのか、プロストックレーシングさんが組んだエンジンを破格値で譲っていただけることになり、僕も一大決心をしました」
ご存知のように、昨今の第二世代GT-Rの値上がりはすさまじい。エンジンブローしていたとはいえ、本物のスカイラインGT-R NISMOを手に入れ、さらにプロショップによるエンジンの載せ換えをはじめとする蘇生作業が加わったのだ。
オーナーの希望もあって具体的な金額は伏せるが「オーナーの人生を掛けて」蘇生させたことは間違いない。こうして、オーナーの情熱に応える形で、プロストックレーシングのノウハウが注ぎ込まれた結果、スカイラインGT-R NISMOは甦ったのだ!ざっと仕様は以下のとおりだ。
「プロストックレーシングさんが組んだエンジンに、NISMO製R1タービン・R33GT-R用のミッション(リビルト品)・インタークーラー・オイルクーラー・デフのオーバーホール、ハーネス類の引き直し・シャーシのリフレッシュ・オーリンズ製のサスペンション・R35GT-R用のブレーキキャリパー・RAYS製のアルミホイール“TE37SL”は、敢えて17インチにこだわりました。クリアランスも含めてギリギリの収まり具合です。
特にこだわったのが、見た目はノーマルに近い雰囲気を残すことと、ヘッドカバーをスカイライン オーテックバージョン専用のボディカラーである“イエロイッシュグリーンパールメタリック”にペイントしたこと、そしてREIMAX製のフルステンレスマフラーです」
何しろ胎児の頃から母親のお腹のなかでRB26DETTサウンド(しかも全開)を聴いてきたのだ。楽器を嗜むオーナーだけに、音には格別のこだわりがあるようだ。
「ときどき『チタン製のマフラーに換えればいいのに』といわれたりもしますが、僕はこのマフラーの音がいいんです。同じREIMAX製の製品でも、R33やR34だと音色が異なるんですね。楽器を演奏するので、配管の長さも影響しているのかなと感じています。とにかくこの音を聴いていると気持ちが落ち着きます。きっと、赤ちゃんの頃の胎教みたいなものですね(笑)。
運転しているときは音楽を聴かないのでオーディオレスにしました。現在装着されているデッキはダミーです。そういう意味では“この音を聴くために”スカイラインGT-R NISMOを手に入れ、甦らせたといえるかもしれません」
オーナーがこのクルマを手に入れ、蘇らせることになったのは母親の存在が欠かせないだろう。どのタイミングで購入することを伝えたのか、その際の反応が気になるところだ。
「このスカイラインGT-R NISMOを見つけて現地まで観に行くときですね。昔から『GT-Rはお金が掛かるから』と口を酸っぱくしていわれてきました。もちろんそれは覚悟のうえです。エンジンブローしている個体だと伝えると『良いクルマなの?まぁ、何とかなるでしょ。頑張ってみれば?』といってくれました。
クルマが完成してから実際に運転してもらったんですが、当時のトリプルプレートのクラッチミートの感覚とはだいぶ違うみたいで、最初は乗りにくそうでした。実はウチの母、いまはR35GT-Rに乗っているんです。でも『やっぱりR32型GT-Rもいいクルマだね』といっていましたね」
最後に、このスカイラインGT-R NISMOと今後どう接していきたいのかを伺ってみた。
「大切なクルマではあるけれど、あまり過保護にしないよう接していくつもりです。友人にも運転してもらって乗りやすいクルマであることを実感してもらっていますし」
この世に生を受けたときから、母親のお腹のなかでサーキットをともに掛け抜け、RB26DETTサウンドが胎教代わりだったオーナー。手に入れたスカイラインGT-R NISMOは、奇しくもレースに出場するため、そして勝つために造られたエボリューションモデルだ。
「オーナーがクルマを選ぶのでなく、クルマがオーナーを選ぶ」。
偶然なのか、それとも必然なのか?日に日に貴重な存在となりつつあるスカイラインGT-R NISMOがオーナーの愛車となったのも、見えない力が働いたのかもしれない。そう思えてならないのだ。
(編集:vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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