1995年サファリラリー優勝車「トヨタセリカGT-FOUR」を復刻 ~藤本吉郎氏が未来へ紡ぐ思い~
アフリカの大地を4日間で3000キロ走破する過酷なサファリラリーで日本人初優勝を成し遂げた藤本吉郎氏が、ともに戦ったトヨタセリカGT-FOUR(ST185型)をドイツでフルレストア。ラリースタート直前の状態に復刻されたセリカGT-FOURと藤本氏を取材、2年に渡るプロジェクトにかけた思いに迫った。
青春の1ページを蘇らせたかった
1995年4月、サファリラリーをトップでフィニッシュしたセリカGT-FOURはそのままの状態で日本へ空輸され、長きに渡ってお台場のMEGA WEBをはじめとするトヨタの施設で展示されていたが23余年もの歳月を経て車体の腐食が進んでいた。そこで藤本さんは19年、トヨタから車両を譲り受けてレストアを開始した。
「ゴール直後の状態のまま、ケニアのナイロビから日本へ空輸されて展示などに使われていましたが、さすがに色々なところがさびて朽ちてきて・・・、“私の青春の1ページを蘇らせたい”の一心でしたね」
昨年末、中嶋一貴氏が副会長に就任したTOYOTA GAZOO Racing Europe(TGR-E)の前身、TOYOTA TEAM EUROPE(TTE)に在籍し、93、94年のWRC(世界ラリー選手権)タイトル、95年のサファリラリー優勝を支えたジェラール・フィリップ・ツィジック氏が率いるCAR-ING社、ドイツ・ハノーバーのファクトリーでレストアが行われた。
「TTEをリタイヤしたスタッフの中にはラリーが一番好きという方がたくさんいるのですが、その中の一人、当時、私のセリカGT-FOURのエンジニアとして車体のパーツの設計などに携わっていた方にお願いしました。懐かしい思い出を胸にレストアしてくれました」
ラリースタート直前の状態へ復刻するプロジェクトにおいて、当時を知るベテランエンジニアが指揮を執ることがいかに素晴らしいことであるかは容易に想像できる。
「リペアするパーツを探すのが大変、新たに作るための図面を探すのも大変でしたが、サファリラリーのために4か月間、ケニアに滞在し苦労をともにした愛車ですから愛情と情熱を注ぎながら進めました」
サファリの過酷さと栄光
当時のサファリラリーは4日間で3000キロもの未舗装路を走破する過酷なもので、トヨタ、三菱、日産をはじめとする自動車メーカーが実験場として参加していた。
「ラリーを走り切ればクルマはボロボロでシャシーは色々なところにクラックが入りました。完走できればそのクルマの耐久性は問題ないと言われていました」
セリカGT-FOURにはサファリ特有の特別な装備が施されている。雨期のスコールでエンジンが水を吸い込まないためのシュノーケル、野生動物との衝突に備えたアニマルバー、ラリーカーであることの目印としてレギュレーションで義務だったフロントフェンダー左右の大きなウィングライトのように外観上の特徴にもなっている装備の他、200kmにも及ぶスペシャルステージでのオーバーヒート対策としてショックアブソーバーに絶えず水を噴霧する装置、アニマルバーに装着された補助灯クリーニング用の水噴霧は実は水冷インタークーラーのラジエーター冷却の効果もあったという。また、このサファリから主にマッドからの脱出用としてトラクションコントロールも標準装備されている。
現在のラリーではパンクや故障などの際にはドライバーとコ・ドライバーが協力して対処するが、95年のサファリではトヨタのサービスカーが約100台、スタッフ約200人が投入され、さらにヘリコプターサービスが派遣されフライングメカニックが緊急対応、長距離のステージでは途中でヘリコプターから燃料補給が行われたという。まさに過酷さの証明でもある。
「幼い頃、石原裕次郎さん主演の映画『栄光への5000キロ』を観て、すごいラリーがあるなあ、こんなラリーに出てみたいなあという夢が優勝というカタチで実現できたことは感無量でした」
石原裕次郎が日産のワークスドライバーを演じブルーバードでサファリを激走する1969年公開の映画に憧れた藤本さんは、26年後にサファリを制した。日本人初で唯一という記録は未だ破られていない。
蘇った息吹
ボディはシャシーの補強を担当していたフランスのマター社に持ち込まれ、さびを落とし腐食部を補修して再生された。再生不可能なまでに腐食していたフェンダーなど一部のパネルは、ヨーロッパで市販されていたセリカGT-FOUR RCの中古車から移植された。エンジンはCAR-ING社にてオーバーホール、主要部品には大きなダメージがないことから部品洗浄とシリンダーブロックの再ホーニングを行い当時の状態に組付けられた。19年6月にスタートしたレストアはコロナ禍による中断もあり2年後に完了、復刻した車両が昨年8月に日本へ到着した。
イグニッションをオンにしてもらうと、コ・ドライバー席前面にセットされたラリーコンピューターのインジケーターに“Yoshio Fujimoto”の表示が浮かび上がってきた。
「どんなドライビングをしているのか、ブレーキをいつ踏んでいるか、アクセルをどのぐらい開けているか全部モニタリングしてデータロガーが入っていましたので、嘘をついても絶対にバレてしまう。クルマが壊れたと言っても、お前がエンジンを回し過ぎだとか、コースアウトしただろとかね」
エンジンをかけ、少しだけブリッピングしてもらうと、乾いた音でどこか動物の鳴き声のようにも感じられた。
「極限までチューニングされたエンジンで、なおかつレースのエンジンと違って3000キロを無交換でちゃんと走行できなければいけないという耐久性も兼ねたエンジンですから、独特の音がしますね」
エンジン内部の状態と藤本さんのコメント、その優しい表情から、優勝するペースをキープしながらも愛車を常にいたわっていたことが伝わってきた。
100年に一度の変革期だからこそ・・・
ストリートからモータースポーツシーンまで世界中で活躍するサスペンションメーカーTEINの代表取締役専務として自動車産業に深くかかわる藤本さんは、セリカGT-FOURのレストアを通じて伝えたいことがあるという。
「動態保存で後世に残して、こういう時代もあったのだと、これからの若い世代に知って、見て、触れていただきたいです。それから温故知新。これから自動車も大変革の時代が来ますが、自動車メーカーの皆さんにも前を見るだけではなくて後ろも振り向いて、昔のことも考えながら前に進んでいってほしいと願っています」
“青春の1ページを蘇らせたかった”との思いでスタートしたレストアプロジェクトには、藤本さん流の将来のクルマ社会やそれを支える世代への願いが込められていた。26年前にサファリを制した愛車を当時のスタッフと共に復刻、そこにはかかわった全ての方、それぞれの思いやストーリーがあったはず。レストアはそれらを改めて確認しながらゆっくりと丁寧に未来へと紡いでいく心のやり取りでもあると感じた。またひとつ新しいクルマ文化が生まれた瞬間を垣間見ることが出来た感激とまるで生き物のような声を上げたターボエンジンの鼓動、今も心地よい余韻に包まれている。
取材協力・ラリー写真提供:藤本吉郎/株式会社テイン
(文/撮影 レーサー鹿島)
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