レースフォトグラファーはなぜ、「走行50万kmの初代日産 プリメーラ」に乗り続けるのか?

多くの機材を載せて長距離を走ることが多いという職業柄だろうか、フォトグラファーのクルマというのはステーションワゴンである場合が多い。

だがレースフォトグラファーである田村 弥さんの相棒は国産の4ドアセダン。それも、すでに走行距離50万kmを超えている初代日産 プリメーラだ。

日本レース写真家協会(JRPA)会員としてさまざまなレースの現場で活躍している田村さんだが、初代プリメーラを新車として購入したきっかけも、やはり“レース”だった。

「クルマ好きの男子って、たいていカメラも好きじゃないですか?それで高校生になった頃、父親のカメラを借りて富士スピードウェイに行き、『カッコいい写真を撮ってやる!』なんて意気込んだんです。レース自体に興味はなかったのですが、とにかくカッコいい写真を撮ってみたいと思いまして。でも最初はぜんぜん撮れないんですよね。まぁ当たり前ですが」

負けず嫌いな田村少年は当時のレース雑誌を買いあさり、「カッコいいレース写真の撮り方」を徹底的に研究した。高校の写真部に入り、富士スピードウェイにも通い詰めた。

「で、そうこうしているうちに、レースというかサーキットの雰囲気自体が大好きになっちゃったんですよ」

当時全盛だったのは、グループA規定で戦われていた全日本ツーリングカー選手権(JTC)。グループAというのは、ごく簡単に言うと「外観は市販車そのままの状態で、中身に(限定的な)改造を施したレースカー/ラリーカー」のこと。当時のJTCで大活躍していたのは、R32型日産 スカイラインGT-Rだった。

その後1994年、グループAから「クラス2ツーリングカー規定」へと変更して開催されたのが、略称を「JTCC」へと微妙に変更した全日本ツーリングカー選手権。そしてそこで活躍していたのが、田村さんが乗っている初代日産 プリメーラのレースカーだった。

「とにかくレースで使われているクルマのベース市販車が買いたいと思ってました。いちばん欲しかったのはR32型GT-Rだったのですが、当然ながら駆け出しが買える値段ではなく(笑)、その次に欲しいと思っていた『JTCCのプリメーラ』を買うことにしたんです」

しかしプリメーラとて、独立したばかりの若手フォトグラファーだった田村さんにとっては厳しいプライスだった。しかし、たまたま直近の仕事で初代日産 プリメーラに長く乗る機会があった田村さんは、そのボディ剛性やハンドリング性能などの素晴らしさをひたすら実感していた。そのため、お金はなかったが「ええい、買っちゃえ!みたいな感じで(笑)」新車の購入に踏み切ったのだという。

時は1995年、懐かしの「村山内閣」が発足した年だ。そこから25年の時間と50万kmの距離を、この日産 プリメーラ 2.0 Tm Sセレクションと共にすることになると、果たして当時の田村青年は予感していただろうか?

購入前から「初代プリメーラの素晴らしさ」は理解していたつもりの田村さんだったが、いざ自分のクルマとして使ってみると、それは想定以上に素晴らしい乗り物だった。

「当時としてはボディがものすごくしっかりしてましたし、『硬すぎる』と言われたサスペンションも、高速域ではちょうどいい塩梅になりますしね。あと、初代プリメーラは『安定感がすごい!』とも言われてましたが、僕から言わせるとそうでもなくて、特にリアサスペンションはさほど安定志向ではないと思ってます。でもそこを理解して、逆に利用してやれば、とっても楽しく走れるクルマなんですよ」

望遠レンズなどの大きな機材を積むにあたっては、セダンよりもステーションワゴンやSUVなどのほうが何かと便利そうにも思える。しかし初代プリメーラのトランクは十分広く、「そもそも、長めのレンズとかはトランクに入れるんじゃなくて、後席にボンッと放り込むほうが便利で機動力もアップするので、セダンでも実はぜんぜん問題ないんですよ」と言う田村さん。

「ていうか僕、ワゴンよりもノッチバックの形が好きなんですよ、カタチ的に。で、仕事であってもやっぱり“好きなモノ”を使いたいじゃないですか?だから、僕は“セダン”なんです」

なるほど。フォトグラファーのクルマ=ワゴンやSUVと思われがちではあるものの、実際は4ドアセダンであっても特に問題がないことはよくわかった。

だが、まだわからないことがある。

なぜあなたは、この古いクルマ――と言っては失礼かもしれないが、しかし実際古いクルマに、乗り続けているのか?

新しいクルマ(セダン)はその後どんどん登場しているし、あなたのギャランティーも、これを買った駆け出しの頃と比べれば何倍、あるいは何十倍に、なっているはず。つまり、新しいノッチバックを買おうと思えば買えるはずなのだ。それなのになぜ、走行距離50万kmを超えた初代プリメーラに今も乗り続けるのか?

「……とにかくね、気に入っているんですよ。愛着、というとちょっと大げさかもしれないので、『昔からの友だちみたいなもの』と言ったほうがニュアンス的には近いかな?市販ニューモデルの撮影もやってますので、新しいクルマにもいろいろ乗ってはいます。でもコレが、このプリメーラが、やっぱりいちばんホッとするんですよ。どんなに素敵なニューモデルに仕事で乗った後でも、これに乗ると『あぁ、やっぱりイイなあ……』ってしみじみ思っちゃうんです」

ほぼノーマルに近い状態に見える田村さんの初代プリメーラだが、実は各所にいろいろと手が入れられている。それゆえ、このクルマは「住み慣れた自分の部屋にも近い」のだという。

「例えばですけど、トレンディドラマに出てくるような超高級マンションの一室にいきなり放り込まれて『今日からここに住んでください』とか言われても、とまどいますよね?超高級マンションはもちろんステキですけど、でもやっぱり、自分が暮らしやすいようにいろいろな部分を最適化した自分の部屋で暮らすほうが、僕としてはどう考えても嬉しいし、幸せでもある。僕がこのプリメーラに乗り続けているのは、たぶんそれと同じことなんじゃないかな……」

若い頃は、いわゆる走り系のチューニングに傾倒し、このプリメーラでサーキットを激走した。その後は、走り系というよりはスーパーノーマル系、つまり「見た目はほぼノーマルだが、中身は、そのポテンシャルをフルに発揮できるようなチューン(調律)がいろいろと行われている状態」を目指しているという。

電装系はこれまでに「2回り分ほど」直し、クラッチは4回交換。そして走行距離約20万kmの時点で、エンジンをオーバーホールする代わりに「東名パワード」のコンプリートエンジンに載せ替えた。フロントブレーキも、実はR32型スカイラインGT-R用のものに交換されている。

東名パワードのエンジンはその後30万km、まったくもって快調であり続け、エアコンも、一度修理に出した以外は絶好調。過日は、すべてのゴムブッシュ類を新品に交換した。この「スーパーノーマル路線」でもって走行距離70万km、あるいは100万kmを目指して行きたいと田村さんは言う。

「でも古いクルマゆえ燃費はあまり良くないので、その意味では、新しい世代のクルマに買い替えたほうがいいのかもしれません。しかしクルマは、僕にとっては仕事の道具であると同時に、仕事の域を超えた“好きなモノ”でもあるんです。例えばカメラやレンズは完全に仕事道具ですから、より良い写真を撮るために最新の機材へと淡々と買い替えていくのは、プロとしての義務だと思ってます。でもクルマはそうじゃない。もちろん僕にとっては、ですが。だからこのクルマは買い替える必要がないし、買い替えたいとも思わないんです」

まぁ古いクルマだからいろいろ大変ではあるんですけどね――などと言いながらも、その表情はまったく大変そうではない田村さん。

その顔を見ていると、このプリメーラは派手なもらい事故にでも遭わない限り、おそらくは100万kmを軽々と達成するのだろうな――という明確なイメージが、雨上がりの富士スピードウェイに浮かび上がるのであった。

(文=伊達軍曹/写真=阿部昌也)

[ガズー編集部]

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