飾るためではなく乗るためのクルマとして、1969年式いすゞ ベレット1600GTは「あと50年」を目指す
「開業歯科医のクルマ」というと、あなたはまずどんな車種を思い浮かべるだろうか。
もちろん人それぞれではあるにせよ、多くの人の脳裏にはメルセデス・ベンツのサルーンやポルシェの4ドアモデルなど、いわゆる「高級輸入車」が浮かぶのではないかと思う。
今回の主人公である開業歯科医の時田英紀さんも、もちろんというのかなんというのか、メルセデスを所有している(ただしご本人いわく「ビッグマイナーチェンジ寸前の現行前期型Cクラスの在庫車を安~く買っただけですが」とのこと)。
だがそれと同時に所有し、「休日のためのセカンドカー」という枠を大きく超え、普通に日常づかいされているのが1969年式のいすゞ ベレット1600GTだ。
時田さんが今から23年前にベレットを購入したのは、時田さん同様に歯科医で、そして同様に大のクルマ好きだった父の影響による。
ご尊父は時田さんが生まれる少し前まで、このいすゞ ベレットとほぼ同じビジュアルの赤いベレット1600GTに乗っていた。そしてそんな父の薫陶を受けてクルマ好きの少年に育った英紀さんに「オレの赤いベレG」の写真をたくさん見せてくれたという。
写真を見た英紀少年は「嗚呼、なんてカッコいいクルマなんだ!」と思い、“ベレG”に対しての憧れを募らせていった。
そして時は流れて1998年。「クルマ好きな少年」から「マニアックなクルマを所有し、運転する若手歯科医」になっていた時田英紀青年が乗っていた某イタリア車が、けっこうシビアな壊れ方をした。
そのとき時田さんは「……どうせ壊れるならもういっそのこと、子どもの頃から憧れていたいすゞ ベレットに乗り替えることにしよう」と決めたのだった。
だがそうして25歳で手に入れたベレット1600GTは、時田少年が憧れていた「あのベレット」とはずいぶん違っていた。
具体的には、父のベレットはOHVエンジンを搭載し、シンプルな丸目2灯のヘッドランプを採用していた初期年式。しかし、時田青年が購入できたベレットは改良型のSOHCエンジンを積んだ高年式モデルで、さらには「ベレット1600GT-R」仕様の丸目4灯フェイス+DOHCエンジンへと大幅にモディファイされた個体だった。
「これは、私が好きだった父のベレットと違う」ということで、まずは外観を丸目2灯+小さなテールランプの初期型スタイルに変更。そしてその後、走行中にDOHCエンジンが壊れてしまったのをこれ幸いに、エンジンも「父のベレット」と同じOHVに載せ替え、そのほかの細かい箇所も初期OHVモデルに忠実な仕様へと戻していった。
だが、ここでひとつの疑問が浮かぶ。
若き日の父に憧れると同時に、「父が乗っていたカッコいいクルマ」にも憧れるというのはわかる。だが男というのは――あくまで基本的には、だが――男親に対しては「反発」のようなものも覚えるのが常であるはず。それなのに時田英紀医師はなぜ、そこまでして「父のベレGスタイル」を追い求めたのだろうか?
「それは確かにそのとおりで、父のことは大好きですし尊敬もしていますが、決してそればかりではありません。ですから、私がベレット1600GTを父が乗っていたモノとほぼ同じスタイルにした理由は、基本的には『父への憧れ』うんぬんではないんです」
それでは、なぜ?
「単純に、子どもの頃に見ていたあのベレットこそがカッコいい――と思っているからです。後期型よりもシンプルで、いさぎよくて。あのシンプルで美しいベレットに自分も乗りたい――と思っただけのことなんですよね」
自身で多数ストックしていた中古部品を使い、そして知己の修理工場に協力してもらいながら「初期OHVスタイル」に戻すには、思いのほか時間がかかった。いちおうの完成を見たのは決意から13年後、2015年のことだった。
だが時田さんは「基本的には初期型に忠実に」とは思っていても、「ネジ1本に至るまで絶対に純正品で」とまでは思っていないという。
「私はこのベレットを自宅に飾ったり、博物館に寄贈したいと思って買ったわけではなく、あくまで自分で乗りたいから買ったわけです。ですから、過度に“純正”にこだわるつもりはないんです。パーツ類はミクスチャーでもぜんぜん構わない。私にとっては、気持ちよく、安定して普段づかいできることのほうが何倍も重要ですからね」
そんな、初期世代のベレット1600GTに外観もエンジンも戻したものの、「でも細かいことは気にしない」という独自のいすゞ ベレットで、時田さんはどこにでも出かけていく。
いや、冒頭付近でご紹介したとおり現行前期型のメルセデス・ベンツ Cクラスも所有しているため、「移動の7割ぐらいはCクラスを使っているでしょうか」という。だが、逆にいえば時田さんおよび時田さんご夫妻の移動の約3割は、この52年前のいすゞ ベレット1600GTで行われている――ということになる。
「独身時代は福島から東京への引越しもこのベレットでやりましたし(笑)、仕事の関係で北は秋田、南は滋賀まで普通に自走しました。カミさんとの初デートも、このベレットでのドライブでしたしね」
時田さんは自身の歯科医院で診療を行うだけでなく、地元歯科医師会の副会長としてのさまざまな業務や、他のクリニックの手助けなども行っているため、休みは月に1日あるかないか――ぐらいであるという。そういった休みの日には当然、大好きなベレットに乗って夫婦でどこか気持ちの良い場所まで出かけていくわけだが、ベレットは決して「休日スペシャル」ではない。
「各地の保健センターで出張診療をするときなども、普通にベレットで行きますよ。そういったセンターって建物の作りが古い場合が多く、駐車場のサイズも“昭和”のままなんですよ。そのため、最近の大柄な輸入車に乗ってらっしゃる他の先生方はクルマを停めるだけでかなりご苦労されてますが、ベレットならスイ~ッとすぐに停められますからね」
特に無理をしているわけではなく、父の面影を追いかけているわけでもない。妙な改造をするつもりはないが、かといって「純正原理主義」でもない。夏場も普通に乗れるよう、デッドストック品のクーラーも後付けした。
すべては「単純にベレットが好きだから」。そして、現代の便利なクルマを否定するわけではないが(そもそも現行型のメルセデスも使っている)、「どちらかといえばベレットみたいな年代のシンプルなクルマのほうが自分にはしっくりくるから」乗り続けるのだと、時田さんは言う。
「さすがに部品供給にはやや難があるのですが、それでも無茶さえしなければ――私が今48歳ですので100歳までは、つまりあと50年ぐらいは直しながら乗れるのではないかと読んでいます。大切に、でも普通に日常使いをしながら、維持していきたいですね」
クリーム色だったボディを塗装した赤の色味には若干の不満があるというが、それでも各部がビシッと整備され尽くした時田さんの1969年式いすゞ ベレット1600GTは、今日も真っ青な海を目指す。……いや、かなりお忙しい時田先生のことなので、目指すのは海ではなく「保健センター」なのかもしれないが、いずれにせよ、1969年式のベレットは「あと50年」を目指している。
(文=伊達軍曹/写真=阿部昌也)
[ガズー編集部]
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