ゴリゴリのオフロード冒険家が「EVジムニー」で南極点を目指す理由
スズキ ジムニーを自前でEV化した車両にて「ゼロ・エミッション走行での南極点到達」を目指している、京都府の鈴木一史さん。
なんとも壮大な冒険ではあるが、お話を聞く限り、鈴木さんが現在行っている冒険の最終目的地は、実は南極点ではないように思える。
鈴木一史さんおよび鈴木さんが代表を務めるNGO「ZEVEX」の真の目的。それは、NASAの惑星探査機「ボイジャー」と同じであるように、筆者には感じられた。
ボイジャーは、地球上の生命に関するさまざまな情報を収録した「ゴールデンレコード」と呼ばれるレコード盤を機内に搭載し、いつの日か、異星人や未来の地球人がそれを解読することを目指していた。
同じように、「数百年後の人類に、CO2排出ゼロは当然として『道路という環境負荷のない、ありのままの地球の表面』を走るための“具体的な参考資料”を届けること」が、鈴木さんの真の目的なのだ。
冒険好きの少年だった。3歳で初めて徒歩にて峠を越え、小学生のときは近畿一円を鉄道で旅する「乗り鉄小学生」になった。
そして中学校の3年間ではヒッチハイクや野宿も行いつつ、沖縄以外の全都道府県に足跡を残す「放浪中学生」をやっていた。
「通っていた中学校に『生徒だけでの旅行は禁止』という校則があったのですが、「それってきっと楽しいから禁止にしているに違いない!」と思い、国鉄(現JR西日本)の周遊券を使って全国を放浪したんですよね。野宿も多かったですが、お風呂に入りたいときはユースホステルを使いました」
進学した高校では「オートバイ禁止」という校則があったが、それも同じく「楽しいから禁止しているに違いない」と解釈し、16歳で中型二輪免許を取得。ヤマハ XJ400というオンロード用バイクでツーリングを楽しみつつ、1万円で購入したホンダ DAX70を自分で改造。周囲の先輩ライダーらと、近隣の山中で道なき道を探索した。
「探索の途中で林道が途切れると、普通はそこで引き返すじゃないですか。でも私たちはロープを使ってバイクを崖の下に降ろして(笑)、そのまま先に進んでいたりしましたね」
近畿一円をひとりで行く乗り鉄小学生として初めて覚えた「冒険への渇望」は、どんどんエスカレートしていた。憧れの冒険家だった故・植村直己さんが、ちょうど鈴木さんが崖からDAX70をロープで降ろしていた頃、南極大陸3000kmの犬ぞり単独行を目指していたことにも、多大なる影響を受けたという。
「最終的に植村さんはフォークランド紛争の影響で南極大陸横断を断念せざるを得なかったのですが、その挑戦し続ける姿により、青年だった私の冒険熱が燃え盛ったのは間違いありません」
関西の名門大学に進んだ後も2代目ジムニーで野山を駆けたが、すべての学費を自らアルバイトでまかなっていた関係で時間がなく、冒険旅行に出ることはできなかった。
だが卒業後は、念願だった「ジムニーでの冒険にどハマりする」ということが叶い、1万kmスケールの冒険走行を想定した「鈴木理論」とでも言うべき本質的な悪路走行メソッドを、実践を通じて構築していった。
だがその後、鈴木さんが知るに至った世界的に有名なオフロード競技大会の実態や「オフロード車専門ジャーナリスト」の知見や行動などには、正直納得しがたいものがあったと言う。
「立派な主催者がいて細則が管理されていて、主催者の管理下で行う行為は、私には冒険とは思えなかったし、普通は”冒険”とは言いません。そんなイベントを冒険と表現することに、”引け目”を越えた“恥ずかしさ”を感じました」
真の冒険への道は、自分で確立させるしかないと思った。そして「1万km以上のマクロスケールクロカンにも通用するオフローダーになろう」を合言葉とする「IRON BAR CUP(アイアン・バール・カップ)」という競技会を主催するに至った。
「IRON BAR CUPは箱庭的なオフロードコースや河川敷などを走るものではなく、1万kmスケールのクロカン走行に必要なディフェンス技術(運転席に座って車を走らせることをオフェンスとした場合、車外に出てウインチを操作したりするさまざまな作業を指す、鈴木理論の一端)の向上を目的とするものです」
そんなハードコアな競技会を主催しながら、鈴木さんは自らのオフェンス&ディフェンス技術も高めていき、オペルが主宰した冒険コンペ「オペル冒険大賞’94」の最終ノミネーターにもなった。
だが1997年。ボルネオ島で行われた「ボルネオ・サファリ」というクロカン競技会に参加したことが、鈴木一史さんにとっては完全な転機となった。
「海外のジャングルを走れる機会なんてそうそうありませんので、楽しいは楽しかったんですよ。でも……自分を含む参戦車両が渡河する場面で、マフラーから出た排ガスのすすやらオイルやらが川を思いっきり汚しているのを見たとき、『……こんなことは将来、絶対に長くは続けられないな』と確信したんです」
自然が好きで、愛しているからこそ冒険をしているつもりだった。だが、それは結果的に「単なる自然破壊」「単なる自己満足」でしかなかったのでは……と愕然としながら気づいた鈴木さんは、クロカン四駆を降りた――かというと、そうではない。
ここで話は記事の冒頭へとループする。
鈴木さんはクロカン四駆を降りるのではなく、逆に“オフェンス”に打って出たのだ。スズキ ジムニーを自前でEV化した車両で「ゼロ・エミッション走行での南極点到達を目指す」という。
だがなぜEV化したジムニーなのか? そしてなぜ、南極なのか?
「まず簡単な話としては、これからのモーターライフは環境問題と切り離して考えることはできない――と気づいたわけですが、自動車メーカーは、いつまでたってもEVのクロカン車を作ってくれない。それどころかハイブリッド技術さえ、クロカン車には採用してくれない。『それなら自分で作るしかない!』というのが、ジムニーをEV化させたまず第一の理由です。そして……」
そして?
「私、および私たちZEVEXは、もっと長い時間軸で乗り物のことを、というか『人間が自動車で移動する』ということについて考えています。昨今、自動車メーカーだけでなく国家レベルでCO2の排出削減に取り組んでいますが、それはおそらく早々に――といっても50年後や100年後かと思いますが――何らかの着地点に至ると思っています。人類は近いうちに、自動車産業を含めたすべてから排出される温室効果ガス問題との”落としどころ”を見つけ出すはずなんです」
それはそれで結構な話ではあるが、それと「EVジムニー」の間に何の関係が?
「交通事故などの問題は別として、自動車が排出するCO2の問題が解決された後、環境面で顕在化するのが『道路を作ることによる環境負荷』なんですよ」
……道路が地球環境への負荷になっている?
「一般的な車が走れる道路を作る作業、つまり山肌に穴を開け、草原を重機で埋め立て、舗装が剥げてきたら(日本の場合は)またアスファルトで舗装し直して……というのは、考えてみれば強烈な環境負荷になっているわけです。CO2の問題が解決された後は必ず『重機で自然を踏み散らかす』という行為にも制限が加えられるでしょう」
なるほど確かに。イメージしてみると、未来人がバンバン自然をぶっ壊しながら道路を作っている姿は、あまり想像できない。
「でしょ? 『ありのままの地球の表面』に近い環境下での移動を求められる時代は、必ずやってくるんですよ。で、そのときに必要となるのが、ゼロ・エミッションで移動できるクロカン車なんです」
あ、なるほど。そのときのために今から特許を取って、将来的に莫大な富を……。
「ぜんぜん違います(笑)。いざCO2の問題が解決して、そして道路建設による環境負荷の問題が取り沙汰されるときになって、いきなり『じゃあ、道路というインフラがなくても走れるEVを作りましょう』といっても、きっとそう簡単に話は進まないじゃないですか? その時代にも、今の気候変動の問題と同じように推進派と抑制派に分かれるんでしょうし」
確かに。
「何百年後かの推進派の人たちに使ってもらえるような“実証データ”を私たちは今、コツコツと残しているんです。地球で唯一、道路インフラのない南極大陸。その南極点までEVジムニーで行くというのは、言わば実証データ作りの最終局面なんです」
だが鈴木さんは、集めた実証データを未来人が見ることになるのは300年後、あるいは500年後ぐらいではないかと予想している。
「もちろん正確に“いつ”なんてことはわかりませんが、少なくとも30年後や50年後でないことだけは確かです。私たちが今集めているデータは、もしかしたら『地層の奥深くから数百年前の、日本人と呼ばれていた種族の研究チームによる資料が見つかった』なんてことになるのかもしれません。でも、それでいいんですよ。今やってるこの活動こそが、今の僕にとっては“大冒険そのもの”なんですから」
厳冬期のロシア大陸遠征など、幾度にもわたる猛烈なトレーニングと機材の徹底改良などを経て鈴木さんのチームは今、南極アタックに踏み切れる力を付けている。足りないのは“お金”だけで、そこには忸怩たる思いがあるという。
だがそれでも鈴木さんおよびチームは、風車と戦ったドン・キホーテのように、あるいは、いつ邂逅するとも知れぬ異星人にレコード盤を渡すべく宇宙空間を行くボイジャーのように――数百年後の地球人のため、極点向けEVジムニーの“カイゼン”を続け、アタックの機会をうかがっている。
(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也)
[ガズー編集部]
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