大切な愛車だからこそ、別れを決意。1994年式スバル ヴィヴィオT-top(KY3型)
いま、この記事に目を通してくださっている人たちの何パーセントが、現在所有している愛車を「一生モノ」と思い定め、コンディション維持のために日々努力なさっているのだろうか。それ相応の手間と時間を掛けているに違いないと推察する。
愛車紹介の取材を続けていると「このクルマは一生手放しません!」と断言してくださる人が多いことに驚く。私事で恐縮だが、筆者自身、一生モノと心に誓って手に入れ、今年で所有して10年目となった愛車がある。
それだけに、取材時にお話しを伺うたびに共感できることばかりで、仕事抜きでついつい感情移入してしまう。
しかし、あるときふと気づいた。それって実は、あたりまえのようであたりまえではない、すなわち「とても恵まれた環境にある」のかもしれない。
オーナーのモチベーションの源は、いうまでもなく心身ともに健康であること、ひとまず当面の生活の目処が立っていること、天災や各種トラブルを回避できる保管場所が確保されていること、信頼できる仲間や主治医がいること…などなど。
挙げはじめるとキリがない。どれかひとつが欠けることでバランスが崩れてしまう。
見方を変えれば、愛車を想うあまり、別れを決断する人がいることもまた事実だ。今回、取材させていただいたオーナーは「大切な愛車だからこそ別れを決断した」という。その想いを伺うことができたので、ご紹介したい。
「このクルマは1994年式スバル ヴィヴィオT-top(KY3型/以下、ヴィヴィオT-top)です。手に入れてから3年目、現在の走行距離は約4万5千キロ、私が所有してからはおよそ7千キロ走りました。いま、28歳なのですが、人生初の愛車がこのクルマなんです」
1992年3月、スバルから1台の軽自動車が誕生した。それが「ヴィヴィオ(VIVIO)」だ。開発時の排気量は550ccを想定だったが、軽自動車の規格変更にともない、660ccでデビューした。
ヴィヴィオは、6年間というモデルサイクルのなかでさまざまなバリエーションが発売された。女性向けや走りを楽しむグレード、さらにはスバルお得意の4WDモデルまで・・・街乗りから本格的なモータースポーツと、幅広いユーザーに愛された1台といえよう。
そのなかでももっともユニークな存在が、今回のデタッチャブルルーフを採用した「T-top」だろう。
このモデルは、スバル40周年を記念して1993年5月に3000台限定で販売された。トランスミッションはECVT(無段変速)と5MTのいずれかを選ぶことができたが、駆動方式はFFのみ。設定されたボディカラーは、フィールドグリーン、ヴィヴィアンレッドの2色のみであった。
さらに1994年には、1000台限定のスーパーチャージャーモデル、GX-Tも発売された(こちらのボディカラーも、ブライトシルバーメタリック、ピュアブラックメタリックの2色のみの設定であった)。
「T-top」最大の特徴は、3分割のルーフと電動リアウインドウを自在に組み合わせることで「クーペ」「リヤオープン」「Tバールーフ」「オープントップ」「フルオープン」の5つのスタイルを楽しむことができる点に尽きる。
さらには「軽自動車の4シーターオープンモデル」というカテゴリーに属する珍しいモデルでもあるのだ。
ボディサイズは、全長×全幅×全高:3295×1395×1380mm。直列4気筒SOHC「EN07型」エンジンが搭載され、排気量658cc、最高出力は64馬力を誇る。
ヴィヴィオのCMソングには、CHAGE&ASKAの曲が使われることが多かったが、T-topのCMには「Sons and Daughters~それより僕が伝えたいのは」が起用されたことを記憶している人がいるかもしれない。
さて・・・オーナー曰く、このレアなヴィヴィオT-topを愛車に選ぶまでにはいくつかの伏線があったという。
「実はクルマに興味を持つようになったのは大学生の頃と、割と最近でした。18歳のときに運転免許を取得しましたが、当時はAT限定免許にしたくらい特にこだわりがなかったんです。
興味を持ったきっかけは、アニメ版“頭文字D”でした。当時はNetflixなんてありませんから、レンタルビデオを借りて観るほどハマりましたね。個人的に好きなのは、主人公が乗るAE86トレノとスズキ カプチーノがバトルを繰り広げるエピソードです。ちなみに、好きなキャラクターは三菱 ランサーエボリューションⅢを駆る須藤京一です」
当時、大学生だったオーナーはすぐにクルマが所有できる状況ではなかったそうだ。その後、大学を卒業して社会人となって数年が経ち、そろそろ自分のクルマを持とうと思いはじめたという。
「社会人3年目あたりから、少しずつお金に余裕がでてきました。そろそろクルマを買おうと思ったんですね。頭文字Dが好きなので、作中に登場するクルマで、なおかつ維持費が安く、結婚前でなければ乗れないであろうオープンカー…ということで候補に挙げたのがカプチーノ、そして初代ダイハツ コペンでした。
しかし、中古車でもそれなりの値段なんですよね…。その後、いろいろ調べていくうちにヴィヴィオT-topというクルマがあることを知り、軽自動車でありながらオープンカー、しかも乗車定員は4人。大人4人はさすがに辛そうだけど、ちょっと変わったデザインと、リアシートに荷物が載せられることに魅力を感じました」
こうして愛車候補をヴィヴィオT-topへと狙いを定めていたオーナー。時間が空いたときにインターネットで「出物」を探していたという。そして出会ってしまったのだ。運命の1台に…。
「検索していて、たまたまいまの愛車となるヴィヴィオT-topを見つけたんです。走行距離3万8千キロ、ワンオーナー車のヴィヴィオT-top。それがいまの愛車です。売っている場所も自宅からそれほど離れていなくて、さっそく見に行ってみたんです。
ラメ入りの同色にオールペイントされているようでしたが、現車のコンディションも良好で、その場で契約してしまったんです。このヴィヴィオT-top、私の方が2ヶ月ほど先に産まれていますが、同い年だったことにも運命を感じましたね」
ついに人生初の愛車を手に入れたオーナー。愛車を所有したからこそ気づいたことがあったという。
「実家でも軽自動車に乗っていたので、運転してみてそれほど違いは感じませんでした。むしろ“自分の足”となるクルマを所有できた喜びの方が大きかったですね。今までなら自転車で移動していたのに、これからは自分のクルマで動けるようになったわけですから。まさに大人の階段を上った感覚でした」
20代の若者らしい感覚も持ち合わせているオーナー、ヴィヴィオT-topならではの魅力を「有効に活用」している。
「女の子も乗せましたよ。むしろ、女の子とクルマで出掛けたかったからヴィヴィオT-topを購入したようなものです(笑)。女の子はもちろん、同世代の男子でもオープンカーに乗ったことがある人って少ないみたいなんです。
実は、軽自動車でデートとなるとちょっと気後れするところがあるんですが、オープンカーであることがそれを打ち消してくれる気がします。女の子は僕が軽自動車に乗って現れても気にしないようですが、アウディやBMWなどの外車に乗って出掛けてみたいとか、やっぱりちょっとは背伸びしたい気持ちも少しはあるんです(笑)」
バブル期には日常生活を犠牲にしてまで「高クルマエンゲル係数」の若者が少なくなかった。いわゆる「見栄を張る」というやつだ。堅実なオーナーはそこまで無謀なことはしていないが、やはり少しでも「カッコツケタイ」という若い男性の心理は健全であり、またいつの時代も同じなのかもしれない。
当時はもちろん、現代においてもユニークさが際立っているヴィヴィオT-topの気に入っているポイント、そしてこだわっている点を尋ねてみた。
「やはり屋根が開くところですね。“クーペ・リヤオープン・Tバールーフ・オープントップ・フルオープン”の5形態が楽しめるクルマはなかなかないと思います。それと、リアガラスが電動で開閉するところもお気に入りです。同乗した女の子がびっくりするポイントでもありますね(笑)。
こだわっている…というほどではないのですが、雨さえ降らなければ基本的にフルオープンで走っています。車内にAlexaを載せ、スマートフォンとテザリングさせて緩めの音楽…たとえば“今夜はブギーバック(スチャダラパー)”のような曲を聴きながら走らせるのが好きですね」
しかし…、これほど気に入っているヴィヴィオT-topを手放してしまうという。なぜなのだろうか?
「いま、都内のシェアハウスに住んでいて、ヴィヴィオは実家に置いてあるんです。シェアハウス周辺は駐車場代が高くて持ってこられなかったんです。そこで、仕事が休みの日にはヴィヴィオT-topを走らせる目的で実家に帰省しています。それなりの頻度で実家に帰省する理由になるのですが、そう頻繁には帰れませんから…」
都心部の駐車場代といえば、場所によっては地方のアパート代くらいの費用が掛かるケースも珍しくない。もちろん手元にあれば便利であることはオーナー自身も百も承知だが、そもそも駐車場代だけで毎月数万円を支払うこと自体が現実的ではないのだ。
ヴィヴィオT-topは本当に気に入っているけれど、現在の生活ではなかなか乗る機会がない・・・。悩みに悩んで、オーナーはヴィヴィオとの別れを決断したという。
「このクルマ、私がツーオーナー目なんです。ファーストオーナーさんはガレージ保管だったみたいで、本当にコンディションがいいんです。本音では本当に手放したくないんですけど…。実家の駐車場に置いたまま自分が所有することで、これ以上、ヴィヴィオT-topを劣化させたくないという結論に至りました」
取材していて気づいた。オーナーにとっては熟慮のすえの苦渋の決断なのだ。ヴィヴィオT-topが大切な存在だから、好きだからこそ別れを選ぶことにしたのだ。
人によっては「実家に戻るとか、本当に大切な愛車ならあらゆる手を尽くして維持すべきではないか?」と思うかもしれない。しかしオーナー自身、そこはもちろん考え抜いたし、あらゆる手を尽くしたのだ。
むしろ、半ば放置状態でクルマの経年劣化が進み、大がかりな修復が必要になった時点で捨てるかのように手放す方がはるかに不誠実だと思う。
そう遠くない未来にヴィヴィオT-topはオーナーの元を去ることになるのだろう。オーナーにとって「人生初の愛車を手に入れたこと」そして「好きだからこそ、別れる」ことで得られる何かがあったはずだ。この取材がその1ページとなってくれたら望外の喜びだ。
最後に、オーナーの今後のカーライフ、そして別れを決断したこのヴィヴィオT-topの新たなオーナーとの暮らしが素晴らしいものであることを願うばかりだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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