家族の絆を深めた、はじめての愛車・MTのトヨタ スターレット
以前、こちらのコーナーで14年前からトヨタ セリカXXに乗る女性を紹介した。学生時代からの憧れのクルマを手に入れ、全国の仲間とつながりながらカーライフを楽しんでいる姿に多くの方が共感してくれた。
その方に取材を申し込んだ時、「よかったら娘も取材してもらえませんか? 実は最近、はじめての愛車を手に入れたんです。EP91トヨタ スターレット グランツァSなのですが……」という提案をいただいたことを記事の最後でお伝えした。
今回はセリカXXのオーナーであるきよみさんの愛娘、スターレットに乗るはるかさんを紹介しよう。
3月に取材した時点ではるかさんは大学4年生。4月から一次産業を営む会社への就職で地方に移り住むことが決まっていた。
「私は大学1年生で運転免許を取得してから自分のクルマを持っていなくて、クルマが必要な時はカーシェアを利用していました。だから免許取得後は一度もMT車の運転をしてなかったんです。
でも就職先ではMT車に乗らなければならないということがわかって、入社前に練習しておかなきゃと思って」
お母さんはセリカXXに乗っているから、MT車の運転に慣れている。だから就職前に運転のコツを教えてもらいたい。なるほど、と納得できる理由だ。
でもなぜスターレットを選んだのだろう。選択肢は少ないが、もっと新しいクルマでもMTが設定されているものはあるのに。
「どうせクルマを手に入れるなら、街で見かけないものに乗りたいと思ったんです。実は友達のお父さんが中古車販売の仕事をしていて、トヨタ ヴィッツや日産 マーチなどを勧められたのですが、ピンとこなくて……」
はるかさんが一番好きだったのは、ダイハツからのOEMモデルで1998年にデビューしたトヨタ デュエット。また、母親と一緒に中古車販売店にクルマを見に行った時に欲しいと思ったのは、1995年に登場したコンパクトクーペの2代目トヨタ サイノスだった。
はるかさんのクルマの嗜好は母親であるきよみさんの影響を強く受けているのがわかるチョイスだ。
あとは昔のトヨタ クラウンとかトヨタ プレミオのようなセダンも好み。はるかさんのおじいさんがずっとプレミオに乗っていて、免許を取った後におじいさんからプレミオを借りて運転の練習をしていたという。それもあって、いわゆる“おじさんグルマ”のほうが落ち着くそうだ。
ちなみに友達とドライブに出かけた時も、旧車とすれ違ったりするとパッと反応してしまう。その様子を友達たちは引き気味に見ているのだとか。
「私はいろんなところで両親の影響を受けていて、たとえば音楽も浜田省吾さんや松任谷由実さんが好き。だから同世代の友達と全然話が合わないんですよ(笑)」
はるかさんの両親はどちらもクルマ好き。はるかさんも幼い頃から街を走るクルマを見ては「あれは何ていう名前?」と聞いていたという。そして母親がMT車に乗っていたことから、中古車情報サイトを眺める時も、まず『MT』のチェックボックスに印をつけるそうだ。
だからカーシェアを利用していた時も、友達と遊ぶのは楽しかったが、運転自体を楽しいとは思わなかった。はるかさんは仕事で運転するための練習というが、MT車を愛車にするのは必然だったに違いない。
それにしても、どのような経緯でスターレットにたどり着いたのだろうか。
「このクルマは母がインターネットで見つけてくれました。安くて状態も良かったので、すぐに連絡を取って契約の手続きしてくれました。実車はコロンとした形がすごく可愛くて、すぐに気に入りました。とくに後ろ姿が大好きです」
念願叶って手元にやってきた、はじめてのマイカー。最初はMTの操作に慣れなくてギアから異音をさせてしまったり、エンストさせたりすることも多かった。それでもめげずに練習しているうちにだんだんと慣れてきて、自然にエンジンブレーキを使ったりできるようになってきた。
「これまで助手席で見ていた母の運転と同じことが少しずつできるようになってきたのがすごく嬉しくて。カーシェアでは感じることができなかった楽しさを存分に味わっています」
スターレットが納車されてから、祖父母の通院の送迎がはるかさんの担当になった。おじいさんはかなり背が高いそうで、スターレットの狭い車内は窮屈そうだという。それでも孫がMT車を運転しているのを嬉しそうに見ているそうだ。
まだシフトやクラッチの操作に慣れていない頃は「もっとていねいに動かすんだ」と口出しもされたという。
「おじいちゃんはすごく運転が好きだったのに、危ないからと無理矢理免許を返納させたところもあって。ちょっとかわいそうだったなと感じていて。だから私でよければいろいろなところに連れていってあげたいなと思っています」
クルマ好きのおじいさんなら、きっとこのスターレットを懐かしく感じているだろう。そしておばあさんは就職祝いとして納車後に新品のタイヤをプレゼントしてくれたそうだ。
そして病院帰りに「いつもありがとう」とガソリンを満タンにしてくれる。安全にクルマを楽しんでね、という思いが伝わってくるエピソードだ。
MT車の運転に慣れる上で最も苦労したのは、ご多分に漏れず坂道発進だった。最初は怖くて週末のショッピングモールの立体駐車場に入ることができなかった。
渋滞路を走っていると、坂道で停止するたびに緊張する。後ろがせっかちなドライバーだと2台前のクルマが動き出したタイミングで動き出すから絶対にクラッチ操作を失敗できない。「お願いだから近づかないで!」と泣きそうになりながらクラッチをつないでいた。
「路地裏の坂道を走っていた時、前にゴミ収集車がいてすれ違えなかったので、私が少し下がったんです。そうしたらなかなかクラッチをつなげなくて何度もエンストしていました。そうしたらゴミ収集車のドライバーさんがクルマからタイヤ止めを持ってきてくれて『これ、使いな』と言ってくれたんです。すごく恥ずかしかったけれど、助けてもらえて嬉しかったですね」
納車から数ヵ月たち、やっとサイドブレーキを使わずに発進できるようになった。これからは今まで以上にスターレットでのドライブを楽しめるだろう。
はるかさんは今でも母親であるきよみさんとよく出かける。その時のクルマはきよみさんのセリカXXだ。
「せっかくだからお母さんにお願いしてセリカXXを運転させてもらったら?」
そう聞いてみたら、はるかさんは大きく首を横に振った。
「セリカXXの価値はわかっているつもりですし、何よりあのクルマは母の宝物ですから。私が運転して万が一ぶつけちゃったりしたら母が悲しむので、私は運転しません」
セリカXXが家にやってきたのははるかさんが8歳の時。それから14年、はるかさんは母のきよみさんと一緒にいろいろなところにドライブした。だから母と同じくらい、セリカXXには強い思い入れがある。
そんなはるかさんも大人になり、独り立ちした。今頃は新しい環境で奮闘しているに違いない。もちろん、スターレットもはるかさんと一緒に旅立った。職場の人たちも、旧いスターレットに乗っている新入社員がやってきたことに驚いただろう。
新しい環境に慣れるまでは大変だろうが、通勤時間や休日にスターレットとのドライブを楽しむことでリフレッシュできるはずだ。
「これまで母とは何度も旅行しています。旅先では風景の写真を撮ったりするけれど、不思議とただ風景を撮るよりもセリカXXと一緒に風景を撮ったほうが映えるんですよね。新たな拠点は景色がとってもきれいな場所なので、私もスターレットと一緒にたくさん写真を撮りたいなと思っています」
はるかさんの話を聞いていて、あらためて「クルマは人生」なのだと感じた。さまざまな思い出の中にクルマが映り、岐路に立った時もともに歩んでくれる。母親のセリカXXと同じように、スターレットもはるかさんにとってかけがえのない存在になっていくに違いない。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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