トヨタ プロボックスで“野営”に行く元自衛官が、車中泊ではなくハンモックを選ぶ理由

  • トヨタ・プロボックスとオーナーの石井良さん

「ストレス解消」というのも、なんだか安直で手アカの付いたフレーズではある。

だが「物体の外側からかけられた圧力によって歪みが生じた状態」という、ストレスなる言葉のそもそもの意味から考えてみると――さまざまなストレッサー(ストレス反応を引き起こす外的な力)に日々さらされていることは間違いない我々は、やはり何らかの手段を通じて「ストレス解消」を行わなければならないのだ。それをしない限り我々の心や身体は、上手に動いてはくれないだろう。

フリー編集者/ライターである石井 良さんにとって、その手段のひとつが「野営」だ。そしてその際の重要な相棒となるのが、2012年式のトヨタ プロボックスである。

  • トヨタ・プロボックス

もともとは海上自衛官だった。高校卒業後に入隊し、「潜水艦乗り」を目指した。

「しかしですね、潜水艦に乗るためにはかなり厳しい目の検査をパスする必要があるんです。僕はそれに引っかかってしまい、潜水艦乗りの道はあきらめざるを得なかったんですよね……」

要するに色覚異常ということだが、石井さんの色覚は、日常生活を送るうえではまったく問題ない。というか、その検査で落ちることなど予想もしていなかった。だが潜水艦乗りには、艦内の赤色灯のもとでも正しい色を即座に認識できるという、正確な色覚センスが求められる。残念ながらそこには一歩及ばなかった――ということだ。

結果として教育隊内の総務部的な部署に配属となり、「部内紙」の編集を担当した。そしてその流れで除隊後、専門学校でのトレーニングを経てフリーランスの編集者兼ライターとなった。

アウトドア誌を中心に、さまざまな編集作業やライティングを行う多忙な日々。そんななかでのいわゆるストレス解消策は「各地のサウナめぐり」だった。今から4年ほど前にサウナフェスを取材したのがきっかけで、見事にハマった。

  • トヨタ・プロボックスの運転席に座る石井良さん

だが各地のサウナへは、カーシェアリングの車で通った。

「中学生の頃にゲーセンで『頭文字D』のゲームをやり込んだクチですので(笑)、車は好きなんですが、自分の車は持ってなかったんです。子どもの頃から趣味にしている“自転車”もけっこうお金がかかるアレですので、あんまり趣味の幅を広げちゃうのもどうかと思いまして」

だがあまりにも各地のサウナに通いすぎた=カーシェアリングを利用しすぎたせいか、計算してみると「……車、買ったほうが安くね?」という状況になっていた。

「で、約3年前に人生初の“マイカー選び”が始まったわけですが、いろいろ具体的に考えてみると、僕の希望や都合に合う車って意外とないんですよね」

“イニD”の強烈な洗礼を受けている身だけに、MTであることは外せない。

だが自転車は積みたいし、そのうちキャンプをやることにもなるはず。そのため、MTのスポーツクーペを買うわけにもいかない。

自転車を積んでどこかへ走りに行き、その地で温泉やサウナに入ったら、たぶんそのまま寝ちゃいたくもなるだろう。だから「車中泊できるサイズ」という条件も外せない。

とはいえ少年時代に父が乗っていた「ランクル」またはその種の車は、仕事で使うことも考えると立体駐車場に入らないのが痛い。そもそも、細い山道にも入っていきたい自分には向かない。

その点スズキ ジムニーは素晴らしいが、自転車を積むのはちょっと大変。そして最近のSUVはどれもMTの用意がない――。

「そう考えていたとき、決して“後ろ向きの消去法”というわけではないのですが、『あ、そういえばプロボックスのMT車なら、俺が希望する条件すべてに合致するのかも?』ってことに気づいたんですよね」

  • トヨタ・プロボックスのフロントフェイス
  • トヨタ・プロボックスのシフトノブ

そうして今から約3年前。2012年式の中古車を、プロボックスのカスタマイズを得意とする販売店で購入した。車両本体価格は約80万円で、全塗装などを含むその他もろもろのカスタマイズと整備を含めても、乗り出し価格はおおむね150万円で収めることができた。

「買ってみて思ったのは『やっぱり、求めていた要素のほぼすべてがこの車にはあった!』ということでした。車両価格も維持費も安くて、商用車なので荷室も広くてフラットで、乗り味も意外と悪くなくて。大したパワーはないですけど、車体が軽いから、踏めばストレスなく加速できますしね」

プロボックスを買った年の年末には、妻と一緒に都内から福岡県まで――サウナに入るため――自走して行ったという。

「1日500kmぐらいのペースで走って、途中は車中泊で。それでも腰とかはぜんぜん痛くなりませんでしたし、運転自体もけっこう楽しかった。まぁそりゃそうですよね。この車は、営業職とかについていらっしゃる方が長距離を走ることも、絶対に念頭に置いて開発されたはずですから」

そしてプロボックスが手元にやってくると、石井さんは「野営」も――それが許可される場所にて――始めることになった。

  • トヨタ・プロボックスとハンモック
  • 石井良さんの野営の調理風景

「妻と一緒のときはさすがにキャンプ場を利用させてもらいますが、自分ひとりのときはトイレも何もない山奥の沢まで行って、とにかく“野営”するんです。寝るときはハンモックで。それが、僕にとってはかなり大切な“息継ぎをするための時間”なんですよね」

野営とは、要するにキャンプ場などではない未整備の場所にて宿営することだ。軍隊が戦地や演習地などで陣営を張る行為も「野営」と呼ばれる。

そんな野営地で石井さんはハンモックを樹木とプロボックスで固定し、眠りにつく。

「最初は『そのうちテントを買おう』とも思っていたのですが、もともと自衛官ですから、なんというかこう、もっと野趣あふれる感じのモノやコトのほうが好きなんですよ。で、ブッシュクラフトという『そのへんに落ちている木とかを組んで屋根にする』みたいなスタイルのことをいろいろ調べていったら、どうやらハンモックがいいらしい――ということがわかって、そのスタイルでいってみることにしたんです。結果は……最高でしたね」

  • トヨタ・プロボックスの前でハンモックで休む石井良さん

写真上のような天気の良い日の日中に午睡する際だけでなく、冬季の夜も、野営時はハンモックで眠る。意外と寒くないというか、むしろ暖かいのだという。

「ハンモックは空気に触れる下側が寒く感じるのですが、下側にアンダーキルトというものを敷いちゃえば実はぜんぜん寒くないですし、そのうえで毛布などを被れば、むしろかなり暖かいんです。そして、まぁ秘密基地の中で寝るようなニュアンスの車中泊も決して嫌いではないのですが(笑)、野外で寝るというのは――本当に気持ちいいものなんですよ」

オレンジ色のハンモックを購入して以来、プロボックスにていわゆる車中泊をする機会はめっきり減った。

「仕事(取材等)で前泊する必要があるときは時間を効率的に使うため、途中の道の駅とかで車中泊をします。でもプライベートで野営をするときは……今やほとんどハンモックですね。ほんと、そのほうが気持ちいいですから。だから――というわけでもないのかもしれませんが、おかげさまでストレスを溜め込むことなく、実はけっこう忙しい仕事の日々を、大過なくこなせているのでしょうね」

  • トヨタ・プロボックスのラゲッジルーム

必要な荷物をプロボックスに満載してハードな野営地まで赴き、煙だらけになる。星空を見上げながら眠る。起床後は近隣の温泉やサウナを探して入り、運転自体を楽しみながら帰宅する。そしてまた翌日から始まる仕事に備える。

そんな好ましいサイクルを完成させるための道具としての車は、人によっては、必ずしもトヨタ プロボックスである必要はないのだろう。ほかにも、タフに使える車はたくさんある。

だが少なくとも石井 良さんにとっては、タコメーターも付いていない、安価な、けっこう小さめな、しかしきわめて頑丈で、小さめな割に車内は広く使えて、そして走りっぷりも意外と悪くないこの商用車こそが最高の“相棒”であり、最高の“マルチ・パーパス・ヴィークル”だったのだ。

トヨタ プロボックスのことをMPV(マルチ・パーパス・ヴィークル)と定義する人間や媒体は、ほとんど存在しないのかもしれない。少なくとも筆者は、そういった定義や記述を今まで見たことがない。

だが石井さんの使い方を見る限りにおいては、「トヨタ プロボックス=最高レベルのMPV」と定義せざるを得ない。走れて、積めて、ストレス解消の一助にもなってくれるという、なんともマルチな“BOX”なのだ。

(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也/編集=vehiclenaviMAGAZINE編集部)

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