カーデザイナーのクリエイティビティを掻き立てるピックアップトラック『スバル ブランビー』
2023年1月に開催された東京オートサロンのスバルブースに、デビューしたばかりのクロストレックが展示されていたのを覚えているだろうか。『BOOST GEARコンセプト』と名付けられた、アウトドアギアを想起させるクロストレック。そのデザインを取りまとめたのが、今回お会いした須崎兼則さんだ。
スバルの社員デザイナーである須崎さんは、中学生の頃から30年以上もマウンテンバイクを楽しんでいて、現在はMONORAL BIKESなどからサポートを受けるほどに。愛車はニュージーランドで生産されたスバル ブランビー。1985年式のピックアップトラックだ。
「アメリカにはレオーネベースの“ブラット”というピックアップトラックが日本から輸出されていました。ブランビーはニュージーランドでノックダウン生産されていたモデルで、ブラットが左ハンドルなのに対し、ブランビーは右ハンドルになります。おそらくブランビーを知っている人はほとんどいないでしょう。私を含め、スバル社内でも知っている人が皆無でしたから(笑)」
須崎さんは以前、マウンテンバイクを積載するためにアメリカで販売されるピックアップトラックのトヨタ タコマに乗っていた。キャビンと荷台が分かれているので汚れたものも気にせず積める。アウトドアスポーツを楽しむうえで重宝していたという。
今回新たにクルマを買う際、スバル車で人と被らないものにしようと考えた。そして検討中にピックアップトラックの利便性を思い出し、次はスバルのピックアップトラックに乗ろうと思ったそうだ。
「スバルのピックアップトラックには、ブラットの他にレガシィアウトバックのプラットフォームを使ったバハというモデルがあります。どちらも日本では販売していませんが、並行輸入で入ってきた中古車があるんですね」
須崎さんはブラットに的を絞って探すことにしたが、日本で流通する中古車が極端に少ないので情報が少ない。そこでブラットのオーナーが集まる会に参加して、どんな状況なのか聞いてみることにした。
何人かのオーナーと話すうちに仲良くなり(突然スバルのデザイナーがやってきたのだ。オーナーたちも嬉しかっただろう)、「そういえば黄色いやつが売りに出ているのを見たよ」と教えてもらった。自宅に戻って調べると確かに埼玉にあるショップで黄色いブラットが販売されていた。すぐに奥様と一緒に実車を見に行った。
そしてそのクルマがブラットではなくニュージーランドでノックダウンされたブランビーであることを知る。しかもこのショップにやってくるまではニュージーランドの博物館で展示されていた個体だったこと、ニュージーランド在住の日本人が運営するYouTubeチャンネルでこの個体が紹介されていて、エンジンをオーバーホールしてあることなどがわかった。
40年近く前に生産されたものを日本に運んできたのに、驚くほど状態がいい。これはすぐに売れてしまうぞと直感した。奥様に「どう思う?」と聞くと、「欲しいって顔をしているよ。いいんじゃない」と言われたので、その場で購入の意志を伝えたそうだ。
「購入したのは2024年の3月でしたが、そこから排ガス試験を通したりしなければならず、納車には数カ月かかりました。本当はエアコンも納車のタイミングでつける予定だったのですが、それを待つとさらに納車に時間がかかるという。クルマを使う予定があったので、とりあえずエアコンがないまま納車してもらいました。おかげで夏はヤバかったですよ。今の日本でエアコンはマストですね。落ち着いたら電動エアコンを付けるつもりです」
ブランビーに乗り始めて4ヵ月。現役のスバル社員として、40年も前のモデルのどんな部分に“スバルらしさ”を感じるかを聞いてみた。
「おもしろい質問ですね。どこだろうな。まず感じるのは質実剛健さでしょうか。インパネが直線基調で、メーターも数字がわかりやすく配置されているから迷うことがない。見切りが良くてクルマの四隅がつかみやすいから擦ったりする気もしないんですよ。スバルは昔から安心安全を謳っていただけのことはあるなと感じます」
ブランビーが現地でノックダウン生産されたのは、関税対策が主な理由。そして現地の要望に合わせて北米仕様のブラットとは異なる作りになっていることも興味深い。最も大きな部分はインテリアだ。シートやインテリアのトリム、ドアトリムなどがすべてビニール製で、布が1枚も使われていない。ニュージーランドでは農業や畜産業など、仕事用のクルマとして使われるので、少々のことでは内装が破れないようにしたのが理由だという。
また、荷台のキャノピーも北米仕様はキャビンとほぼ同じ高さになるが、ニュージーランド仕様は一段高くなっている。荷台に羊を積むこともあるため、実用性を第一にした設計になっているそうだ。
「このキャノピーだとマウンテンバイクが積みやすい。私の使い方に合っているのでよかったです」
スバルといえば、東北電力からの申し出で、現場巡回車両のために宮城スバルがバンタイプの4WDを開発したという逸話が有名。ブランビーからも顧客のニーズを汲み取りながらクルマを開発するというスバルのDNAが伝わってくる。
「決して速いわけではないですが、走りはかなりスポーティですよ。スポーティにはいろいろな意味があって、アメリカではアクティビティの意味合いが強い。私自身ずっとアクションスポーツのカルチャーに触れてきて、アメリカの文化を好きになったので、ブランビーで感じるスポーティさが大好きなんですよ。荷台に好きなものを放り込んでMTで走らせる。日本ではなかなか根付かない文化ですが(笑)」
長年楽しんでいるアクションスポーツは、須崎さんのデザインワークにも大きな影響を与えている。スバルに入社後はエクステリアデザイン、インテリアデザイン、HMIのデザインなどを担当し、現在はアクセサリーのデザインを担当している。冒頭で触れたクロストレック BOOST GEARコンセプトは、須崎さんがアクションスポーツを楽しむ中で、こんなことができたらいいというアイデアがふんだんに盛り込まれている。
「クルマはフィールドまでたくさんの荷物を運べる便利なものだけれど、フィールドに着いちゃったら使うことがないんですよね。ロードバイクやマウンテンバイクにはスタンドがないから、フィールドでは自転車の置き場に困ります。BOOST GEARのヘッドライト横のプロテクターはロードバイクのハンドルの高さなので自転車を立てかけられます。ボンネット先端のプロテクションはスノーボードやサーフボードを立てかけられるように厚めのラバー素材にしました」
他にもボディサイドのプロテクターに開閉機構をつけてフィールドで使う小物を置けるようにしたり、Cピラーにマグネットを仕込んで工具を付けられるようにした。マグネットを仕込むアイデアは、須崎さんがフィールドでよく工具をなくしてしまうことから思いついた。ちなみに須崎さんはブランビーでも車内でマグネットを活用していた。
「アクセサリーを開発・デザインするようになってから、自分の中で世界観が変わったと感じています。これまでいろいろな形でカーデザインに関わってきましたが、アクセサリーの世界を知ってクルマにはまだまだやれること、楽しいことがたくさんあることに気付かされました」
現在の部署に異動し昔のクルマのアクセサリーカタログを改めて見るようになり、本当にいろんなアイデアを出してさまざまなアクセサリーを開発していることを再確認した。カタログを見ているだけでワクワクする。
「昔のアクセサリーカタログから感じるクリエイティブさ。それを超えるものを今の人たちに向けてどんどん発信していきたいなと思っています。だから若いデザイナーには机の上で検討を重ねるだけでなく、どんどんフィールドに出ていろんなことを感じてもらいたいですね。スバル車のオーナーはアクティブにクルマを楽しんでいる人が多いのですから」
須崎さんもマウンテンバイクを楽しむためにフィールドに出ると、さまざまなことに気付かされるという。同じようにフィールドで遊ぶ人のクルマの使い方はもちろん、自然の中にある造形からもヒントをもらうことがあるそうだ。
「動物も植物も、地球の長い歴史の中で進化を重ね生き残っているものって、すべて意味があってその形になっています。その形は超合理的なんですよね」
新たにコンパクトなピックアップトラックを愛車に選んだことで、道具の汚れなどを気にせず自然の中でガンガン遊べるようになった。しばらくは今の状態を楽しむつもりだが、いずれはキャノピーを外してしまおうと思っている。そうなれば荷台の使い方の自由度はますます高くなる。ブランビーをより便利に使えるように、いろんなアイデアも盛り込んでいくだろう。
そんな須崎さんがどんなアクセサリーを世に送り出してくれるか、楽しみにしていよう。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 写真/SUBARU 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部 撮影協力/足利サンフィールドマウンテンバイクパーク https://sunfieldmtbpark.com/top/)
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