所有しようと思ったキッカケはナンバープレート。鈑金職人とビスタの出会い
旧世代の81系マークIIをひとまわりコンパクトにしたようなルックスのトヨタ・ビスタ(SV11型)。今となってはなかなか見かける機会が少ない希少車だが、国内はもちろん海外でも人気を博したトヨタを代表する横置きFFセダンのカムリとベースを同じくする姉妹車だ。
オーナーの『さかもっちゃん』さん(45才)が6年間愛車として乗り続けている1984年式のビスタは、5代にわたってモデルチェンジがなされたビスタの歴史のなかで、初代のモデルだ。
そんな『さかもっちゃん』さんがビスタのオーナーとなった理由には、兵庫県赤穂市で自動車板金業を営む家庭に生まれ、一昨年に親から家業を引き継いだ2代目として育ったという経緯が大きく関係していた。
「小さいころからクルマが近くにあるような環境やったんで、ずっと工場が遊び場みたいなかんじでした。18才のころに初めて乗ったクルマは、代車のホンダCR-Xでしたね」
そんなクルマばかりの環境に慣れ親しんで育った『さかもっちゃん』さんは、高校を卒業してからすぐに家業の板金業にたずさわるようになり、その当時ブームとなっていた走り屋文化に憧れを持つようになったという。
「19才のときにAE86を買ったけど雨の日に滑って1ヶ月ほどで廃車になってしまい、またすぐにAE86を買って…」と、まさに90年代の走り屋文化まっただなかを駆け抜けてきたようす。
「友達が『これからドリフトするんや』と言って日産の180SXを買ったんです。それで、自分もそれに付き合ってスカイラインで一緒にドリフトをやり始めました」
HCR32型のスカイラインを相棒に、兵庫からほど近い岡山県にある備北ハイランドサーキットをホームコースとして、当時の人気ドリフト雑誌が主催するドリフトコンテストなどにもチャレンジするほどだったそうだ。
当時はドリフトのテクニックだけではなく、愛車スカイラインのカスタムも家業を活かして進めていったそうで、パワーアップのためにHCR32のRB20DETエンジンから、次モデルのECR33スカイラインに採用された、より大排気量のRB25DETエンジンへの載せ換えなども行ったという。
「HCR32は途中でもう1台手に入れて、そっちはGT-Rに搭載されていたRB26DETTに載せ換えました。R32は改造するための部品もたくさんあって、他のクルマよりもコストがかからないのが良かったですね。2台あれば予備の部品も多く持てますから(笑)」
異なる仕様にカスタムを施した2台のスカイラインでドリフトを満喫していた『さかもっちゃん』さんだったが、32才で結婚。そして翌年にお子さんが生まれると、ドリフトの趣味は一旦休止し、子育てに専念することを決める。
「2台とも売ったりはせずに手元に残してあります。いま小学生の子供が大きくなったら、またサーキットで走ろうかと思って」と、10年以上現役を続けたスカイラインにはどちらも深い愛着が残っているようだ。
いっぽうで、仕事の関係で普段乗りのクルマには困らなかったし、さらに仕事場と住居が隣ということもあって長らく趣味のためのクルマは持たずに過ごしていたという。
そんななか、ビスタとの出会いが訪れたのはおよそ6年前のことだった。
「このビスタを所有していたオーナーさんから修理を依頼されたんです。だけど古いクルマだから部品が廃番になってしまっていて、色々と探してアメリカで販売されている社外品を見つけたものの、えらく時間がかかってしまうためオーナーが待ちきれずにビスタを乗り換えるという話になったんです。それなら自分が乗りたいと思って引き継ぎました」
修理のために訪れたというビスタだったが『さかもっちゃん』さんがオーナーになると決めたのは、そのビスタの状態に惚れ込んでのことだった。
「おそらく新車で購入してから車庫で管理して大事に乗られていたようなんです。塗装も純正のまま、鈑金された形跡もないキレイな状態で。しかも『姫路57』の2桁ナンバーが付いていたので、これはぜひとも自分のところで引き取って2桁のまま残したい、と思いました」
この『2桁ナンバー』とは、ナンバープレートの地名の隣に記載される分類番号のこと。当初は1桁から始まった分類番号も、時代とともにクルマの登録台数が増えるにつれてナンバーの数が足りなくなっていき、現在使われているナンバー は3桁で数字だけでなくアルファベットが混ざるものも存在する。
そしてナンバープレートは、元のナンバーの管轄と異なる運輸支局で名義変更をした時点で更新されてしまうのだが、もとのオーナーと『さかもっちゃん』さんの住所はおなじ管轄エリアだったため、名義変更をしても2桁ナンバーはそのまま維持することができた。
つまり、ナンバーに刻まれたビスタの歴史を残すことを第一の理由に『さかもっちゃん』さんはビスタを自分の愛車として迎え入れたのだった。
ビスタに乗り始めてから6年のあいだで、最初に依頼された修理のほかにも、自分で気になる様々な箇所のメンテナンスを続けてきたという『さかもっちゃん』さん。
中古パーツ市場を探して、ビスタ用として手に入る部品のストックもされているとのことで、参考にお持ちいただいたなかには電動パワーウインドウのユニットなども。
走行距離はすでに18万キロ後半となっているため、状態が悪くなった純正ハンドルは取り外し、現在装着されているのはオークションで状態が良く流用が効きそうだったAE85トレノのものに交換されていた。
廃番になっている部品は品番を調べ、海外から流用できそうなものを輸入してメンテナンスすることも多い。
「例えば、ブレーキマスターシリンダーのパッキンも国内にはなくて、マレーシアから輸入しましたね。デスビカバーやコイルといった点火系のパーツはアメリカから輸入しました」
内張りのネジを隠すための小さい樹脂製のパーツなど、入手できないパーツを3Dプリンタを使って自作することで補修した部分もあるそうだ。
こういったメンテナンスの経緯を伺うと、コレクションとして保存を目指す旧車オーナーのようにも感じられるが、そうではないという。
改めて『さかもっちゃん』さんのビスタを見るとルーフキャリアが備わっていて「子供とスキーに出かけたり、キャンプにもこのビスタを使うことがあるんです」とのこと。あくまで乗り物としての実用性を第一に考えたうえで、キレイに乗っていきたいという思いが伝わってくる。
ちなみに、そんなルーフキャリアも当然ながらビスタ用のものが市販されていることもないため、幅の合いそうな他車用のキャリアのマウント部分を加工することで装着を可能にしたとのことだった。
最近はリヤショックのダンパー抜けの症状が出てきたり、ラジエターやオルタネーターの交換時期もやってきそうとのことだが、前オーナーから引き継いだ2桁ナンバーの維持を目指してこれからも所有を続けていきたいと話してくれた『さかもっちゃん』さん。
「ナンバーの封印もそのままに残したいですね!」という心意気からは、鈑金屋としてのこだわりも感じられた。
もしも、このビスタが他県から持ち込まれたクルマだったら「ナンバーをそのまま維持したい」という動機も生まれず、ここまでの付き合いにはならなかったかもしれない。
『さかもっちゃん』さんとビスタのお話は、この世にはオーナーの数だけ愛車との出会いの理由が存在する、という当たり前すぎて忘れていた事実を思い起こさせてくれるようなエピソードだった。
取材協力:大蔵海岸公園
(⽂: 長谷川実路/ 撮影: 稲田浩章)
[GAZOO編集部]
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