30年以上を共に過ごしてきたロードスター、その魅力は“ぎこちなさ”
1989年に購入し、気づけば30年以上もユーノス・ロードスター(NA6CE)に乗り続けているという辻岡さん。手放すことなくワンオーナーで乗り続けてはきたものの、幾度となく売却を考えたり、1年間まったく乗らずに車庫にしまってあった期間もあるという。
「古いロードスター乗りの方からしたら引かれるくらい雑に扱ってるし、情熱がないと思われるかもしれないです。洗車機もバンバン通しますしね(笑)」
そう言う辻岡さんだが、ロードスターとこれだけ長い歳月を共にしてきたということはこのクルマではなければいけない理由があるはずだ。
辻岡さんとロードスターの出会いは、大阪の御堂筋沿いにあったマツダのショールーム。たまたま前を通ったら、アメリカで発表されたMX-5ミアータが顔を覗かせていて、あまりの美しさに吸い寄せられるように店に入ってしまったという。
「プロトタイプって普通は触れないように柵などがしてあると思うんですけど、乗るのもOKやったから、座ってみたらガッチリ座れるわ、ドアを閉めたらええ音するしで。カッコええクルマやなって思ったのがはじまりです」
その“カッコええクルマ”は、後に『ユーノス・ロードスター』として日本で発売されることが決定する。そして、辻岡さんの自宅にも先行販売の案内状が届いたそうだが「最悪なことに、日程が土日やったんです。僕はどっちも仕事やったんやけど、会社を早引きして最終日の閉店ギリギリの所で入りました」
閉店間近に来店したということもあり、オプション盛り沢山の上級グレードしか残っておらず、予算オーバーとなってしまったのが少々誤算だったそうだ。
そんなわけで辻岡さんのロードスターは『スペシャルパッケージ』というグレードで、パワーウインドウ、パワステ、オーディオが標準装備、MOMO製ステアリングなどオプションフル装備となっている。さらには、当時はまだ自宅にもなかったCDプレーヤーも装備されていたそうだ。
興味深いのは、そういった豪華装備が特徴のひとつなのに、辻岡さんのお気に入りポイントはそこではないということ。
「初期型は、溶接ミスでトランクに穴が空いてるんです。最初見た時は『えっ、僕のだけ!?」って思ったんですけど、ディーラーの展示車両や試乗車もおなじように空いてるやんって(笑)。あとココ!普通はホロの取れる部分がつや消しやけど、僕のんはツルツルやったりするんです。そんで、ホロはこのビニールのしょぼい感じがええねん。カビ生えへんし! ほかには、マーカーを自作で付けてるんですけど、実はこれ、そこら辺に転がってたクラウンのパーツなんです。ウケるでしょ?あかん。止まらへんわ(笑)」といったぐあいなのだ。
「はじめはね、美しいデザインや、オープンカーという洒落たスタイルに惚れて購入したんです。やけどね、長年乗っているとこの“ちょっと抜けてる所”が可愛らしいなって思うんですよ」
そんな辻岡さんが、もっとも心を奪われているのは走行性能なのだとか。
「スポーツカーやのに、購入した時から油断して走っているとファミリーカーにも負けるんです。今どきの軽自動車のほうが余裕で速いくらい。はじめは『えっ、なんでなん!?』ってビックリしました」という感想を聞いていると、どこが良いのかさっぱり分からないという感じだが、これこそがロードスターの噛めば噛むほど楽しいところなのだという。
「限界が低いから、逆に街中でも楽しめるスポーツカーなんです。高速でスピードを出さなくても、峠で目を三角にして飛ばさなくても、普通の速度で走ってたら楽しめるクルマだということに気づいたんです。ボクは今でもよくやるんですけど、天気が良ければ屋根を開けて、淡路島を1周くらいして帰ってきます。ちょこっとワインディングもあるし、走行性能は充分堪能できますよ」
ロードスターを愛車として迎え入れる以前は、世界初の4WSが搭載された3代目プレリュードに乗っていたという辻岡さん。
「通っていた学校が自動車関係の専門学科で、連れにはシビックやCR-Xに乗って阪神高速の環状線を走るヤツや、AE86やKP61などで六甲を走るヤツなんかもいました。ほかにも色々おったんですけど、僕のクルマはどのステージにも適していないので、いじり方もローダウンやマフラーを交換するくらいのライトな感じでした」
「FFのATで疲れないし、運転しやすいのもさすがはデートカーやなって思ってました。そやけどね、このプレリュードが故障ばかりで、はじめの1年は代車に乗ってる方が長かったんちゃうかな(笑)」
青春時代をプレリュードと共に過ごしたということもあり、駆動方式が違いすぎるロードスターのギャップに慣れなかったそうだ。
「なんせロードスターを引き取って帰る途中に、今まで乗っていたプレリュードと同じ感覚で交差点に進入してスピンしましたからね。FFとFRってこんなにタイプ違うんやって、しみじみ感じました。慣れていくうちに、身体が覚えていきましたけどね」
「ロードスターに乗ってから、クルマの価値観は根本的に変わったなと思います。FRで直進安定性がよくなくて気が抜けないし、個体の個性もあるから、ほんまに対話しながら運転しなくちゃあかんのです。その“ぎこちなさ”が、今のクルマみたいに機械的じゃなくて、好きなんです。トランクに穴が空いてるんも、速くもないんも、若い頃はこの良さに完全に気付けてなかったんです。だから、何度も手放そうとしたことがあったんですよ」
ロードスターにとっては幸か不幸か、辻岡さんが売却を考えて本格的に行動し始めると、時期的に人気がなく下取りが安すぎたり、買い換えようと思ったクルマの抽選に外れたりなど、売却する機会を幾度となく逃してきたという。
「まだ自分の魅力に気付いてないのに乗り換えないで」というロードスターの願いがそうさせたのかもしれない。
「僕も年齢を重ねていったからこそ、本当のロードスターのエエ所が分かってきたんです。もう、ここまできたら絶対に手放さんと思ってます。ずっと一緒や」
情熱がないと言っていたはずなのに、その言葉からは辻岡さんの“ロードスター愛”が確かに感じられた。
取材後、辻岡さんから一通のメールがあった。内容を確認すると「頂いたステッカーを、ロードスターに貼りました」とのこと。
その写真を見て、取材時に「ロードスターと、また1つ良い思い出が出来た!」と言っていた辻岡さんの顔がふと目に浮かんだ。
そして、そんな辻岡さんは、ロードスターの良さには気付けたかもしれないが、自分が思っている以上にロードスターが好きなことには、まだ気付けていないのだろう。
取材協力:大蔵海岸公園
(⽂: 矢田部明子/ 撮影: 平野 陽)
[GAZOO編集部]
GAZOO愛車広場 出張取材会 in 兵庫
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