まさかのベースはカプチーノ! 学生が製作したカスタムカーの『その後』をOBが担うことになった経緯とは
『カスタムカーの祭典』としてクルマ好きの間で広く知られる『東京オートサロン』。
毎年1月に千葉県の幕張メッセで3日間にわたって開催されるこのビッグイベントには、日本全国のアフターパーツメーカーやカスタムショップなどが製作したマシンが展示され、自動車メーカーが展示する新車なども合わせると、その展示車両数は数百から千台規模となる。
新潟県在住の曽我史人さんが乗るこちらのマシンは、その東京オートサロンに『NATS 2020GT』というエントリー名で展示された経歴を持つ、まさにオンリーワンな1台だ。
トヨタ・2000GTをモチーフに製作されたこの車両のベースとなっているのは、1990年代にスズキが軽自動車規格のFRオープンカーとして販売を行っていたスズキ・カプチーノ(EA11R)。
この独創的なカスタム車両の製作にあたったのは、千葉県成田市に拠点を持つ日本自動車大学校、通称『NATS』の学生たちだ。
自動車整備士専門学校であるNATSには、国家資格である自動車整備士の資格を取得するためのカリキュラムにくわえて、より専門性の高い車両整備に関わる技術を学ぶための『カスタマイズ科』という専攻カリキュラムが用意されていて、それが同校の特色のひとつとなっている。
そして、カスタマイズ科を専攻する学生には、いくつかの班に分かれて1台のカスタムカーを製作する課題が与えられる。その最終的な目標となるのは、東京オートサロンへの出展と、その後の車検取得及び公道でのテスト走行という2点。
つまり、ベース車両選びからコンセプトの策定、さらに実際の溶接・鈑金・塗装・FRPやファブリック加工といったカスタムカーメイキングの全工程を、学生自身が行い、自分たちの手で“街乗りできるショーカー”を製作するというわけだ。
そして、このカプチーノはまさにNATSカスタマイズ科の学生たちの手によって、2020年の東京オートサロンに向けて製作されたうちの1台。
前置きが長くなってしまったが、曽我さんもそんなNATSをおよそ20年前に卒業したOBのひとりだという。
「もとはデイトナやライトニングといった雑誌の影響で、中学生のころからアメ車が大好きになったんです。それで免許を取ったら自分もアメ車に乗りたいと思うようにもなったんですが、とくに古いアメ車は壊れる印象が強いじゃないですか。
それで、どうせ乗るなら自分もクルマに詳しくなって修理できたほうが良いんじゃないかと感じるようになって、高校を卒業してからNATSへ進学しました」
自動車整備士の資格を目指して千葉県で下宿生活を送り、無事に課程を修了したあとは新潟へ戻って整備士として働く生活が現在も続いているそうだ。
そんな曽我さんが、中学時代からの憧れだったアメ車オーナーとなったのは25才のとき。
「はじめてのアメ車は1991年式のシボレー・カプリスワゴンでした。免許を持っていない自分が雑誌を熱心に読んでいたころから憧れていた車種で、滅多にない出物だったので衝動買いしました」
当時の愛車となったカプリスワゴンは、いわゆるローライダーと呼ばれるアメ車ならではのカスタムを自分の手で施しながら3年ほど乗ったというが、事情があり手放すことに。
そこからしばらくは日常用のクルマとして様々な国産車を乗り換えるようなカーライフを過ごしていたという。
カスタム熱が再燃したのはカプリスワゴンから離れ5年ほど経った32才のころ。フルノーマルの初代ホンダ・オデッセイ(RA1型)を後輩から10万円という格安で手に入れたのがキッカケだった。
「もちろん第一には日常で乗るためのクルマだったんですが、ドレスアップイベントにも通用するようにUSDM風に仕上げて、最終的には『ムーンアイズ・ストリートカーナショナルズ』というイベントにも出展することができました」と曽我さん。
そしていまから5年前には、結婚と子供ができたのをキッカケにジープ・コンパス(MK42)へ乗り換え。右ハンドルで普段使いしやすく、トラブルなく安心して乗れるよう、人生で初めてディーラーで新車を購入したのだという。
いっぽうで、このカプチーノは製作された経緯と同様に、曽我さんにとって日常的に乗るクルマとは見た目も用途も一線を画した存在だ。
「キッカケはNATSが配信しているユーチューブチャンネルでした。私もカスタマイズ科の出身だったのですが、卒業してからは学校との関わりは特になく、ずっと『作った学生が卒業したあとの製作車両はどうされているんだろう?』と疑問に思っていたんです。
そんななかで、アップロードされていた製作過程の動画を見ていくと、最後に『もし、この車両が欲しい方がいれば連絡をください』というようなコメントで締めくくられていたんです」
その言葉をキッカケにコロナ禍が始まってしまう直前の2年前、千葉県へ行きOBとしてNATSを訪問したのだという。
「その後の話し合いで、理事長まで相談に乗っていただけるほどに話が前向きに進んで、びっくりしましたね(汗)」と曽我さん。
学校側からも『せっかく所有するなら、新潟を拠点にNATSの広報活動も兼ねて乗るのはどうか?』という提案があり、NATSの学生らが製作したこのカプチーノは曽我さんの手に渡ることになったという。
トヨタ・2000GTをモチーフに車両を製作するにあたり、カプチーノをベースに選んだのはワケがある。それは、映画007シリーズの『007は二度死ぬ』のボンドカーに劇中車として使うためにカスタムされた、オープンカー仕様の2000GTを再現するためだった。
2000GTのロングノーズ・ショートデッキを再現するためのボディカスタムがいかに行われたのかは、エンジンルームを覗けば一目瞭然。バルクヘッドとサスタワー間のフレームを延長し、フロントサスペンションごと全長を伸ばしているのだ。
そして、広くなったエンジンルームに残るF6Aエンジンを見れば、この車両が紛れもなく前期型のカプチーノであることも分かるだろう。
制作班の学生らの趣味が反映されたワークスタイプのオーバーフェンダーもそのまま。
また、排気量こそ660ccだがボディの大きさが軽自動車の規格を超えてしまうため、構造変更手続きを経て普通車として登録がされているのも、このカプチーノの特徴だ。
一方、保安基準に適合させるために、2000GTを再現すべくリトラクタブルライトに形状が変更されていたヘッドライトは常時オープンの状態で固定、突起物と認められそうな一部のカナード類は取り外されているという。
そうした苦労を経て、晴れて公道走行が可能となったカプチーノであるが、じつは曽我さんのもとにやって来た2020年9月は、ちょうど新型コロナウイルスの流行が著しかった時期。
イベントも軒並み中止になり「広報活動のために乗る」という目標を実行することが困難な状態がずっと続いてしまっていたという。
「最近はたまに調子を維持するために乗る程度だったんですが、今回GAZOO.comの取材会が新潟で行われることを知り、ようやく皆さんに知ってもらう機会ができると思って応募しました」と曽我さん。
こうして当初の目的のひとつである広報活動の第一歩をお手伝いさせていただくことができたわけだが、今後はコロナ禍の落ち着き具合しだいで他のイベントにも参加できそうだという明るい展望も話してくれた。
NATSにかぎらず、学生の技術育成や、そして学校のPRのために毎年たくさんのカスタムカーが製作され、東京オートサロンを中心としたカスタムカーショーに出展されている昨今。
あまり知られることのない『出展車両のその後』について、オーナーのカーライフとともに知ることができる貴重な機会となった。
取材協力:長谷川屋
(⽂:長谷川実路 / 撮影:岩島浩樹)
[GAZOO編集部]
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