若いころ悲しい別れを迎えた『横丁小町セルボ』に、今もう一度乗る
免許を取得してすぐ手に入れたスズキ・セルボに、ターボエンジンを載せ換えて楽しんでいたものの、酷使しすぎた末に悲しい別れを迎えてしまった。数十年を経た今、カーライフの集大成としてふたたびセルボを手に入れ“オトナなカスタム”を楽しんでいるという。
「昔乗っていたあのクルマに、もう一度乗りたい」
そんな思いを抱えながら過ごしているひとは少なくないだろうし、実際に行動に移して“第二の青春”を謳歌している方もいるだろう。
高校卒業後に初めての愛車として購入した スズキ・セルボ (CG72V)を、クルマ好き人生の“あがりの1台”として再び手に入れたという「PONNEW」さんも、そんなオーナーのひとりだ。
自身のカーライフの集大成として選ぶくらいだから、よほど思い入れのあるクルマなのだろうと話を聞いていくと、最初は『このクルマでいいや』というくらいの気持ちで購入したのだという予想外の答えが返ってきた。では、なぜまた乗ろうと思ったのだろうか?
まずは18才の頃のセルボについて教えてもらうことにした。
三菱・ミニカがターボエンジンを搭載したのをキッカケに火がついた軽自動車のパワーウォーズ全盛期。ミラ、セルボ、レックス、そしてアルトワークスなどホットなターボモデルが次々と登場する中で、NAエンジンの設定しかないセルボを購入した理由をシンプルに言うと「無知だったから」とのこと。
当時は“クルマがないオトコはイケていない"が若者の共通認識だったため、彼女(現在の奥様)と付き合い始めたばかりだったPONNEWさんは一刻も早くマイカーを購入する必要があったと振り返る。しかし、いざクルマを購入しようとすると、自分の給料で購入できるは中古の国産小型車か軽自動車くらいだという現実を知ったという。
「当時の若者なら、大抵はカーボーイやオプションといった走り屋向けの雑誌を読んでいたと思いますが、私の場合は父が欧州車中心のル・ボランをよく買っていたので、私の自動車に関する知識はそこから得たものでした。さらに、父がMG-Bやボルボに乗っていたものだから、将来乗るクルマを夢見る時は、国産車だけでなく輸入車だって選択の範囲に普通に入っていました。まぁ、実際に就職して給料を貰ってみて初めて現実を知りましたけど(笑)」
そんなPONNEWさんがセルボを選んだ理由は、たまたま最初に行った販売店で、後方にシュッと流れるようなデザインが、いわゆる“軽ボンネットバン"とは違って「カッコいい」と目に留まったからだそうだ。そしてもうひとつの決め手が“タコメーターが真ん中にあったから”だという。
「自動車の性能だとかエンジンの特性だとか、全然わかってなかったんですね。ただ、ル・ボランを読んでいたせいで、ポルシェをはじめ世界の名だたるスポーツカーのように、タコメーターが真ん中にあるクルマは速いというイメージがありました。だからセルボの運転席に座った時にタコメーターが真ん中にあるのを見て『このクルマはスポーツカーだ!かっこいい!』と勝手に思い込んでセルボを購入しました」
そしていざ乗り始めてみると、当然、ターボの付いていないセルボは驚くほど遅かったという。
「ターボの意味も重要さも、セルボを買って乗り出してから知りました。時すでに遅し、でしたが(苦笑)」
そんな状況を打破するために、テックGTSというショップが販売していた後付けの過給機キットを装着するなど試行錯誤したが物足りず、結局はツインカムターボエンジンが搭載されている初代アルトワークスを中古で購入してエンジンを載せ換えたという。キャブレター車だったセルボをインジェクション化するために電装系や燃料系なども丸ごと積み換えて、自分で公認車検まで取得したというから恐れ入る。
こうしてターボエンジン仕様となったセルボは、走行会などに参加してサーキットを走っても十分手ごたえを感じることができたという。さらに「軽い方が速く走れる」と内装を剥ぎとり、エアコンを外し、スパルタンでカッコいいからとフルバケットシートまで装着したのだとニヤリ。
「だけどね、技術もないしやり方も乱暴だし、クルマにかなり無理をさせてしまっていたんです。速く走りたいのならアルトワークスとかに買い替えればよかったんですよ。意地をはって無理な使い方をし続けていたもんだから、ボディが激しく歪んでしまって、乗り続けることが困難という状態になってしまいました」
最後は廃車という選択肢を選ばざるをえなかったセルボが、お気に入りのホイールを残して運ばれていくというスッキリしない別れ方は、自身の愛車人生に大きなしこりを残したと語ってくれた。
だからこそ、再び手に入れたセルボは、1台目同様に楽しく乗るけれど、おなじ失敗はしないように “2台目ならではのカスタム"を心がけているという。
「そりゃあ、あの頃は若かったですからねぇ。知識も技術も財力も、大人になった今はできることがいろいろと違ってきますよ」と、満足そうな笑みを浮かべた。
PONNEWさんが購入した1989年式のセルボは、当時と同じパワーステアリング付きの特別仕様車『ごきげんパック』。
「程度極上の部類だったので、レストア作業はほとんど不要だったし、純正にこだわりがないので1台目同様に自分好みの方向にどんどん変えていきました。AMラジオは要らないから外して追加メーターをいっぱい並べちゃおう! 純正シートも憧れのレカロRSに交換しちゃえ!みたいなね(笑)。あとは、見た目がスッキリするようにワイパーアームも別車種のものに取り替えているんですよ」
なんでも、セルボの純正ワイパーアームは現行車のようにスマートなワンタッチタイプではなく、別部品を継ぎ足すための固定ボルトが丸見えでやぼったい形状だったそうで、それが気になってしまったのだとか。さまざまなクルマのワイパーをチェックして全長やアームの曲がりの角度を調べ、半年近くかけてようやくピッタリな形状にたどり着いたというホンダ・アクティ用に取り替えているのだと教えてくれた。
ちなみに、このワイパーを交換しようという流れになったのは『イヌくん』という友人が深く関係しているそうだ。
「彼はこういう細かいところが気になるタイプなんです。例えば『オーディオの配線が見えるとダサいから』って極力見えないように本体の裏側の配線から作り直しました。ドアスピーカーやドラレコ、ETCの配線なんかも、苦労して小さなサービスホールを通したりピラーの中を通したりと、2人であーでもないこーでもないと言いながらやったんですよ」
このイヌくんというのは、1台目のセルボの時から不思議な縁で繋がっている長年の友人なのだそうだ。
「通っていたカスタムショップに“落書き帳"というノートが置いてあって、そこにやたらと上手なバイクやクルマの絵を描いている人がいたんですよ。僕も絵を描くのが趣味だから、同じようにそのノートにクルマや店長の似顔絵を描いたりしていてね。ある日、落書き帳に絵を描いているのを見かけて『この絵を描いていたのはお前だったのか!』『このカッコいいバイクの絵はアナタが描いていたの!?』って(笑)」
さらに、そんな彼の愛車が通勤中によく見かけてカッコいいなと思っていたグランドシビックで、反対に「あの青いリムのホイール履いたセルボはお前だったのか!?」と、知り合う前からお互いに意識していたんだな〜と2人で顔を見合わせたのも運命的だったと振り返る。
「ちなみにKENWOODのオーディオは、1台目のセルボに取り付けていたものをイヌくんがずっと保管してくれていたんです。この2台目のセルボは、彼の力添えなくしては語れない2人の合同作と言っても過言ではないですね」
1台目に乗っていた当時は、カプチーノやビート、シビックなどと比べては「セルボは車高が高いなぁ」と不満に感じていたというPONNEWさん。
しかし、数十年たって改めて見てみると、セルボの車高は十分低く、ルーフからCピラーにかけてのウェイビーなラインや、ウエストラインから繋がるリアスポイラーなど、独特のデザインがカッコいいと惚れ直した。そして、運転席に座ってみると細いAピラーとグラスルーフが生み出す絶景の開放感に感動したという。
あれほど物足りないと感じていた走行性能も、山道を登らずアクセルペダルを踏んでも踏んでも加速しない感じが、今は逆に愛おしくてたまらないそうだ。
「今度はセルボをセルボとして愛してあげたいと思ったんですよ」という言葉に重みを感じる。
「旧車との出会いは一期一会ですから、もう一回セルボに乗ることができて本当にラッキーだったと思います」
セルボに乗っていたからこそ出会った人や、楽しかった思い出を大切にしつつ、これからは年齢を重ねたからこそ楽しめるやり方で走行距離を伸ばしていきたいと話してくれたPONNEWさん。定年退職後は、奥様と全国のスターバックス巡りをするのが目標だと幸せそうな顔をしていた。
目を閉じると、高速道路をどこまでも颯爽と走るセルボが目に浮かぶ。
取材協力:高知工科大学 香美キャンパス(高知県香美市土佐山田町宮ノ口185)
(⽂:矢田部明子 / 撮影:西野キヨシ / 編集:GAZOO編集部)
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