“後席の笑顔を運ぶ”ことが幸せなセンチュリーとの愛車ライフ

  • “後席の笑顔を運ぶ”ことが幸せなセンチュリーとの愛車ライフ

    トヨタ・初代センチュリー(VG40改)リムジン

操って楽しい、愛でるのが幸せ、一緒に過ごす時間が至福…愛車の楽しみ方はひとそれぞれだが、その楽しみが『他人のため』であるというオーナーは珍しいのではないだろうか?
「よく『乗っていて楽しいんですか?』って聞かれるんですよ。そりゃそうですよね。後席の人がいかに気持ちよく乗るかを考えて作られているクルマなんだから。でも、僕は後席の人の笑顔が見たくて乗っているんです。まぁ、ちょっと変わっているかもね」

取材会場である『しいのき迎賓館』に、息子さんを乗せて登場した大久保さんが乗るのは、皇室や内閣総理大臣など日本のトップを送迎する“ショーファーカー”として長い歴史を誇るトヨタセンチュリー(VG40改)。しかも、標準車であるEタイプよりも後席空間が拡張され、後席に座る人がさらに快適に乗れるリムジンHタイプだ。

全長5mを超える車体の中はとても広い居住空間を有するが、その快適さの代償にドライバーはその巨体を操る運転技術を要される。
だが、それで良いのだ、と大久保さんは言う。自分は運転手が良いのだと。乗って楽しむのではなく、いじって面白いのではなく、誰かが笑顔になってくれるカーライフを送りたいのだと。
「いやぁ〜、大型トラックの運転手をしていて良かったですよ。『長くて運転しづらいでしょ?』と聞かれることもありますが、これより大きなクルマに乗っていたから、そういうのはまったく感じたことがないんです。全長は5770㎜と意外にコンパクトだし、燃費も9ℓ/kmだし意外と実用的ですよ」と、笑いながら“毛ばたき”でボンネットをなぞった。

そんな大久保さんの小学生時代は、家にクルマがなかったということもあり、クルマは自身にとって憧れの存在で、よくプラモデルを作っていたそうだ。そのほかに夢中になっていたのがアメリカ映画で、そこに出てくるアメ車のセダンがセンチュリー好きになったキッカケかもしれないとのこと。
「主人公が乗っているのは、だいたいスポーツカーなんですよ。で、アメ車のセダンはというと、犯人が乗っていて追っかけられるというパターンか、保安官が乗っていて、画面の端の方を並走しているとかでした。だけど、自分にとっては、あの見た目のカッコよさは主人公級でしたね」

その憧れのアメ車を彷彿とさせるのが、センチュリーだったという。
真四角で、水に濡れたように艶っぽい黒いボディに映える大きなメッキグリル。中央には、金色に輝く鳳凰が羽を広げているエンブレム。そして、何より圧巻の車格に魅了されたと話してくれた。
大久保さん曰く、このクルマはカスタムをしなくてもインパクトがあるという。街で声をかけられたり、赤信号で止まっているとスマホを向けられたりすることはしょっちゅうで、とにかく目立つところが気に入っていると満足していた。ところが奥様と次男には不評で乗りたがらないと、渋い表情になった。

ところで、現在の愛車であるセンチュリー リムジンHタイプは2台目で、この前に乗っていたのは標準モデルのEタイプだったという。
「オフ会にリムジンで来られた方がいらっしゃったんです。当時は僕のEタイプでも長いと思っていたんですけど、さらに長くて『只者じゃないのが来たな』と目で追っていました。優雅で気品があって、なんてカッコいいんだろうと感じましたね」

ボディが延長され『まさにリムジンだ!』という形が良かったのだという。当然、サイズに応じて後席も広く、運転席と後部座席を仕切るパーテーション、リラックスできるオッドマンやフットレスト、製氷機付きの冷蔵庫、専用のグラスとデキャンター、運転手と会話できるインターフォンなど、自分が乗っているセンチュリーよりもさらにショーファーカーらしい装備にもグッときたそうだ。

「なんて運転手冥利に尽きるセンチュリーなんだ! そう思いましたよ」
その後、一目惚れしてしまったリムジンへの乗り換えを検討しつつも、良い個体はなかなか見つからずに時が過ぎていったという。
ところがあるとき、仲間内から『オフ会で見たリムジンのオーナーがクルマを手放すらしい』という情報が入ったそうだ。このチャンスを逃してはならぬと、直ぐにオーナーに連絡し、晴れて譲り受けたのが現在の愛車というわけだ。

直ぐに後席に座ってみると、シートは思った以上にふわふわで柔らかく、思わず頬擦りしたくなるくらいだったと話してくれた。
「運転席はどんなものかと座ってみると、後席と同じく心地よい座り心地でした。それは良かったんですけど…シートのリクライニングができないから、運転姿勢が軽トラとほぼ同じなんです(笑)」
まいったという顔をしつつも、大久保さんはなぜか嬉しそうな顔をしていた。辛くないですかと問うと、それによって後席の居住性が上がるなら、そんなことは取るに足らないという。冒頭でも記したが、これが大久保さんのカーライフなのだ。自分がどう感じるかではなく、センチュリーに乗った人を、少しでも楽しい気持ちにさせることが重要なのだという。実際、大久保さんから出てくるセンチュリーに関する話は、後席に座った人が主人公というエピソードばかりだった。

たとえば、友人や親戚の結婚式の際に、神社から披露宴会場まで送迎するというエピソードだ。スーツにネクタイ、白手袋を付けて、2人の幸せの門出をお手伝いできるということが嬉しいのだそうだ。
これはもしかすると、アメリカ映画に出てくる脇役のクルマが好きだった少年時代に通ずるところがあるのかもしれない。悪役がいるからこそ主人公が際立ち、主人公が犯人を捕まえるためにサポートする警察がいるからこそ、物語は盛り上がるというものだ。前面に出るわけではないが重要な役所であるアメ車のセダンが好きだったように、大久保さんもきっとそうなりたいのではないかと感じた。

「結婚式会場の人にね『うちには8mの白いリンカーンのリムジンがあって、それもプランに含まれているのに使わないのですか?』と何度も聞かれたらしいですよ。なのに、彼らは僕のセンチュリーに乗りたいと言ってくれたんです。それを聞いちゃったら、お客様を目的地まで運んであげたくなっちゃうでしょ(笑)」

1番思い出に残っているのは、センチュリー仲間の結婚式に四国まで自走で行ったことだそうだ。センチュリー2台で花嫁花婿を出迎え、大久保さんのセンチュリーには花嫁の親族を、もう1台には花婿の親族を乗せて結婚式会場まで送り届けたという。さらにその後ろを他の仲間のセンチュリー仲間が連なっていたものだから、道ゆく人がギョッとしていたのはなかなか面白かったとクククと笑った。
「恐らく、見ていたひとたちはかなりのVIPが乗っていると思ったのではないでしょうか(笑)。新郎はセンチュリー乗りだから注目されることに慣れていて恥ずかしくなかったと思うけど、ご親族の方々はどうだったかなぁ(笑)。でも、僕の目には楽しそうに見えましたが」
大切な人が後席に乗って、楽しそうに話している光景をルームミラーから眺めるのが至福の時なのだそうだ。そして、これがセンチュリーの本来の使い方だという。

大久保さんは、このクルマを通じて、沢山のお客さん(友人)と知り合いになれたことは、人生の宝だという。センチュリーのマニアックな話をするでもなく、子供のこと、仕事のことなど心置きなく相談できる仲間がこの歳になってできると思わなかったそうだ。
もちろん、今後も現在の状態を維持しつつ、可能な限りこのセンチュリーに乗り続けていきたいと話してくれた。しかも、息子さんが整備士免許を取得し、メンテンスなども手がけはじめているという。
心強い味方も得た大久保さん、はたして次はどんなお客様を乗せるのだろう?

取材協力:石川県政記念 しいのき迎賓館(石川県金沢市広坂2丁目1-1)
(⽂: 矢田部明子 撮影: 平野 陽)
[GAZOO編集部]

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