僕の体に自然と馴染んでくれる“ジェミニ”との感性
クルマ好きの中には、過去に所有して思い入れがあるクルマを再び手に入れてしまう人も少なくない。とは言っても、車種によっては再び巡り会える可能性が低かったり、もし巡り会えたとしてもその時の家庭環境などの状況によって、手に入れられるタイミングではなかったりもする。そう考えると、再び手に入れることができるか否かは、そのクルマとの運命の結び付きによって左右されるのかもしれない。そんな運命の結び付きによって、1988年式いすゞ・ジェミニZZハンドリングbyロータスSE(JT190)を再び手にしたのが、オーナーの『りつ』さんだ。
シリーズ2代目として1985年に誕生したJT190型ジェミニと言えば『街の遊撃手』のキャッチコピーを覚えている人も多いだろう。またパリ市内で撮影されたCMでは、2台ピッタリ並んで踊るように走ったり、地下鉄構内を走行するなど、多くのクルマ好きの記憶に残る衝撃的な映像も話題を呼んだ。その結果、ジェミニを一躍メジャー車種へと押し上げ、いすゞの乗用車としては最大の販売数を記録したのだ。
ちなみに、この2代目ジェミニは、前期モデルと後期モデルではペットネームが異なり、FR駆動の初代と併売されていた前期モデルでは駆動方式にちなんで『FFジェミニ』と呼ばれていた。初代が販売終了となった後期モデルではFFの名称が外れ『ジェミニ』の単独名称に変更されている。
りつさんの愛車は後期モデルにあたる1988年式。中でもイギリスのロータス社によって専用のサスペンションチューンが施されたスポーツモデルだ。
「子供の頃に家のクルマがヒルマンだったんですよ。その後もずっといすゞ車だったので、自分が免許を取得した時も自然といすゞ車に目がいっちゃったんです。初めての愛車はFRジェミニだったんですが、色々なところにドライブに出かけましたね。そのうち走行距離が伸びちゃって、乗り換えようと思った時にはすでに後期型のジェミニへと切り替わっていたんです。最初はこんなのジェミニじゃないって馬鹿にしていたんですが、試乗してみると意外といい。しかもDOHCで1万回転までタコメーターの表記があるのを見て、コレだって思っちゃったんですよ」
すでに買い換え候補はジェミニ一択に絞られたものの、ここで悩ましいのがジェミニの中でも選択肢が分かれていること。標準車の他にも専用エアロでヨーロピアンスポーツ調にまとめられた『イルムシャー』や、大人のスポーツパッケージに仕上げられた『ハンドリングbyロータス』が存在し、どちらも魅力的に映ってしまったという。当時はまだ若く好奇心旺盛だったこともあり、専用エアロが備わったイルムシャーをチョイス。ほどよく固められた専用サスペンションなど、スポーティな走りを存分に満喫していたのだそうだ。
しかし家族が増えたことに加え、世の中は空前の四駆ブームが到来。いすゞでもビッグホーンがモデルチェンジしたタイミングと重なり、家族からの要望によって泣く泣く乗り換えることとなってしまったという。
そんなジェミニと再会するきかっけは、コロナ禍で自宅にいる時間が長くなった2021年のこと。インターネットで見かけた4万キロも走行していないハンドリングbyロータスは、懐かしい気持ちを思い出させてくれたそうで、世の中的にも空気が落ち込んでいた時期だったこともあり、自身の気分転換を兼ねて購入に踏み切ったという。
「はじめてネットで見かけた時はいいな〜って思った程度でしたが、その後なかなか売れなくて残っていたんですよ。自分が乗っていたのはイルムシャーでしたが、ロータスも試乗して何となくロールしながら曲がっていく感じなども記憶していたので、今ならあの時のフィーリングもアリだと思って購入することにしました。30数年ぶりに乗ってみると、不思議なことに体が覚えていたようで、妙にしっくりと馴染んでいくんですよ。だから、このロータスは売れ残っていたのではなく、あの頃とは違ったジェミニの魅力を伝えるために、僕を待っていたのかなって思っちゃいましたね」
購入してすぐにヤレていたペイントを純正色で補修しつつ、ステアリングやアルミホイールは社外品に交換。またオルタネーター交換などのメンテナンスを行ない万全な状態へと仕上げている。
前オーナーの手によって交換、追加されていたのは運転席のレカロシートやナビ、ETCといった快適装備のみ。当初はカセットデッキを用意しなきゃと考えていたものの、現代のナビユニットに交換されていたため使い勝手が向上していたのは思わぬ利点。とは言っても、もし純正のカセットデッキが残っていたら、カセットテープで音楽を流し、当時の雰囲気を再現したかったという気持ちも少し残っていたのだとか。
当時、購入の決め手となったのは搭載する1.6リットル 4バルブDOHCエンジンのキャラクター。1988年に登場したこのエンジンはヘッド部分をロータス社が設計したことで、高回転まで気持ちよく伸びるのが特徴だ。
「前期モデルでは1.5リットルターボのイルムシャー仕様も存在していたんですが、ターボエンジンは何だか性に合わない。そういった考えもあったので、FFジェミニは何となく違うクルマだと感じていたんです。しかし後期モデルではNAのDOHCが用意され、すごく興味が湧いたんですよ。当時は若かったこともあり、高性能なエンジンは購買意欲を高めてくれたんですよね」
りつさんが特に注目したのはタコメーター。市販車の大衆セダンながら、なんと1万回転まで刻まれたメーターは刺激的。エンジンスペック的には130psながら、1トンを切る車重とハイレスポンスなエンジンの組み合わせは、遊撃手のキャッチコピーに偽りはないと言えるだろう。
誕生から36年が経過しているが、未だに補修用パーツが新品で取り寄せられるのは意外なメリット。スチール製のため腐食しがちなマフラーは、案の定2本出しの片側が腐って落ちてしまったという。しかし前述のようにディーラーで注文したところ、ストックパーツはなかったもののメーカーが対応して新品を手に入れることができたという。またジェミニを購入してからはじめたというネットオークションは、パーツ探しの主戦場。これからも長く乗り続けていくために、すでに様々なストックパーツを手に入れているのだとか。
ネットオークションで手に入れられるパーツは多種多様。コンピューターなどの補修部品に加えて、りつさんが手に入れているのは年式や仕様によって異なるランプ類やフロントグリルだ。
「同じジェミニではあるんですが、イルムシャーやロータスではグリルのフィニッシュが若干違っているんですよ。またテールランプなども年式ごとに3種類存在しているので、それらをすべて手に入れてあります。現在の仕様はロータスを基本に、輸出仕様のコーナーマーカーとイルムシャーのフロントグリル、テールランプを装着しているので、自分ではイルムタスって呼んでいるんですよ(笑)」
フロントのボッシュ製フォグランプも当時ものの新品を見つけてセット。さらにテールランプなどもコンディションの良いものを見つけてストックし、気分によって付け替えを楽しんでいる。もちろん当時もののカタログも集めることで、細かい仕様の違いなども把握しているという。
こういったパーツや情報が、インターネットを介して手軽に探せるという現在の環境は、旧車を維持していくというハードルを低く抑えてくれるそうだ。
「昭和のクルマの運転席から眺める令和の風景は、何だかほっこりしますね。こうして運転席に座っていると、時代や周りの景色は変わっていますが、昔の友人の顔や想い出が蘇って…そんな感覚も楽しみのひとつなんです。もちろん想い出だけでなく、このジェミニに乗りはじめてから、約40年ぶりに中学校の同級生と再び繋がることができたんです。イベント会場で偶然再会したのがきっかけですが、そんな懐かしい顔との巡り合わせも、このジェミニが運んできてくれた縁なんだろうなって思ってしまいますね」
旧車ブームと言われる昨今、1980年代から1990年代にかけてのモデルは『ネオ・ヒストリックカー』や『ヤングタイマー』等の呼称でカテゴライスされている。それ以前の旧車と比べて格段に扱いやすく、安心感も高いこれらの年代は、現在のクルマにはない個性とおおらかさがあり、クルマを趣味とする層を広げている一因にもなっている。しかしそんなブームに影響されたのではなく、自身の記憶と縁によって引き合わされた、りつさんとジェミニの出会いは、まさに運命と言えるだろう。
取材協力:しいのき迎賓館(石川県金沢市広坂2丁目1-1)
(⽂: 渡辺大輔 / 撮影: 土屋勇人)
[GAZOO編集部]
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