シックなブラックのトヨタ・86を購入したはずが、左右非対称のド派手なルックスになってしまった理由とは!?
「なんだか凄そうなクルマがきたぞ~。どこかのカスタムショップのデモカーかしら?」取材会場に現れたこの86を一目見た時の第一印象がそれだった。
赤黒のバイカラーとしたボンネットに鎮座する『GR』ロゴ。右サイドには『GRガレージ鈴鹿』の特大ステッカー。そして、左サイドには『RECARO』のステッカーで“スポーツカー”をアピール。そのビジュアル的なインパクトは大きなものであった。
このクルマはGRガレージの広報車両などではなく、滋賀県在住のオーナーさん個人の所有車である。御年64歳を迎えたオーナーさんは何故、メーカー等のデモカー風なビジュアルにドレスアップしようと思ったのか? そのコンセプトやこだわり、そしてカーライフなどのお話を興味津々で伺った。
「86を購入したキッカケは、それまで乗っていたアルテッツァが古くなってきて、乗り換えるタイミングで気に入ったクルマだったからです。クルマに乗るのは妻とふたりだけなので、最初は2シーターでも良いかなと思って、フェアレディZやポルシェのボクスターを探していたんです。そんな時に発売されたのが86で。僕は昔AE86に乗っていたこともあったので、これに乗りたいと決めたんですわ」
オーナーは若い頃からクルマが好きで、最初は父親から譲り受けたスプリンターセダンから始まって、その後はサニーやAE86、スカイラインGTにハルトゲ仕様のBMWなどを乗り継いできたそうだ。結婚をして子供が生まれてからはツーリングワゴンやワンボックスへとシフト。そして子供の手が離れたタイミングで『もう一度走って楽しいクルマに乗りたい。セダンだから4人でもゆっくり乗れるし、値段もお手頃!』と、アルテッツァを購入。そしてこの86へと乗り換えとなったわけだ。
「86の一番高いグレードで白のボディカラーを購入することは決めていたんです。妻はBRZの青が欲しかったそうですなんですが、86なので…。しかし、これまた妻が『スポーツカーで白はないやろ』と。まぁこの歳だし、この先お葬式に行くことも多いだろうからと黒にしたんです」
ご家族でクルマを運転するのはオーナーのみで、所有は1台だけ…となると、確かに赤や青の“ザ・スポーツカー"だと、冠婚葬祭の時などに気が引けるのは頷ける。
そんなオーナーがドレスアップに目覚めてしまったキッカケは、とあるホイールを購入したことだったという。
「86を購入した翌年に『86/BRZ STYLE』というイベントに行ったんです。そこで、ワークさんのブースで“ウワッ!”と思うホイールがあったんですわ。“ワークエモーション CR 極"というホイールで、カラー名が“kurenai"と言うんですけど、一発で気に入って、すぐに発注をかけてもらいました。そこから赤と黒に目覚めて、クルマに赤いパーツを少しずつ足していくようになったんですね」
『葬式用に大人しく』という当初のコンセプトは何処へやら(笑)。180度の方向転換を図ってカスタマイズを楽しむようになっていったという。
「それからは『人と違うカスタムは何かないかな?』と考えるようになって、ほんでこのホイールのように、赤の差し色をどこに入れたら綺麗に見えるかな? といったカスタム路線になりました。で、毎週自分でコツコツ作業して、ステッカーを徐々に増やしていったんです。気づけば『派手になったな』とみんなから言われるようになってしまいました(笑)」
「このクルマは、赤を差し色にすること以外にも“左右非対称"というコンセプトで、内外装共に右と左で見た目が違うようにしているんですよ。なぜそうしたかと言えば、自宅の駐車スペースが道路と家との平行になっていて、通行人に見える道側(助手席側)は大人しく、見えない家側(運転席側)は派手になっていったというワケですわ。おっさんが派手なクルマに乗っていたらあかんですからね。まあ、大人しくしておくはずだった助手席側もサーキットで目立ちたくてRECAROのステッカーを貼ってしまったけど(笑)」
つまり左右非対処なデザインは、当時はまだTPOを気にしつつもカッコよくカスタムしたいという想いを抑えきれなかったオーナーの苦肉の策だったというわけだ。しかしその後は、すっかりDIYでのドレスアップにハマってしまったオーナー。次々と思いついたアイデアを実行に移していく。
「最初は既製品のステッカーを貼っていたんですけど、各種ロゴとか大きさが違っていてガタガタに貼ることになってしまったんです。それならばと、助手席側は自分でパソコンで出力したものをカッターナイフで切って作ることにしたですよ。ルーフやバンパー、右サイドの赤いラインも全部DIYです。GRガレージロゴに見立てたボンネットを思いついたのは、購入から2年目くらいだったかな。まずは赤いボンネットに交換して、右側にブラックカーボンシートを貼ってから、その上にシルバーの『GR』ステッカーを貼りました」
また購入時にはフルTRD仕様だったエアロパーツは、フロントバンパーのみサード製に交換して、より好みに近づけている。
「走る性能に関係ない部分は自分で作業していますが、フロントバンパーの付け替えだけはディーラーにお願いしました。そこに自分で赤いラインやサードのロゴステッカーを作って貼って、フロントのエンブレムもサードのもの変えています。ミラーにも赤いカバーを被せてアクセントにしてみました」
これだけでも十分オリジナリティに溢れたデザインだが、実はこの86のDIYカスタムの本領は、内装やエンジンルームにも発揮されている。
「内装は赤を基本カラーにしていて、ドアのコンソール等をバラして赤いアルカンターラに張り替えています。コンソールボックスも自作したんですヨ。レカロシートにも自分で赤いラインを貼ってセンターロゴも赤で埋めました。ただ、助手席側だけは内張りやダッシュボードボックスなどは黒のまま。赤が少なく結果的に左右非対称となっています(笑)。というのも、ドアのプラスチック部分に赤いアルカンターラを貼っていたら、奥さんに『目がチカチカして眩しすぎる』と言われたもので…」
内装のカスタムは細かく挙げればキリがないレベルで手が入っているのだが、その中でも一番思い入れが強いのが、張り替えに苦労した天井(ルーフライニング)だという。
「天井は夏の日にストーブの前で温めて、押さえて貼って、剥がれたらまたそれを繰り返して1週間かけてやりました。ついでに天井もドアも、内張りのさらに内側に防振と防音素材を貼ったので、キャビン内はすごく静かな空間になりました」
ちなみにこの86。街乗りだけのドレスアップ仕様というワケではなく、サーキット走行もこなしているそうだ。
「86仲間に『サーキットは楽しいよ』と誘われて走ってみたら、無茶苦茶楽しかったんです。普段体験できないような速度域からのフルブレーキングは緊急退避時にも使えるな、とか思ったりもして。クルマの限界を知れるって良いことだと思うし、他人様に迷惑かけることなく、大人の遊びが思い切りできるのが良いですね。そんなこともあって、クルマの性能や命に関わることは、ほぼGRガレージ鈴鹿さんで面倒を見てもらっています。吸排気系や足まわり、ブレーキローターとパッドも交換してタイムアップを図っとるんですよ(笑)」
それにしても、これだけ人々の目を引く仕様となると、助手席に乗る奥様は気後れしないのかと少し心配になるところ。しかし『好きにやってくれたらいいわ。私は行きたいところに乗せていってくれたらそれでいいから』と理解を示してくれているそうだ。
しかしそんな奥様に、もしエンジンが壊れたとしたら『次、そんなガソリン食うクルマもういらんやろ』とも言われているそうで「その時きたら軽自動車ですかねぇ~(笑)」とオーナーも覚悟を決めている様子だ。
ちなみに現在で所有歴は12年目に突入。走行距離は既に14万kmを突破しているが、GRガレージでメンテナンスしていることもあって、ここまではノントラブル。そんなオーナーは、86のオーナーズクラブにも入っており、自身が住む滋賀県ではミーティングの主催も行なっているそうだ。
「カスタマイズのネタは、オフ会等で見たり聞いたりしたものを参考にする場合が多いですね。そこで友達もたくさん増えたので、見た目も段々とエスカレートしていって…。この86に乗るようになって全国に友達ができて、いろんな所にも行くようになり、人生がすごく楽しくなりましたよ! だから僕にとってこの86は相棒そのものです。ここ1、2年はやりきったかなと思って86に触っていないんですが、可愛い子なので乗り潰しますよ。この子が潰れるのが先か自分が潰れるのが先かはわかりませんが! (笑)」
86に乗り、アルミホイールからインスピレーションを受けたことで、大きく動き始めたカスタムカーライフ。10年間で納得いく形まで進化を遂げた相棒は、この先もオーナーと共に想い出を刻んでいくことだろう。
※許可を得て取材を行っています
取材場所:平城京朱雀門ひろば(奈良県奈良市二条大路南4-6-1)
(文: 西本尚恵 / 撮影: 清水良太郎)
[GAZOO編集部]
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