8年間乗り続ける“ビート先輩”から学んだ人生の教訓とは…?
「僕の将来の夢は、ホンダ・ビートになることです。ふざけていると思われるかもしれませんが、本気です」
取材会へのエントリー時に、愛車ビート(PP1型)への熱い想いを1000文字に渡って綴ったメッセージで、私たちの興味を一心に集めたハンドルネーム“本田響也30歳”さん。そもそも“クルマ”であるビートに『なりたい』とは、一体どういうことなのだろうか。
取材当日にお会いした本田さんは、人懐っこい笑顔と軽快な語り口で改めてビートへの想いについて語ってくれた。
「僕、高校2年まではクルマやバイクが好きではなかったんですよ。排ガスや音も出して、2人しか乗れへんスポーツカーなんか無駄の極みや、電車なら800人乗せられるゾッ! て。でも高校2年の冬、自転車で走っていた時に対向車のスプリンタートレノが道を譲ってくれる際に“パパパパッ”とリトラクタブルライトでパッシングしてくれたんです。『今のカッコいいクルマなんやろな?』と興味を持ちまして。僕は調べ癖があったので、カーゲームのグランツーリスモならば、その時のクルマも出てくるかな? って思って購入したんです。そして、ビートの存在もそのゲームで知ったんです」
しかし、カーゲームに於いてのビートの印象は『何や、この平べったくて小さくて目つきの悪いクルマは。しかも遅いし勝てないし見た目だけやんけ』と、散々だったそうだ。
しかし、なんだか気になって調べれば調べるほど“本田宗一郎さんが最後に見送ったクルマ”である事や“9000回転まで回る高回転型エンジン”といった特徴を知り、次第に内面からビートを好きになっていったという。
好きとなったら、即座に行動に移すのも本田さんの性格。フリーペーパーで見つけた中古車屋さんに行き、展示されているビートの運転席に座らせてもらったのだという。
そして一発で気に入ってしまった本田さんは「僕はまだ17歳です。だから今日はビートを買えません。でも、大学を出たらこのクルマを買いに来ます」と店員さんに宣言。
そして5年後の22歳の誕生日、あのビートをずっと欲しがっていたことを知ったご家族から『お前、明日誕生日だろ? 就職もするし、明日そのビート買いに行くぞ。お金はちゃんと返せよな』と、ビートを購入することになったそうだ。
しかも、5年ぶりに訪れたにも関わらず、店員さんもその『宣言』をしっかり覚えていたというのだから、さぞかし嬉しかったことだろう。
“あの時座らせてもらったビート”と同じ個体かどうかは確認しなかったが、黄色いボディもワクワク感も“あの時”とまったく変わらないものであった。
「大学後半にビートを購入してからは、とにかく日本中を走り回りましたね。ほとんどの都道府県に行ったと思います。ビートの方が年上なのでその頃から愛称は“ビート先輩”になりました(笑)。その後、就職して慣れない工場勤務に就いていた時期は心身共に疲弊する日々で、自分の生きる意味を見失っていたんですよね。唯一、ビート先輩の運転席に座って過ごす週末だけが“生きてるな!”と実感できる時間でした」
大学では舞台専攻で役者をやっていたという快活で話好きな本田さんにとって、ルーティーン業務の工場勤務は肌に合わなかったこともあり、工場で大怪我を負ってしまったことがキッカケで退職した本田さんは、ビートに乗って『人生を探す長い旅』に出たという。そして辿り着いた結論が『ビート先輩をお手本にして人生を創ること』だったのだ。
「ほら、ビートって古いクルマやから壊れるし、全然速くないし時代にも合わない。ビート先輩はエアコンもダメになってるし、もうとにかくダメなところばかりなんですけど『楽しい』という点を評価すると『ビート先輩だからしょうがないか』と思えます。ビート先輩からは『お前も不器用な人間だけど、俺みたいに人を楽しませることに人生をかけられる人間になれよ!』って、きっと言われているんだなって。僕はそんな風に、ビート先輩から人生のあり方を教えてもらったんです」
そう、ビートには色々なマイナス面はあっても、それを凌駕するだけの『楽しい』という一番の長所に救われたことから、それを自分自身の生き方に置き換えて解釈し『人を楽しませることに人生を賭ける』という結論に至ったのだ。まさしく彼にとって“ビート”の在り方は学ぶべき先輩の姿だったというわけだ。
現在の本田さんは、舞台仲間の先輩の誘いでキャンプ場の管理人に転職。自然教室にくる子供たちを相手に研修講師として『楽しい』を提供しているという。
「ビートで旅する時は、荷物を満載に積んで出かけるくらいキャンプが好きでしたし、山梨も近かったですし、その他色々重なって移住することにしました。けれど、当初は掃除ばかりでイヤイヤやっていたんですけどね(笑)。自然教室で中学生を任された時に、みんながすっごく幸せな顔になって帰っていくじゃないですか。掃除も含めて今やっていることは、お客さんが来てくれて、喜んでもらって笑顔になって帰ってもらうという、舞台の仕事と変わらないな! と思ったんですよ。なんでも楽しみ方次第。それは僕がビート先輩の在り方から教えてもらった人生そのものなんですね」
そう話してくれる本田さんの顔は本当に嬉しそうで、今の生活がとにかく充実していて幸せなのだということを物語っていた。
そんな彼のビートは、前オーナーにより一度全塗装されていることもあって綺麗な状態がキープされている。購入時からカスタムしたのは運転席側のシートとマフラー、そしてサスペンションの3点だという。
「ビートを購入した当初は、色々イジってみようと思っていたんですけど、あまりに綺麗だったからカスタマイズは最小限に留めました。僕は長距離を走ることが多かったので、コンパクトな車体用として販売していて座り心地の良い、エスケレート製のフルバケットシートに変えました。レーシーすぎず、シートヒーターも付いていて丁度良いですよ。マフラーは仲間のビート乗りから譲ってもらった、ジェントルマンな音のフジツボ製レガリスマフラーに。サスペンションは元の状態が想像以上に柔らかくて、なんとかしたいとクスコ製のストリートAに交換しました。どれも気に入っていますよ!」
また室内で目に留まったのはコンソール上部のサインだが、これはインディ500のチャンピオンに輝いた時に、レーシングドライバーの佐藤琢磨選手に書いてもらったもので、剥がれそうになりながらも大事に維持し続けているという。
ちなみに、バイク乗りでもある本田さんはビートについても、「このクルマを軽自動車のスポーツカーと思って買ったら後悔するんですけど、側車付き(通称“サイドカー”)のバイクだと考えるとメッチャお得なんです。バイクより安全だし、荷物も積める。エアコンも効くしネ」と、思わず納得する見方を話してくれた。
現在はご結婚されている本田さんは、休日に行きつけのガレージカフェにお出かけするのがお気に入りの過ごし方で、奥様とドライブに行くこともあるという。そしてご自宅にはこのビートの他に奥様のマツダ・デミオもあるそうだ。
「僕、それまでビート以外のクルマに乗ったことがなかったんで、はじめてデミオに乗った時は『2014年式のクルマってこんなに快適なんだ』って感動しましたね」
そんな彼に、このビートとの今後について質問してみたところ「実は乗り換えを視野に入れているんです」と意外な答えが。
「さすがに壊れすぎなので…(苦笑)。僕は研修講師をしているので、故障してしまって、お客様のところに遅刻するのはさすがにアカンやろ、と。加えて『そろそろ次のステップに行かなアカンぞ』って言われている気がして。もうやることはやり尽くしたし、乗り尽くした感もあるんですね。僕の20代を一緒に駆け抜けてくれてありがとうって。やっぱ心では寂しい部分はあるけれど、ここでお別れしてもいいのかな? っていう気持ちもあります」
「ネガティブな意見じゃなくて、例えばこの先、子供ができたりと人生が次のステージに進んだ時でも、ビートに乗っていたことは変わらないわけだから『父ちゃん、昔こういうクルマに乗っていたけどよく壊れたね』っていう、笑い話ができればそれでいいのかなって思うんです」
本田さんは、そう目を細めて穏やかな表情で微笑んだ。
「僕の将来の夢は、ホンダ・ビートになることです」
そう言った彼の夢は『ビート先輩をお手本にして人生を創る』ことであった。
“ビート先輩”を見習って、現在は仕事を通してお客さんが笑顔になってくれることに充実感を感じているという。本田さんの底抜けの笑顔を見て、人生は楽しんだもの勝ちなのだと改めて感じさせられた。本田さん、ビート先輩ありがとう!
(文: 西本尚恵 / 撮影: 平野 陽)
※許可を得て取材を行っています
取材場所:山梨県庁 噴水広場(山梨県甲府市丸の内1丁目6-1)
[GAZOO編集部]
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