ハチロクの可能性に挑み続けるプライベーターのカーライフ

  • GAZOO愛車取材会の会場である三角西港で取材したトヨタ・スプリンター トレノAE86

    トヨタ・スプリンター トレノAE86



漫画やテレビアニメなどの影響もあり、長年に渡り幅広い年齢層からの支持されてきたAE86スプリンター・トレノ。劇中車と同仕様の中古車が高値で取引きされたり、型式名の「86」が車名(トヨタ86、GR86)となって現代まで受け継がれるなど、その人気の高さはクルマ好きなら誰もが知るところ。

しかし、今回ここでスポットを当てた熊本在住の『テラピ』さんがAE86を選んだ理由は、漫画とは関係無く“小ぶりな車体のFRスポーツに乗りたい”というシンプルなものだった。

「免許を取って初めて買った車はローバー・ミニでした。まだ学生だった頃、住宅街の一角にうずくまるようにポツンと佇む姿に一目惚れをして、社会人になってから新車で購入したんです。ところがバッテリー、排気温センサー、オルタネーター等のトラブルが続きまして…。走行中にトラブルが発生して側溝に落ちたこともありました。新車でもこれだけトラブルが出るならば、次は中古車でも良いかなぁ、と。その昔、友人が乗っていたAE86のことを思い出して、乗り換えを考えるようになりました」

AE86を購入するにあたり、テラピさんがまず行なったのは物件探しではなく、4A-Gエンジンの整備書やチューニングに関する資料本の徹底した読み込みであった。

これはミニの頃はメカ的な知識の乏しさゆえに、トラブルへの対処ができなかった反省に立ったもので、次のクルマはできる限りすべての面倒を自分で見ようと決意したとのこと。それから数ヶ月、事前の予習を十分に済ませた後、AE86の物件探しが始まった。

「最初のうちは地元や九州近郊で探していたのですが、自分が満足できる物件は見つかりませんでしたね。その後、関東に長期出張していた時期に、中古車雑誌に条件にピッタリのクルマが掲載されていまして、買う気マンマンで千葉の館山から川越の販売店まで5時間半かけて見に行ったんです」

「ようやくお店に着くと“3時間前に売れちゃったんですよ”と言われてガックリ。代わりに3ドアのイニシャルD仕様車を勧められましたが、僕の好みではなかったので断りました。ボディ剛性やサビ対策など、理由は色々ありますが、僕の中でAE86と言えば2ドアクーペの車体が大前提なんです」

最初の候補車を3時間という僅かなタイミング違いで逃してしまったテラピさんだが、その後も地道にクルマ探しを続けた。その結果、ようやく千葉市内の販売店で状態の良い白黒カラーの2ドアクーペとの出会いを果たす。

こうして多少の紆余曲折はあったものの、晴れてオーナーになった。そしてAE86乗りだった友人に伝えたところ“じゃ、ウチにあるエンジン持って行く?”という話を持ち掛けられることに。ここからテラピさんのプライベーターとしての歴史が幕をあけることになったのである。

「その時、友人はすでにAE86を降りていたので、車庫に保管していたスーパーチャージャー付きの4A-GZEエンジンを譲り受けることになりました。エンジンを自分でバラして組み立てるのは初めてだったけど、戸田レーシング製のピストンやJUNオートメカニックさんにホーニングしてもらった新品エンジンブロックなど、資料を見ながら組み立てたところ、1万回転まで回るエンジンに仕上がりました。この時の嬉しさがクセになって機械いじりというか、4A-Gいじりの日々が始まりました」

独学の知識であるにも関わらず、初めて組んだエンジンで1万回転超えをクリアする才能を見せたテラピさん。一時は走行会やレース活動に興味を示すも、自身はサーキットでクルマを速く走らせることよりも、理想の性能を追求するためにエンジンを組み立てるまでのプロセスに、楽しさとやりがいを感じていることに気が付いたそうだ。それ以来は、ドライバーではなくビルダーとしての立ち位置に徹しているという。

ちなみに、現在の愛車に搭載されているエンジンは、グループA仕様のAE101用5バルブ4A-G。点火系は調整範囲の広さから電子制御式となっているが、吸気系統はあえてアナログで、フォーミュラトヨタ用のインテークマニホールドを介して装着されたキャブレターは“ウエーバー製よりもフィーリングが好き”という理由からソレックス製の44φを選んでいる。

そしてオイルの潤滑方式は、テラピさんこだわりのドライサンプ式に変更されている。

「よくドライサンプのメリットとして“低重心化”を挙げる方が多いようですが、僕としては常に十分なオイル流量が確保できることや、ポンプの余力の大きさがもたらす耐久性の向上といった点の方に効果があると思います。その他、エキゾーストマニホールドは4-2-1。パワーを求める上では4-1の方が優れているという意見もありますが、色々試したけど歴然とした違いは感じられませんでした。それなら、よりスムースで乗り易い4-2-1の方が良いかなと。排気量は1587ccのままだし、街乗り用にセッティングはあえて控えめに絞っているのでスペックは190psくらい。無理して最高回転数付近でパワーを出しても、そんなエンジンは街中では使えませんからね。もちろん、ブローバイガスはクリーナーに戻しているし、オイルミストの回収用タンクを付けているので車検もこのまま通るんですよ」

この『色々試した』という言葉に偽りは無く、テラピさんは実動状態にあるものだけでも8基の4A-Gエンジンを保有しており、ボア×ストロークの変更や燃焼室の加工など、20年以上のキャリア期間中に数え切れないほどの事例を経験してきた。

その中には、4A-Gの最高峰として知られるマニア垂涎のフォーミュラ・アトランティック用ユニットもあり、1710ccまでストロークアップを施した結果、なんと270psを実測。チューニングを行なう過程において必要となる強化パーツは、アイルランドやマレーシアなどの海外から取り寄せるだけでなく、市販されてない物については自身で図面を起こし、ワンオフで製作を依頼するケースも珍しく無いとのことである。

「何でそんなにたくさんのエンジンやパーツを持ってるの? と、よく聞かれますが、AE86を手に入れた頃は壊れた時の補修用のためにと思って、オークションサイトなどでとにかく部品を買いまくりました。ところが、僕が組んだエンジンは壊れないから、スペア用のエンジンやパーツが貯まる一方なんです」

「今、載せているグループA用も何年経ったか忘れるくらいトラブルフリーなので、残りのエンジンはコンディション管理のため、たまに自宅の庭で単体で回して遊んでいます。見慣れない機械がゴロゴロしているので、ご近所さんはたぶん僕のことをクルマの整備士だと思っているんじゃ無いでしょうか(笑)」

ノーマルの5バルブ、AE92後期用4バルブ、グループA仕様など、様々なタイプの4A-Gエンジンに囲まれた中身の濃いクルマ趣味を満喫中のテラピさん。この記事を読んで、『羨ましい!』と感じた読者さんは、既にマニアか、その予備軍であるはず。そんな向きにとっては、垂涎のカーライフと映ることだろう。

(文: 高橋陽介 / 撮影: 平野 陽)

※許可を得て取材を行っています
取材場所:三角西港(浦島屋、旧三角簡易裁判所ほか)(熊本県宇城市三角町三角浦)

[GAZOO編集部]