【素敵なカーライフレシピ #25】美しき風景を求めて走り、水墨画のようなアート作品をつくる
クルマの撮影からキャリアをスタートした写真家・稲田 美嗣さん。現在は商業写真の他に、風景を和紙に写したアート作品も手掛けています。その相棒はホンダ・フィットシャトル。山道を走りながらの被写体探しやギャラリーでの作品の搬出入などに大活躍しています。
絵から写真へ。幼い頃から続く想いを胸に、表現の世界へ
写真との出合いは、幼少期に遡るという稲田さん。雪の上に戦車のプラモデルを置き、父親の銀塩カメラで撮影したのが最初だったと言います。
小中学生時代は絵を描くことが好きでしたが、高校になって絵を諦め、写真部へ入部しました。
「当時は、ベトナム戦争の惨状を伝えたロバート・キャパや沢田教一に憧れ、報道写真家になろうと思った。けれども、自分は、人が目の前で亡くなっていくのにシャッターを押すことはできないと、商業写真のカメラマンを目指すことにした」
大学で写真を学んだ稲田さんは、有名な制作会社に「採用してほしい」と電話をし、そのうちの1社でカメラマンのアシスタントとしてクルマの撮影を担当することになりました。
「フィルムの時代は大変だったよ。デジタル写真のように車体への写り込みを後から消すことはできなかったから」
仕事をしながら写真技術を身につけ、20代後半で独立。そこから、美術館や映画館に勉強のため足繁く通い、幼い頃に身に付けた美的感覚をさらに磨くことになりました。
カメラマンではなく写真家になることを決意
銀塩カメラからデジタルカメラへ、フィルムからデータへと写真の世界に大きな変化が訪れ、いまは、写真技術よりも作家性が重んじられるようになりました。そこで、稲田さんはこんな想いを抱きます。
「インターネットで世界がつながり、パーソナリティが重要視される時代になった。これからはカメラマンではなく、写真家にならないといけない。初心に戻ろう」
この頃、稲田さんは50代半ば。写真を新しいアートへと昇華させるという新たな挑戦が始まったのです。
「年齢を重ね、自分の生まれ故郷、飛騨高山をはじめ富士山や華厳の滝など、よく知っている日本の風景を違った方法で表現したいと考え出した」
「そこで辿り着いたのが、和紙へのプリント。和紙なら、水墨画のようににじみが生まれておもしろいはずだと。ところが、和紙は水分を吸って4〜5倍に膨れ上がり、プリンタの中でグシャグシャになり、紙詰まりを起こす。和紙風の紙だとにじみも風合いも出ない」
「紙職人と半年ほど試行錯誤し、原料の繊維配分を変えることで、和紙の質感はそのままにプリントできるようにした。それでも、漉くときの気候や水、職人によっても紙の仕上がりは異なるので色々な紙でプリントしてみる。手間はかかるが、そうやってクオリティを高めていく」
比較的新しい文化であるデジタル写真と日本古来の手漉き和紙という、誰もやっていなかった新しい組み合わせが生まれました。
悪天候の方が、自分の目指す世界観を表現できる
稲田さんは、作品用の撮影にはホンダ・フィットシャトルで出掛けます。また、90代の父親の様子を見にクルマで里帰りする際、途中でクルマを止めて撮影することもあると言います。
「デジタルになってから天候が悪くてもよく撮れるようになったし、雨や曇り、雪の日の方がかえっていい写真が撮れる。陽が落ちる寸前なんかもいいよね。季節や天候によって同じ富士山でもまったく違って見える。だから、同じ場所に何度も行くんだ」
個展の準備では、新規で撮り下ろしたものに加え、ハードディスクにストックしたおよそ1万点の素材からそのときの感性に響いたものをピックアップ。そして、職人と共同開発した手漉きの和紙にプリントして、パネルにしたり、表具屋に依頼して掛け軸に仕立てたりします。
侘び寂を感じさせるワントーンの作品は、東京、飛騨高山、広島、山口、そしてパリやミラノでの個展で多くの人を惹きつけました。特に外国人からの評価が高く、自宅の壁に貼りたいからと、巨大な和紙にプリントして納品したことも。
2年目のコロナ禍、そろそろ新しい作品発表の場を設けたいと稲田さんは意気込んでいます。次は、花を撮って作品にしたい、額縁作家とコラボレーションしたいという意欲もわいてきました。
「花は美しいのが当たり前。写真に撮っても、きれいな花だねと言われる。それをいい写真だねと言われるように撮りたいね」
大自然の中を走って得られる、クルマならではの爽快感
さて、被写体を求めて走る稲田さんのおすすめドライブコースは、どこかを聞いてみました。すると、群馬県みなかみ町の藤原地区との返答が。そこは利根川の源流域にひっそりとある地域で、信号のないワインディングロードが続いているそうです。
「山道の魅力は、やっぱりおもしろい走りができること。曲がりくねった道をいかに直線的に走り、タイムを縮められるか。道路の外側を回って、次は内側を回り込んでと、工夫しながら走るのが楽しい。あとは、藤原地区に限らず、動物との遭遇かな。クルマの中からニホンカモシカや猿、キツネ、タヌキを見たことがある。危険だから要注意でもあるんだけれど…」
電車や新幹線の移動では決して出会えない大自然が目の前に広がり、稲田さんのクリエイティビティが刺激されます。国内は街で乗るよりもやはり山道、そして、海外でも山道。ロケや旅行で訪れた地でレンタカーを使い、爽快な走りを楽しんだ思い出がいくつもあります。
「ヨーロッパはいい、山道が多くて。夏の終わりの少し涼しい時期にスコットランドに行ったことがあって、あのときは素晴らしかった。田園風景を眺めながら走れるって、気持ちいいんだよ」
モリゾウさんが手掛けたトヨタ・GRヤリスに乗ってみたい
これまでイタリア車や国産のスポーツワゴンを乗り継ぎ、6台目にフィットシャトルを選んだ稲田さん。いいクルマの条件は、コンパクトでよく走ることだそうです。たまたま後輩がフィットシャトルに乗っていて「これはいいな」と思ったため、モデルチェンジのタイミングで1代前の試乗車を探して購入しました。
「ホンダが開発したVTECエンジンが搭載されていて、尚かつ、コンパクトなのにカーゴスペースが広い。撮影機材や大きな作品も余裕で入り、使い勝手がいいところが気に入っている」
乗り始めて5年目ですが、いくら走っても飽きることがないため、乗り潰そうと考えています。
「けれども、トヨタのGRヤリスには興味があるね。トヨタは、レーサーでもあるモリゾウさんが社長でしょ。そんな会社からリリースされたスポーツカー、というだけでも乗ってみたい」
モリゾウさん。面識はないけれど、メディアを通して見る彼は、稲田さんにとってクルマ好きの仲間のような存在なのかもしれません。親しみのある呼び方が「お互い同世代、まだまだ挑戦しようぜ」とでも言っているかのように聞こえました。
(取材・文:大場祐子 / 写真:松崎浩之(株式会社イントゥザライト))
[ガズー編集部]
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