三菱・ミニカピック 小さなクルマのデザインに刺激されたオーナーの感性

  • 横浜ヒストリックカーデイで取材させていただいた 1968年式の三菱・ミニカピック(LT25)

    1968年式の三菱・ミニカピック(LT25)

日本の自動車産業を揶揄する言葉として、よく使われるのが「ガラパゴス」という表現。世界市場とボーダレスに繋がる『グローバルカー(世界戦略車)』が主流となる現在の自動車産業の中で、日本は軽自動車という独自の規格を運用して国内専売モデルを作り続けていることが、その理由のひとつとして挙げられるだろう。
しかし、ガラパゴス=悪と考えるのは性急だ。というのも、日本の風土や産業、さらには国民性といった歴史に育まれてきた軽自動車は、日本車の原点とも言える存在。特に戦後日本の復興を印象付ける国民車構想の立役者として誕生した360ccの軽自動車は、日本人の心に訴えかけるノスタルジーを醸し出してくれる存在と言える。
そんな郷愁の念とともに、1968年式の三菱ミニカピック(LT25)と出会い、現在も週に1度のドライブやイベントへの参加を続けているのがオーナーの前田さんだ。

1961年にデビューしたバンモデルの三菱・360から派生したこの『ミニカピック』。デビュー当初は360ピックと名乗っていたが、1964年に行なわれたミニカのマイナーチェンジによって、ミニカピックと名称を変更している。今でこそ超コンパクトに感じる車体は、当時の軽自動車としては標準的なサイズで、高度成長期の個人商店を支える画期的なモデルであった。時代的にはオート3輪から切り替わりの時期でもあり、このミニカピックのヒットによって、時代が大きく動いたエポックメイキングな1台でもあるのだ。

そんなミニカピックと前田さんの出会いは8年前のこと。もともと小さいクルマが好きで、歴代の愛車は360を多数所有していた経験から、見た瞬間から迎え入れる決意をしたのだとか。
「初めての愛車はスバル360だったんです。そこからフィアット500を2台乗り継いで、ダイハツ・フェローやスズキ・フロンテ、マツダ・キャロル360といった軽自動車をいろいろ乗りました。結果的には小さいクルマが好きなんですが、限られたサイズにまとめられたデザイン力の素晴らしさが僕の感性を刺激したんです。同時にピックアップのスタイリングも、普通車にはないデザイン性を感じる一番の魅力ですね。だからコンパクトなピックアップというミニカピックのキャラクターは、僕の理想のカタチだって感じちゃったんですよ」

手に入れた当初は、長年の使用や経年劣化によるヨレ感もあったという。そのため、まずはボディを修復し、純正と同色でのペイントを敢行した。とは言ってもボディに付属するパーツなどの欠品はなく、意外とスムーズにキレイな純正状態に戻すことができたという。

後期型となるLT25のフロントグリルは、ライトベゼルまで一体式のアルミプレス製。このデザインはバンなどの三菱・360シリーズから、乗用車であるミニカにまで共通部品として採用され、ファミリーフェイスとして親しまれていた。
数少ない工数で部品を製造し、低コストで大量生産を実現する工夫が行なわれていたのもこの時代のクルマ作りの特徴であり、高度成長期目前の商用車というキャラクターは、こうしたメーカーの地道な努力にも支えられていたのである。

搭載するエンジンは359㏄の空冷2ストローク2気筒。最高出力21psというスペックながら、車重が500kgを切るため性能的には一切の不満はないという。誕生から半世紀近く過ぎているものの、ボディ同様にしっかりとメンテナンスすれば今でも元気に走り続けられるのはシンプルな構造を持つエンジンのメリットとも言えるだろう。ちなみにこのエンジンの上にはスペアタイヤが格納され、超コンパクトな車体を効率的に使い切る設計も見どころなのである。

ピックアップトラックのため、法令では最大積載量の記載が義務付けられている。その数量はなんと350kg! 現行モデルの三菱・ミニキャブトラックは660㏄/50psのスペックでも、最大積載量は同量の350kgとなっているだけに、半世紀以上昔の働くクルマも侮りがたし。

「昔からクルマは好きだったんですが、速さとか豪華さではなくデザイン性が選択基準の最優先だったんですよ。フィアット500を選んだ時は1978年だったんですが、修理する部品などは国内にほとんどなくて、それでもあのフォルムが好きで苦労しながら乗っていましたよ。その当時に取材されたPOPEYEは今も大切に残してあるんですが、45年経った今もデザイン優先の感覚は変わっていませんね」

ちなみに、前田さんが掲載(ページ左側)された1978年の雑誌“POPEYE”がこちら。フィアット500の専門店がオープンしたという記事の中に、お客さんではなかったものの取材を受けていたのだとか。

コンパクトな車内はまるでおもちゃ箱のような賑やかさ。クルマ同様に雑貨やTOYのデザインにも造詣が深く、イベントに合わせて様々なアイテムをディスプレイしているという。
ちなみにダッシュボードに置かれたワッキーワブラーのボビングヘッドは、キャラクターが自身と愛犬に似ていたため、国内屈指のピンストライパーとして知られる『M&K CUSTOM SIGNS』にてペイントしてもらったもの。メガネや肌の色など細部にもこだわりを込めてオーダーした、まさに分身といったアイテムだ。

そして、気になっている人も多いと思われるのが、ルーフに飾られたキャップ。このキャップはアメリカのカー用品店チェーン『NAPA AUTO PARTS』の営業車に取り付けられていた実物を手に入れ、オーナメント部分を自身のキャラクターに書き換えたもの。本来ならルーフパネルにボルト留めされているが、イベント仕様ということで超強力マグネットを利用して脱着可能にアレンジを加えている。クルマも雑貨と同様に飾って楽しむのが前田さんの流儀というわけだ。

ダッシュボードに貼られていたコラムシフトのパターン表示ステッカーは、正規のシフトパターンと併用する形で「ウサギとカメ」でも表現するなど、随所に遊び心が散りばめられている。

タイヤ&ホイールは純正が10インチのため、唯一選択できるダンロップのSP175をセットしている。本当ならばミニカピックの時代考証に合ったパターンのダンロップ製スノータイヤを履かせたかったそうだが、日本ではすでに廃番。現在はイギリスでのみ販売されてはいるものの、1本4万円ものコストがかかってしまうのだとか。タイヤのトレッドパターンもデザインの一部と考えている前田さんだけに、タイヤだけは妥協点なのだという。

「今所有しているのはこのミニカピック1台ですから、普段の街乗りから週末のドライブまで活用していますよ。古いものというよりも、自分の好みにあったデザインのクルマと共に過ごす時間は、何よりの楽しみなんですよ」
実のところ、このミニカピック以前にも同型を所有していたという前田さん。その時はジムニーのフレームにこのボディを乗せたリフトアップスタイルも考えていたという。それから何台かの360を経て再びミニカピックを手にしたところ、やはりノーマルのスタイリングが最良と思い直したそうだ。

  • 横浜ヒストリックカーデイで取材させていただいた 1968年式の三菱・ミニカピック(LT25)

    1968年式の三菱・ミニカピック(LT25)

「排気量の上限が360㏄以下、全長3メートル、全幅1.3メートル、高さ2メートル以下」
1954年に改正された軽自動車規格で作られたミニカピックは、車体サイズが拡大の一途を辿る現代車に見慣れてしまった世代にも、どこか懐かしく感じられるはず。当時の暮らしに根付いたデザインは、もはや日本の原風景そのもの。日本独自の規格があったからこそ、そんなノスタルジーが得られるのである。

取材協力:横浜ヒストリックカーデイ
(文:渡辺大輔 / 撮影:中村レオ)
[GAZOO編集部]