生産から20年後も色褪せない愛車との別れを決意。1999年式トヨタ セルシオ B仕様(UCF20型)
「惚れるには理由はいらないが、別れるには理由がいる」
最近、どこかでこんなセリフを耳にしたような気がする。
この言いまわし、見事なほどクルマ選びにも当てはまっているように思えてならない。欲しいと思ったクルマがある日突然目の前に現れたとき、頭で考える前に行動に移していることも少なくない。ときには後先考えずに「購入している」こともあるだろう。つまり、理屈じゃないのだ。その一方で、愛車を手放す、つまり「別れ」を決意するには何らかのきっかけや理由があるはずだ。
これまで、愛車広場を通じて数多くのオーナーを取材させていただいてきたが、そのほとんどが「いまの愛車を一生乗り続けます!」と宣言した方たちばかりだった。しかし、今回のオーナーはこれまでとは事情が異なる。今回の取材が決まった時点で愛車と別れることは決まっていたのだ。…というより、すでに別れの日が迫っていたタイミングだった。この記事が公開される頃、オーナーの手元にこのセルシオはない。もう、既に他の誰かの愛車となって街中を走っているかもしれない…。
「このクルマは、1999年式トヨタ セルシオ B仕様(UCF20型/以下、セルシオ)です。手に入れてから約3年、現在のオドメーターの距離数は22万3千キロ。これまで約5万キロをともにしてきました。訳あって、もうすぐお別れすることになっています」
セルシオといえば、1989年のデビュー以来、トヨタが誇るフラッグシップカーとして君臨し続けたモデルとして知られている。オーナーが所有するセルシオは1994年にデビューした2代目にあたり、1997年のマイナーチェンジ時に外観を大幅に変更した後期モデルである。
セルシオのボディサイズは、全長×全幅×全高:4995×1830×1435mm。排気量3968ccのV型8気筒DOHCエンジン「1UZ-FE型」が搭載され、最高出力は280馬力を誇る。ちなみに車名のセルシオは、ラテン語で「至上、最高」という意味の「cslsus/セルサス」をもとに作った言葉である。
取材当日の時点で別れのときが迫っていたこのセルシオではあるが、手に入れる経緯から伺ってみることにした。
「これまで、さまざまなクルマを乗り継いだあと、1990年式メルセデス・ベンツ300CE-24Vには10年くらい乗りましたね。しかし、6回目の車検を受ける前に売却しました。その後、2005年式ルノー メガーヌを手に入れたところ、パートナーから『サイドブレーキのリリースが大変』とクレームが入り、メルセデス・ベンツのとき同じ、サイドブレーキを解除する際にハンドレバー式を採用しているクルマを探しているときに見初めたのが、このセルシオなんです。相場よりも安く譲っていただきましたが、売主の方が『走行距離が延びているというだけで、コンディションは悪くない。セルシオの価値が分かる人に乗ってもらいたい』と仰っていたのが印象的でした」
セルシオを購入した際の決め手が「サイドブレーキを解除する際にハンドレバー式を採用している」からとは予想外だ。セルシオを手に入れる前にオーナーが所有していた愛車はいずれも輸入車だ。これまで、どのような愛車を乗り継いできたのか気になってくる。
「自分で最初に手に入れたクルマは、知人から5万円で譲り受けた1980年式日産サニー カリフォルニアです。その後は1969年式フォルクスワーゲン ビートルや、1957年式フォルクスワーゲン カルマンギアを乗り継いだあと、インターネットの黎明期に1965年式ポルシェ911をカナダから個人輸入したこともありました。これらのクルマは“クーラーなし”だったので、家族用と2台体制のときもありました。1988年式オペル カデットや1995年式ホンダ オデッセイ、1988年式トヨタ マークIIなど、いろいろ乗りましたね。これまで20数台乗り継ぎましたが、1度も新車を購入したことはありません」
国内外のさまざまなクルマを乗り継いできたオーナー。なかでも気になるのは、インターネット黎明期にクラシックポルシェを個人輸入したというエピソードだ。
「1995年初夏のことでした。Windows95というOSが発売された年です。SNSはおろか、インターネット自体、一般家庭に普及するのはまだ先…という時代でした。当時のインターネットで使われていた「news」というシステムのなかにクラシックカーの売買をするグループがあり、そこで見初めたのが1965年式のポルシェ911だった…というわけです。1965年にこだわったのは、私の生まれた年と同じだからなんです。クルマの仕様はテキストで列記されていましたが、後にメールに添付されてきたのは、20KBの小さな画像1枚だけ。これが、当時のインターネットのメールに添付できるぎりぎりの容量だったんです」
いまでこそ、メールに添付する画像ファイルの容量が5MBであっても難なく送信できるような時代となった。それが20KBとは…。いつの間にか便利な時代になったものだ。
「こうして、手探り状態で個人輸入した1965年式ポルシェ911は、インターネットを通じて知り合った仲間たちの協力もあり、何とか日本の路上を走れる状態になりました。インパクトのあるできごとだったのか、ニュース23(TBS系列)でも取り上げてもらいました。当時の仲間たちとはいまでも付き合いがありますし『インターネットがあればここまでできる』ことを実感しましたね」
この記事を読んでくださっている方のなかにも「インターネットを通じて手に入れたクルマやグッズ、知り合ったクルマ好きの友人・知人」がいるはずだ。オーナーは、一足先にその世界を味わっていた、ということになる。
さて、そろそろ話題をセルシオに戻そう。このクルマに対する印象とは?
「"頑丈だし、丈夫"。これに尽きますね。細部の造り込みの良さからも、当時のトヨタが『打倒、メルセデス・ベンツ』を掲げて造り上げたフラッグシップカーだということを感じます。とはいえ、それなりに経年劣化しているのか、細かい故障はありましたよ。所有しているあいだに交換したのは、油脂類・エアクリーナー・オイルフィルター・ハイマウントブレーキランプ・サーモスタット・左リアドア用のアクチュエーターモーターなどです。メンテナンスはできるだけ自分でおこないます。実はモディファイも好きなんですが、セルシオに関してはそういう気になれませんでした」
よく見ると、いまとなっては懐かしいカセットデッキも健在だ。少しだけ黒いコードが見えるのがお分かりになるだろうか?
「カセットデッキもあえてそのまま残して、iPhoneにつないでいます。極力、配線が見えないように、DIYでパネルを外してケーブルを隠したり(笑)。この部分を社外品のオーディオに交換すると雰囲気が変わってしまうような気がするんです。作業していて、ガタつきもなくかっちりとハマるトヨタ車の設計のすごさ、造り込みの良さを実感しましたね。6連奏CDチェンジャーもいまだに使えますし」
話を伺う限り、セルシオのことをとても気に入っているようだが…。
「ムーンルーフを開けて走るのがお気に入りですね。セルシオに乗るときはかなりの頻度で開けています。冬でも、エアコンとシートヒーターを効かせて走ればオープンカーのように快適なんですよ。」
オーナーにとってこれほどお気に入りの愛車であるセルシオ、無礼を承知で手放すことになった経緯を伺ってみた。
「維持費がネックになりました。街乗り6km/L・高速8km/Lという燃費は許容できるとしても、新規登録から13年経過したガソリン車は自動車税が約15%課税されてしまうんです。そうなると、このセルシオの場合、通常は66,500円が76,400円になってしまいます。自動車重量税も、新規登録から13年未満であればセルシオの車重だと32,800円ですが、新規登録から18年以上に該当するので50,400円になります。納税することは義務ですからきちんと収めますが、明確な根拠がないまま『単に古いクルマ』というだけで課税されてしまっている現在の制度に疑問を感じています。趣味で古いクルマを所有しているケースももちろんあると思いますが、長年にわたって生活の足として1台のクルマを大切に乗っていらっしゃる方や、さまざまな事情で乗り替えることができない方もいらっしゃるはずです」
断腸の思いでセルシオとの別れを決めたオーナー。通常であれば「最後に、今後愛車とどう接していきたいか」を伺うのが定番化しつつある流れだが、今回のように別れが決まっているケースではこの質問は失礼だ。そこで「最後に、このクルマへ贈る言葉」をオーナーに伺ってみた。
「今回、維持費の関係で手放すことになりましたが、末永く長生きしてほしいです。エンジンはいまでも絶好調ですし。しばらくはクルマを所有しない生活を送ることになりますが、そのうち昔のフォルクスワーゲン ビートルでも買おうかなと思っています。いま、ものすごい勢いで電気自動車が普及していますが、私はクルマに乗れる限り、ガソリン車にこだわっていきたいですね」
一般財団法人 自動車検査登録情報協会が毎年行っている調査によると、2019年(平成30年度)3月末時点で、軽自動車を除く乗用車の平均使用年数は13.24年(※)。これは年々増加傾向にあるという。確かに、新車が売れなくなるのはメーカーとして死活問題だろう。しかし、単に古いクルマだからというだけで、大切に乗り続けているオーナーたちに負荷を掛ける制度には疑問を感じざるを得ない。
(※)同協会の調査結果に補足すると「初度登録年度ごとに1年前の保有台数と比較し、減少した車両を1年間に抹消された車両とみなして、国内で新規(新車)登録されてから抹消登録するまでの平均年数を算出している。ただし、減少台数には一時抹消も含まれるため、自動車が完全にスクラップされるまでの期間とは若干異なる」という。
どんなクルマにもピカピカの新車としてラインオフされた瞬間がある。しかし、どれほどの高級車であっても、いつの間にか古いクルマとして扱われるようになり、やがてひっそりと姿を消していく運命にある。そして、人々がその価値を再認識するころには絶滅危惧種となっているケースも少なくない。
「失ってからその良さに気づく」のでは遅すぎる。壊れたら捨てる・買い替えるのではなく、「壊れたら直す。使い切る大切さ」を改めて考える時期にきているのかもしれない。
「古いクルマ」とくくるのが申し訳なくなるほど、20数年前に造られたセルシオがいまだに色褪せることなく、高級車としての威厳に満ちていることを改めて実感した取材となった。現オーナーと別れたあとも、このクルマの価値を理解し、大切にしてくれる次期オーナーとの出会いがあることを祈るばかりだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
※自動車税の記載に誤りがございましたので内容を一部訂正いたしました。
[ガズー編集部]
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