30年の時が刻み込んだスバルのアイデンティティ「EJ20」・・・記憶に残る名エンジン
現在、水平対向エンジンを新車乗用四輪車に搭載しているのはポルシェとスバルのみ。スバルはなぜ直列やV型ではなく、水平対向にこだわり続けるのか。そこにはスバルならではの哲学がある。スバルが30年にわたり育てたEJ20型は“名機”と称され、今なお多くのファンから愛されているエンジンだ。
スバルの代名詞である水平対向4気筒
第46回東京モーターショー2019で公開された特別仕様車『WRX STI EJ20 Final Edition』。555台の限定販売で、購入するためには事前エントリーが必要だったこのモデルを手に入れるために、ファンがスバルディーラーに殺到した。
これほどまでに多くの人がこのクルマを手に入れたいと思った理由。それは車名にあるように、“名機”と呼ばれるスバルの水平対向エンジン『EJ20』の生産終了にともなう、EJ20の集大成となるモデルだったからだ。
新車価格はWRX STI EJ20 Final Editionが452.1万円、レカロ製のフロントシートやアドバンスドセイフティパッケージが備わるWRX STI EJ20 Final Editionフルパッケージが485.1万円だったが、現在は中古車市場で総額700万〜900万円で取引されている。
スバルと言えば、水平対向エンジン(ボクサーエンジン)とシンメトリカルAWDが代名詞。初めて水平対向エンジンが搭載されたのは、1966年に発売されたスバル1000だった。
構造的に部品点数が多くなるという弱点がある水平対向エンジンをスバルが50年以上も作り続けるのは、水平対向エンジンならではの特性にある。振動が少なく、低重心化できるので走行安定性がいい。FFはもちろん、4WDにも対応できる。
スバル1000に搭載されたEA型水平対向エンジンは、レオーネシリーズ、アルシオーネなどに搭載され、1994年にレオーネが生産終了になるまで、長きにわたりスバルの主力エンジンであり続けた。
RVブームにより、多くの人がEJ20の走りを体験
「うちは小さなメーカーですから、ひとつ開発したら、長く使い続けないと」
スバルやマツダのエンジニアからは、よくこんな話を聞く。エンジンやプラットフォームは開発にとてつもない予算と時間が必要になるため、新しいものをポンポンと投入できる訳ではない。モデルラインナップが豊富ではないメーカーならなおさらだ。
エンジニアたちは10年、あるいはそれ以上の未来まで見越しながら、新たなエンジンやプラットフォームを開発する。EA型水平対向エンジンの次世代モデルとなったEJ型は1989年から2020年まで30年もの間、多くの人から愛された。
EJ型のデビューは初代レガシィに搭載されたEJ20。レガシィは4ドアセダン(BC系)とステーションワゴン(BF系)をラインナップ。このワゴン=レガシィツーリングワゴンが空前のヒットモデルとなった。
1980年代に入り日本の景気はうなぎのぼりで良くなっていく。そして80年代後半には株価や不動産価格が高騰するとともに(東京の山手線内側の土地の値段だけでアメリカ全土が買えると言われていた)、ジャパンマネーが世界を席巻。豊かになった国民はレジャーを存分に楽しむようになっていた。
レガシィが登場する少し前からRVと呼ばれたクロカンSUVがブームになり、メルセデス・ベンツやボルボのステーションワゴンも感度の高い人たちからの注目を集めていた。そこに乗用車感覚で運転できる、ライトバンの派生でない、カッコいいワゴンが出てきたことで大ヒットモデルとなった。
これにより水平対向エンジン・EJ20を多くの人が体験することになる。大勢でレジャーに出かけることで、運転席以外に座る人も走りを体感できたのは大きかったはずだ。何を隠そう筆者自身、先輩カメラマンが乗っていたレガシィツーリングワゴンの走りに驚き、後に中古車で後期型2.0GTを買ってしまった一人である。
スバルは初代レガシィが発売された年の1月、アメリカ・アリゾナ州の砂漠にあるテストコースで10万kmの耐久走行を実施。19日間かけて10万kmを走り抜き、燃料補給やメンテナンスなどのロスタイムを含めた平均速度223.345km/hを達成。この記録はギネスブックに掲載された。
すごいのは平均速度だけでなく、記録に挑戦した3台のレガシィがすべて10万kmの走行を達成したことだ(しかも全車平均速度が200km/hを超えていた)。この映像はレガシィに、そしてEJ20に誰でも安心して乗ることができる何よりの証となったのは言うまでもない。
年次改良で馬力も向上
EJ20は1992年に登場した初代インプレッサにも搭載される。レガシィに搭載された2Lターボは最高出力200psだったが、インプレッサWRXは最高出力が240psにアップ。
何より驚いたのは、ボンネットのエアインテークだった。レガシィGTにもエアインテークは開けられていたが、インプレッサはより多くの空気を取り込むために穴の上が大きく盛り上がっている。これが運転席から思い切り見えるため、嫌でもやる気にさせられる(人によっては邪魔と感じるほどだった)。
1994年に登場したインプレッサWRX STi(当時はiが小文字だった)は最高出力が250psになった。当時はエンジンをハンドメイドで組み立てていたため、月産はわずか50台だった。
インプレッサWRX STiは年次改良を重ねるたびに出力が大きくなる。1995年登場のバージョンIIは275ps、1996年登場のバージョンIIIは自主規制いっぱいの280psにまで高められた。
インプレッサWRX STiといえば、世界ラリー選手権(WRC)での活躍を思い出す人も多いはず。スバルは70年代からレオーネでWRCに参戦。1990年からはレガシィRSでWRCに参戦した。
インプレッサは1993年の1000湖ラリーから投入。同時期に投入された三菱 ランサーエボリューションと熾烈なチャンピオン争いを繰り広げる。ストリートでも、ランエボとインプレッサはライバルとなり、口プロレスから実際のバトルまでさまざまな戦いが繰り広げられていた。インプレッサは95年、96年、97年にマニュファクチャーズタイトルを獲得した。
2000年にフルモデルチェンジしたGD系インプレッサに搭載されたEJ20ターボでは、AVCS(アクティブ・バルブ・コントロール・システム:可変バルブタイミング機構)を採用して性能が大きく向上。
そして2003年に登場した4代目レガシィ(BL系/BP系)では、EJ20の4つのシリンダーの排気を1番と2番、3番と4番で集合させて2つの流れにし、なおかつ集合する場所までの排気管の長さを同じにすることで(等長化)スムーズにできるようにした(等長等爆エキゾーストシステム)。
それまでの水平対向エンジンは排気管の長さが不等長だったことから「ドロドロドロ……」という独特のサウンドがした。ファンは「この音こそスバル!」と思っていた。等長化でエンジンサウンドが変わったことに寂しさを感じた人も多かっただろう。
スバルは2010年9月に新型の水平対向エンジン“FB型”を発表。これによりEJ20が役目を終えることが決定的になった。フォレスター、レヴォーグ、XVと、スバルはエンジンをFBに切り替えていく。そして最後までEJ20を搭載したWRX STIが生産終了となり、EJ20は30年の歴史に幕を下ろした。
あらためて振り返ると、EJ20にはサウンドを含めて独特の癖があり、でもそれこそがEJ20の魅力でも合ったように思う。このエンジンは愛車の想い出とともに多くのファンの記憶に残り続けるはずだ。
(文/高橋 満<BRIDGE MAN> 写真:SUBARU)
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