【懐かし自動車ダイアリー】1980年(昭和55年)~クルマで振り返るちょっと懐かしい日本

マツダ・ファミリア
マツダ・ファミリア

1980年(昭和55年)| 自動車 ~ 世界一の自動車生産国になった日本で流行した赤いクルマ

日本の自動車生産台数は1104万台に達し、うち乗用車が703.8万台。アメリカはそれぞれ801万台、637.6万台で、日本が世界一の自動車生産国となった。1965年から日本の対米貿易収支が黒字に転じ、日本の製品がアメリカの市場を席巻。1970年代に入るとアメリカは輸入制限を武器に強硬な姿勢を示し、日本は繊維・鉄鋼・テレビの分野で輸出自主規制を受け入れることに。次のターゲットとなったのが自動車である。

アメリカ政府やビッグスリー、そして全米自動車労働組合(UAW)が一体となって日本メーカーがアメリカで自動車を生産することを要求。前年からすでにアメリカで二輪車生産を開始していたホンダが最初に、四輪車でも現地生産することを表明する。12月にオハイオ州で工場建設が始まり、1982年からアコードがラインオフした。日産はテネシー州でトラック生産を行うことを発表。トヨタも水面下で交渉を進めていた。

初めてFF車となった5代目マツダ・ファミリアが大ヒット。ウエッジシェイプのハッチバックスタイルで若者から絶大な支持を得たほか、この年から始まった日本カー・オブ・ザ・イヤーの第1回受賞車となる。電動サンルーフを備えた最上級グレードとソリッドな赤のボディーカラーが一番人気の組み合わせで、「赤のXG」と呼ばれた。

ヨーロッパではシンプルなデザインのフィアット・パンダ、本格的な4WD機構を備えたアウディ・クワトロがデビュー。アルファ・ロメオと日産の合弁会社アルナ(Alfa Romeo Nissan Autoveicoli)も設立された。

  • ホンダのオハイオ工場をラインオフするホンダ・アコード
    ホンダのオハイオ工場をラインオフするホンダ・アコード
  • フィアット・パンダ
    フィアット・パンダ
  • アウディ・クワトロ
    アウディ・クワトロ
  • アルファ・ロメオ・アルナ
    アルファ・ロメオ・アルナ

1980年(昭和55年)| 世相と文化 ~ 共産圏初の五輪を西側諸国がボイコット

共産圏初の開催となったモスクワオリンピックは、全世界のトップアスリートが競う大会にはならなかった。前年に始まったソ連のアフガニスタン侵攻に抗議し、アメリカのカーター大統領がボイコットを呼びかけたからだ。日本を含む西側諸国とイスラム教諸国が追随し、不参加国は50近くに達した。マラソンの瀬古利彦や柔道の山下泰裕など、金メダルが確実視されていた選手が涙をのむことに。

ホメイニ体制となったイランにイラクが侵攻。1988年まで続く長い戦争が始まる。中東情勢は混迷を深め、原油をめぐる状況も複雑化していく。ポーランドではワレサ議長が主導した自主管理労働組合「連帯」が発足。物価値上げに反対する労働者たちが立ち上がった。共産党の統制下に置かれていた社会主義国で始まった民主化への動きは翌年になると弾圧されるが、改革が待望されていることを明確に示した。

日本では1970年代から始まったサーフィンブームが自動車にも波及。パームツリーのアクセサリーを付けたり、シートにTシャツを着せてカバー代わりにしたりするのがオシャレとされた。彼らの間では特にファミリアが好まれ、屋根にサーフボードを取り付けた、カッコだけの陸(おか)サーファーも出現する。

1976年からコーチを兼任していた読売ジャイアンツの王 貞治が選手を引退。助監督に就任する。1973年にデビューして人気絶頂期だった山口百恵が三浦友和との結婚を表明して引退。武道館で行われたファイナルコンサートでステージの中央にマイクを置き、静かに去っていった。入れ替わるように、松田聖子がデビューしている。海の向こうではジョン・レノンが殺害され、ビートルズ再結成は不可能に。

プレイバック1980年(昭和55年)

★アカデミー賞
『普通の人々』
★日本アカデミー賞
『ツィゴイネルワイゼン』
★NHK朝ドラ/大河ドラマ
『なっちゃんの写真館』『虹を織る』/『獅子の時代』
★日本レコード大賞
『雨の慕情』八代亜紀
★日本ダービー馬
オペックホース
★日本カー・オブ・ザ・イヤー
マツダ・ファミリア

[ガズー編集部]

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