【懐かしの名車をプレイバック】ただ速いだけじゃない! “開かれたスーパースポーツ”初代「ホンダNSX」を振り返る
軽量なアルミボディーに、3リッター級のV6エンジンをミドシップ搭載した「ホンダNSX」。世界に冠たる和製スーパーカーは、当時の日本で、世界で、どのような存在だったのか? 新車当時に時間をともにした人物が、懐かしい日々を振り返る。
今も身体に残る鮮烈な記憶
少し腰をかがめて幅の広いドアを開け、白い革シートに収まった後、重いクラッチペダルを踏んでエンジンを始動すると、ガレージの床下が軽くとどろき、シート背後が静かに震える。シフトを1速に入れ、ゆっくりクラッチをつないで道路に出る。かなり手ごたえのあるステアリングを切って、数百m先の大通りに出る前にシフトは3速に入っており、もう水温計は動き始めている。
こうやって約2年間、私は最初期型の「ホンダNSX」と生活してきた。もう30年も前のことだが、その時期の毎朝の感覚は、私の身体記憶として今でも残っている。
今まで相当台数のクルマと生活してきたが、これほどまで毎朝の身体感覚が残っているのは、このNSXだけである。それだけ、私はこのクルマが好きだったのだ。たとえそれが会社所有の長期テスト車とはいえ、あたかも自分のクルマのような愛着を持っていた。
最適な時期に生を受けたクルマ
NSXが登場したのは1990年秋のことだ。ほぼ同じころにR32型の「日産スカイラインGT-R」もデビューしており、バブル末期の日本では高性能・高価格のクルマたちが一躍注目を集めていた。
この時期のホンダにとって最も大切な市場はアメリカで、彼らはアキュラの名前でホンダの高級車ブランドを確立させようとしていた。そのアメリカから、「ブランドの象徴になるスポーツモデルが欲しい」という希望が出る。同じころ、すでに日本では後にNSXのチーフエンジニアになる上原 繁氏をリーダーとして、「ホンダ・シティ」用の小型エンジンをアンダーフロアに載せたミドシップカーのプロトタイプをつくり、ハンドリングの実験に取り掛かっていた。結局、これをベースにミドシップのスポーツカーを開発することが決まる。最初はより小さな4気筒エンジンで始まったが、フェラーリやポルシェに対抗できるようなスーパーモデルを望んだアメリカ側の要求に応じて、3リッターV6をミッドに横置きするということが決まった。加えて、さらなる軽量化と剛性の両立を目的として、すべてアルミボディーという当時としては世界初の工法にあえて挑戦した。
今から思うと、世界的な状況からして本当に幸運な時期にこのクルマが生まれたと思う。日本はバブル景気に潤っていたし、アメリカでもアキュラの登場によって、より高級・高性能なホンダのイメージが確立された時だった。加えてヨーロッパでも、モータースポーツでの活躍もあってホンダは熱烈な自動車ファンの間で人気がどんどん高まっていた時期でもあった。
そんな時に、日本、アメリカ、ヨーロッパの、各リージョンのトップがロサンゼルスの研究所で会議を開いて、熱心なディスカッションを経て生まれたのが最終的なNSXの姿だった。その結果、世界中から求められるホンダのイメージアップにダイレクトにつながった。登場した時からマーケットにおけるその成功は、約束されていたようなものだったのだ。
果たして市場に出るや否や人気が沸騰。特に日本では、受注が殺到して納車が数カ月待ちになったためにプレミアム価格がついたり、アキュラ版の左ハンドル仕様が逆輸入されたりするような事態になった。
確か、会社のクルマもかなり遅れて納車された。従ってこのNSXとの生活が始まったのは、1990年の年末のころだと記憶している。それから2年弱の時をともにした。それは今振り返っても、とても素晴らしい刺激に満ちた日々だった。
民主的なスーパースポーツ
このクルマの最大の価値は、その高い性能は言うまでもなく、それと両立した優れた実用性や快適さにある。当時アメリカでは、フェラーリやポルシェに対抗するクルマとして企画された。実際に、可変バルブ機構「VTEC」付きのV6エンジンはフェラーリのV8に劣らないほどの強烈な刺激を持ち、ニュルブルクリンクで鍛えられた足まわりは剛性の高いボディーと相まって素晴らしいハンドリングを生み出した。その一方でチーフエンジニアは、これまでのスパルタンなスポーツカーとは一線を画した近代性と、人間のインターフェイスを重視した「快適なF1」を目指したという。
実際にこのクルマと過ごして、一番印象に残ったのは高い実用性と快適で扱いやすいことだった。ハイパフォーマンスのピュアスポーツながら、まるで「アコード」のように普段使いできるクルマだった。
約2年間、ほとんど毎日このクルマ1台と過ごしたが、一回として不便な時も、不快な時もなかった。やや重いクラッチも抵抗のあるステアリングも慣れればどうということはないし、ニュルブルクリンクに工業用ミシンを持ち込んで何度もつくり直したというシートは、スポーツドライビングで最適なホールドが得られただけでなく、非常に快適でもあった。真夏の都心で渋滞に遭ってもエンジンは常時安定していたし、優れたボディー剛性もあって乗り心地も素晴らしかった。
また、空力性能向上のために延ばされた長いリアオーバーハングを利用してつくられた荷室の中には、ゴルフバッグすら簡単に収容できた。今調べたら、私はこのクルマで1年10カ月、約4.4万kmを過ごしたが、その間の平均燃費は7.9km/リッターだった。大半が通勤などの業務のために都内で使っていたこと、そしてその性能を考えるなら、これは相当好燃費だと判断されていい。
結局、NSXは15年にわたって基本的な設計は変えずに生き永らえ、長きにわたり国産のスポーツカーとして最高価格であり続けた。高い性能と優れた実用性の両立が、その長寿を支えたのだろう。
NSXのNSはNew Sportscarで、Xは未知数を意味していたという。特権的な世界に君臨してきたフェラーリやポルシェとは全く異なった、社会に広く開かれた高性能車として未知の領域を切り開いたことに、このクルマの存在価値があったのだ。いうなれば世界唯一の民主的なスーパースポーツであることこそ、このクルマの最大の意義だった。
(文=大川 悠)
初代 ホンダNSX(1990年~2005年)解説
ホンダが持てる技術を結集してつくり上げた、新世代のミドシップスポーツカー。
量産車として世界初となるオールアルミのモノコックボディーを採用しており、さらにエンジンやシャシー、足まわり、シートの構造部材にもアルミ合金を多用することで、大幅な軽量化を実現していた。
エンジンも技術の粋を集めたもので、可変バルブ機構「VTEC」を搭載した3リッター(1997年以降のMT仕様は3.2リッター)V6 DOHCは、MT仕様で280PSの高出力を発生。高回転域までスムーズに吹け上がる、胸のすくエンジンフィールも大きな魅力だった。
もうひとつ、このクルマで特徴的だったのが運転のしやすさ、機能性の高さだ。ジェット機をモチーフにしたというキャビンは開放的で、幅広い体形の人が適切なドライビングポジションをとれるよう、インテリアの設計も吟味。
ピュアな走りとドライバビリティーの高さを両立したNSXは、後に世界の名だたるスーパースポーツが追従するベンチマークとなった。
初代 ホンダNSX諸元
5速マニュアルの場合
乗車定員:2人
車両型式: E-NA1
重量:1350kg
全長:4430mm
全幅:1810mm
全高:1170mm
ホイールベース:2530mm
エンジン型式:C30A
エンジン種類:水冷V型6気筒横置
排気量:2977cc
最高出力:280PS/7300rpm
最大トルク:30.0kg・m/5400rpm
サスペンション形式: ダブルウイッシュボーン式
(GAZOO編集部)
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