父が生前に乗っていた愛車に近づけるべく「思い出補正」した愛車。1983年式日産ローレル2000Eメダリスト(C31型)
幼少期の原体験は、その後の人生を大きく左右するといわれる。カーライフも然りで、この取材を続けていると、幾度となくそう感じる場面に出会う。
今回の主人公、35歳の男性オーナーもそんな一人だ。実は過去に2度登場いただいている。1度目は、オーナーの父親が遺した日産ステージア 25RS/S(WGC34型)だ。架空のモデル「25RS/S」を自ら設定してモディファイされている個体を紹介した。その後、サーキット走行を楽しむためATをMTに換装した、日産スカイライン 25GT-X ターボ改(ER34型)。2台それぞれに濃密な時間を過ごしていることを、記事を通じて感じていただければ幸いだ。
過去の取材時に、オーナーが幼少期のときに父親が所有していたローレルと同車種を所有していることは伺っていた。いつか取材してみたいと願っていたが、今回、ついに取材が実現した。これまで、何度も取材にご協力いただいているオーナ−に心から感謝の気持ちを伝えたい。
「このクルマは1983年式日産ローレル2000Eメダリスト(C31型/以下、C31型ローレル)です。所有して8年6ヶ月ほどになります。メーターを交換しているため正確な走行距離は不明ですが、乗り始めは約10万kmだったはずなので、現在は12万~13万kmくらいでしょうか。ボディカラーは父親が所有していたローレルと同じ、シルバーメタリックに全塗装しています」
ハイオーナーカーの先駆けとして1968年に誕生した日産ローレル。そのシリーズ4代目として1980年にデビューしたC31型は「スカイラインの父」こと桜井眞一郎氏が開発責任者を務めた。
C31型は58種にも及ぶ豊富なモデル展開のほか、初搭載の先進技術が充実。歴代ローレルとして初めてとなるターボチャージャーやECCS(電子制御エンジン集中制御システム)、足踏み式のパーキングブレーキなどが搭載された。キャッチコピーである「アウトバーンの旋風(かぜ)」からは、欧州を意識していたことが伺える。
オーナーの愛車である2000Eメダリストのボディサイズは全長×全幅×全高:4675×1690×1400mm。駆動方式はFR。オーナーの所有する個体は、4速ATを搭載している。
排気量1998cc、直列6気筒OHCエンジン「L20E型(インジェクション仕様)」の最高出力は125馬力を誇る。スカイラインやフェアレディZなど、日産の数多くのモデルに搭載された「L型エンジン」だ。また、C31型の6気筒モデルには、L20型・L20E型・L20ET型・L28E型の4機種のほか、エンジンバリエーションも実に豊富であった。
さて、最近はめったに街中で見掛けることがなくなってしまったC31型ローレルだが、オーナーにとって幼少期の大切な思い出の1ページを飾っていたようなのだ。
「このローレルは、私が生まれたときから家にあったクルマと同型なんです。父親が手放したのが1994年なので私が4歳のときですね。このとき、ローレルからミニバンのプレーリーに乗り替えることになったんです。当時は販売店が自宅に新車を届けることがまだ一般的だったように思います。あの日、新車のプレーリーが自宅に到着して、ローレルが引き取られて走り去って行く場面が今も強く記憶に残っています。やはり寂しかったですが、新車がやってきたのもそれなりにうれしかったので、プレーリーもすぐに好きになりましたけどね(苦笑)」
幼少の頃、ローレルとドライブした思い出から、もっとも強く残っているエピソードを伺ってみた。
「ローレルとのお別れを兼ねて群馬サファリパークに行ったんです。その帰りに、下仁田こんにゃく観光センターに寄って撮ったときの写真が、今もアルバムに残っています」
その当時撮影した写真が収められたアルバムをオーナーが持参してくれたので拝見した。改めて、こういった大切な場面は記憶ではなく、きちんと記録として残しておくべきだと痛感した。あれから歳月を経て、オーナーにとってローレルはどんな存在となっていたのだろうか。
「機会があれば乗れたらうれしいな…くらいの感じで、意外と執着はなかったですね。ただ、クルマ自体を好きになるルーツはローレルにあったといえます。このクルマと一緒にいろんな場所へ行った経験が大きかったかもしれません。次に乗り替えたプレーリーもローレル同様に好きだったので、根本的にクルマという存在が好きなんだと思います」
そう話すオーナーは、縁あって父親と同じローレルを手に入れるわけだが、このあたりがオーナー自身の「引力の強さ」なのか、運命的といえる出会い方を果たしている。
「ずっとC31型ローレルの中古車情報をチェックしていたんです。個体数が極端に少なく、たまに売りものを見つけると現車確認にも行きましたね。しかし、理想としている仕様ではない個体ばかりで、実際に乗るなら、父親が乗っていたローレルに近い仕様がいいとこだわりはじめていました」
ただでさえ売りものが少ないなか、この個体とめぐりあったきっかけは?
「この個体は、2015年に開催された『ハチマルミーティング』にエントリーしていたんです。父親が乗っていたローレルと同じグレーの内装が大きな決め手でした。C31型ローレルのメダリストはハイソカーブームの流れを汲んでマルーンの内装が多く、グレーの内装は珍しいんです。
その年の11月に、SNSでこの個体が売りに出されていることを知って現車確認に行き、価格などを相談の際に車体番号を見せてもらったところ、なんと父親が手放した個体とわずか45番違いだったんですよ。後で調べると製造月まで同じで、新車登録も2日違い。ひょっとすると同日に生産された可能性もあります。これにはさすがに運命を感じてしまいました」
オーナーの父親が所有していたローレルと、ほぼ同時に生産された可能性のある個体との出会い。偶然とはいえ、売り出しの情報を早期にキャッチできたことも、不思議な力が働いたように思えてならない。こうしてローレルを実際に手に入れたわけだが当時、周囲の反応はどうだったのだろうか。
「納車当時はまだ父親が生きていた頃で、かなり呆れていたなと(笑)。私がローレルを好きなことは知っていたけど、まさか本当に購入するとは予想していなかったようです」
自分で運転してみて、あらためてどんな感想を抱いたか尋ねてみた。
「古いクルマなので決して速くはないですし、燃費も街乗りだと6 km/L。高速で13 km/Lくらいです。ATも高性能ではありません。機械式の制御なので、クルマに任せたペースで走る…クルマに合わせた乗り方が必要だなと感じましたね。当時はエアコンも故障していて使えなかったですし。あれから年月が過ぎたのだなとこのとき感じましたね」
幼い頃に親しんだクルマを「所有」してみて、どのような変化があったのだろうか?
「ネットワークが広がりましたよね。C31型ローレルを所有する前にはC34型ローレルを所有していたんですが、ある方にお譲りしたんです。その方と2019年に『ローレルミーティング』を開催しました。その際にさまざまなご縁があって、写真にも残っているんですけど初代から8代目のローレルが勢揃いしました。世代を超えて交流できますし、うれしいことです。」
続いて、人生観を変えた1台はどんなクルマなのかを尋ねてみた。
「ずばりこの1台というのは難しいですが、歴代の愛車も含めてそれぞれにあると思います。カービデオマガジン『ベストモータリング』を幼い頃からずっと観ていた影響でスポーツカーにも興味があります。が…“人生そのものが変わった”といえば、妻と知り合うきっかけにもなったステージアでしょうか」
実は、オーナーの奥様も日産ステージア260RSのオーナーなのだ。同じ車種を通じて知り合ったそうで、現在も2台のステージアを所有している。
「妻もクルマが好きです。ローレルにはそれほど興味はなさそうなんですが、思い出のクルマとして大切にしたい気持ちは理解してくれているようです。ローレルで一緒に出かけるときは、昭和レトロを感じる“映えスポット”での撮影を楽しみにしていまして、その際に妻も場所探しを協力してくれるのですごく感謝しています」
実は取材当日、オーナーの奥様と愛車であるステージア260RSの取材も行うことができた。こちらは次回の愛車紹介でご紹介する予定だ(ご夫婦それぞれの愛車でお越しいただき、本当にありがとうございました)。
さて、オーナーのローレルだが、どのようなモディファイが施されているのだろうか?
「2021年の9月に、かつて父親が所有していたローレルと同じシルバーメタリックに全塗装しました。“思い出補正”でこの色にしました。ツートンカラーもおしゃれですが、“思い出”には勝てなかったですね(笑)。足回りはKYB CLUB製 NEW SR Special、日産純正の14インチスチールホイールにブリヂストン製のBRIDGESTONE REGNO GR-XⅡを装着しています。それと、SONYの「Discman」や後部座席の吊り革、インパネの上のコイル型カップホルダーなど、実際に父親が所有していたローレルで使っていたそのものなんです。もしものときのために大切に保管しておいたので、このクルマでも当時と同じように配置することで“思い出補正”しています」
部品の供給状況はどうなのだろう。
「部品は出ないものがほとんどですが、たまにネットオークションで未使用品が見つかることがあります。エンブレムやリアガーニッシュも新品になりましたし、この先もし見つかれば、父のローレルと同じブロンズガラスにしたいんですが、これはさすがに難しいかな…。ガラスを換えれば、モディファイとしてはほぼ完成ですね」
なんと、オーナー自身が部品を自作することもあるそうだ。
「父親が歴代の愛車にフォグランプを後付けしていたんですけど、それを再現したくCADで図面を描いて作りました。加工は業者に依頼していますが、写真から大体の比率で寸法をもとめて設計しています。バンパーのモールは純正の新品が製造廃止で部品がないため、汎用のゴムモールとメッキモールを組み合わせて純正風に見せています。またボディサイドのピンストライプも、ステッカー制作の専門ショップであるデカルコに依頼してレプリカを作ってもらいました」
オーナーのスキルやこだわり(…といっても本人しか分からないような、あくまでもさりげないものだが)を存分に活かしつつ、細部までこだわってモディファイやリフレッシュされているローレルだが、もっとも気に入っているポイントはどこなのだろうか?
「ピラーレスハードトップである点ですかね。今回の撮影でもあえて窓ガラスを全部下ろして撮ってもらいましたし。この頃のクルマはベルトを外せるようになっていて、横から見ると完全にオールクリアになっていて美しさが増します」
そうなのだ。「なんで窓が開いているの?」と思った方がいるかもしれない。撮影当日が暑いから窓を下ろして撮影したわけではなく、せっかくの機会なのでオーナーのリクエストにお応えした、というわけなのだ。オーナーらしい、さりげなくも愛情がたっぷり込められたローレル。最後に、愛車と今後どう接していきたいかを伺ってみた。
「急がず焦らず、マイペースで現役当時の姿を楽しんでいきたいです。たまに、この個体よりもコンディションの良い個体を中古車市場で目にして気になったりもしますが、またそれを全塗装して…という気力はもうないですね(笑)。何より、車体番号が父の個体と45番違いという点にも運命を感じていますし、長く、大事に乗りたいです」
冒頭でも触れたが、原体験がカーライフの決定打になるといい切っていいような気がする。そんなカーライフが、人生のパートナーとの出会いに繋がっていた。
文中や他の記事でも触れているが、オーナーの父親はすでに他界しており、残念なことにオーナーの溺愛ぶりをこの目で確かめることはできない。
父親がどれほど英才教育を施しても、愛する我が子がクルマ好きになってくれるとは限らない。あくまでも結果論かもしれないが、亡き父親が幼少期のオーナーに対して惜しみない愛情を注いだからこそ、手に入れること自体が困難なC31型ローレルを手に入れ、かつて父親が所有していたローレルに近づけるべく「思い出補正」までしてしまったのだ。それほどオーナーの人生、そしてカーライフにおいて、このローレルが不可欠な存在だということなのだろう。
おそらくは天国からこの「思い出補正」の様子を眺めているであろうオーナーの父親も、一連の行動に苦笑いしつつも、嬉しそうに微笑んでいるように思えてならないのだ。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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