20歳から35年間、オーナーと歩んできた1988年式トヨタ カローラ 1600FX-GT(AE92型)

日本自動車工業会(自工会)が発表している統計によると、2023年5月に国内で生産された普通乗用車の台数は362,789台。記事に目を通しているこの瞬間も、国内の自動車工場では新しいクルマが造られている。

そして、生産されたクルマは、やがてオーナーの元に「新車」として納車される。工業製品である以上、ここまではイコールコンディションだ。しかし、同月・同日に造られたクルマであっても、嫁ぎ先であるオーナー次第で、その後の運命が大きく変わる。

毎週のように洗車され、大切に扱われるクルマがある一方で、仕事の道具などで酷使される個体も少なくないだろう。そして、時が経つにつれ、あれほど街中で頻繁に見かけたクルマであっても、気づけば絶滅危惧種となっていたりする。

ひと月に何十万台ものクルマが新たに造られているのだから、このような「新陳代謝」が起こって当然だ。しかし、頭ではそうだと理解しつつも、どこか割り切れない気持ちを抱えるクルマ好きがいても不思議ではない。

今回、取材させていただいたオーナーは現在55歳。成人した2人の愛娘の父親でもある。20歳のときに手に入れた愛車を現在も大切に所有し、素晴らしいコンディションを維持している。20歳から35年間……。まさにオーナーの人生を見守ってきた存在ともいえる愛車について、その想いを伺った。

「このクルマは1988年式トヨタ カローラ 1600FX-GT、5速MT(AE92型/以下、カローラFX)です。現在、55歳の私が20歳のときに新車で手に入れてから35年経ちました。これまでの走行距離は12万500キロです」

かつてトヨタが“Fun To Drive”のキャッチコピーを掲げていた時代、1984年にカローラの追加車種としてデビューした2BOXハッチバックモデルがカローラFXだ。今回のモデルはその2代目にあたる。

1987年にデビューした2代目は、初代から“Fun To Drive”の意思を継承しつつも、ファッショナブルな装いを持つ最上級2BOXモデルというコンセプトを掲げていた。なお、カローラFXのほか、セダンおよびレビン、そしてきょうだい車であるスプリンター セダン・トレノ・シエロも同時にフルモデルチェンジを果たしている。

当時、カローラFXには、3ドアと5ドアが用意された。オーナーが所有するトップグレードの「FX-GT」は、3ドアボディのみ選ぶことができた。3ドア仕様のボディサイズは、全長×全幅×全高:3995×1655×1360mm。「FX-GT」にのみ与えられた、排気量1587cc「4A-GE型」エンジンは120馬力を誇る。ちなみに車名の「FX」は「FF 2BOX」に由来する。

オーナーが成人した直後から現在にいたるまでともに歩んできたカローラFX。まずはこのクルマを手に入れたときのことを振り返っていただいた。

「最初の愛車はトヨタ コロナ マークII(4代目/GX61型)でした。この型の後期モデルは“イーグルマスク”なんていわれていましたね。当時は大学生で、通学にも使っていたので荷物が積めるモデル……ということで、友人はレビン(AE92型)を選んでいました。私はというと、自宅からそれほど離れていないトヨタディーラーでカローラFXの実車を見て、このクルマに決めましたね」

現在の仕様を選んだ当時のことをいまでも覚えているという。

「“4A-G”エンジンを積んでいる唯一のグレードということで3ドアFX-GTにしたんですが、ボディカラーは悩みましたね。友人が『ガンメタがいいんじゃない?』とアドバイスしてくれたこともあり、ガンメタ、正式名称“グレーメタリック”を選びました。いま考えてもこの色にしてよかったと思っています。あと、セットオプションだったリヤの大型ルーフスポイラーとサイドマッドガード、イエローバルブのヘッドライトを選んだのですが、予算の関係でパワーウィンドウは断念したことを覚えています」

当時の若者と同様に、オーナーも愛車へのモディファイを楽しんだという。

「ワタナベ製のアルミホイールが欲しかったので、運送会社でアルバイトして買いました。その他、マフラーはフジツボ製のレガリスR、フロントスポイラー、サベルト製の3点式シートベルト、TRD製のローハイドスプリングとショックアブソーバーは現在も装着しています」

そして、このクルマを手に入れた当時、20代だったオーナーの足としてもカローラFXは大活躍したようだ。

「気づけば5年半で10万キロを走破していました。振りかえるといろいろな思い出がありますね。峠道でスピンしたときはたまたま周囲にクルマが走っておらず、またどこにも接触せずに済みました。あのときは祖父が天国から守ってくれたのかもしれません。

また、妻と付き合っていた当時、遠距離恋愛の時期があり、彼女に会うために3年間、毎週のようにハウンドドッグの曲を聴きながら下道で移動していた時期もありました。その後、クラウンを手に入れたあとは乗る機会が減ったので、カローラFXを動かすのは月に1度くらいの頻度ですね」

当時のカタログの表紙をめくると「ふたりのファーストクラス。」のコピーが目に飛び込んでくる。そうなのだ。カローラFXは当時の若い人のためのモデル、つまりデートカーでもあったのだ。当時の懐かしい記憶や、たくさんの思い出が詰まったクルマをいまでも所有している……羨ましくもあり、なかなかできることではないと痛感させられる。

このとき交際していた彼女とその後結婚し、2人の子宝に恵まれたときも、カローラFXは傍らで見守ってきた。取材時に、オーナーから当時撮影したアルバムを見せていただいたが、お腹が大きくなった奥さまとカローラFXが写っているスナップ写真だけでなく、お嬢さんが成人式のときに撮影したカットなどもあった(こちらの画像は、ちょうど10万キロに到達した瞬間を撮影したものだ)。

このカローラFXがオーナーとともに歩み、そしていまでも家族の一員であることの何よりの証だろう。

「私には2人の娘がいます。先日、私が運転するカローラFXの助手席に長女が乗り、私の弟がバイクに乗り、3人で奥多摩に行ってきたんです。スマートフォンで動画を撮影してくれたり、彼女なりに楽しんでくれたみたいです」

父親にとっては目の中に入れても痛くないほど可愛い愛娘であっても、当の本人からすれば父親の存在がうっとうしい時期もあるだろう。幼少期ならともかく、成人してからも父親が運転するクルマの助手席に乗ってドライブに行ってくれるなんて……。年頃の娘を持つ世の父親からすればうらやましい限りだろう。

「娘には“変な男の運転でドライブに行くくらいなら俺が連れて行ってやる!”といってあります(苦笑)。実はカローラFXを残しつつ、いつかポルシェ911を手に入れて娘とドライブできたらいいなぁ。そんな構想も密かに抱いているところなんです」

オーナーにとってはなくてはならない、同時にそこにあるのが自然な存在であろうカローラFX、気に入っている点やこだわってきた点を挙げていただいた。

「リヤまわりがポルシェ928っぽいフォルム、4A-Gエンジンのフィーリング、そして狭い道でもスイスイ走れてしまうコンパクトさですね。こだわっている点としては、ノーマルステアリングをはじめとしてノーマルに近い状態を維持していること、水温計の針が動くまで暖機運転をすること、機械洗車を使わないことですね。35年間のあいだに、暖機運転をせずに走り出したのはホンの数回、機械洗車にいたっては使ったことがないのでいまだにやり方が分からないんです(笑)」

では最後に、このカローラFXと今後どのように接していきたいと思っているのだろうか。率直なお気持ちを伺った。

「昨今の旧車ブームもあり、このクルマも気軽に乗れなくなってきた気がします。欠品している部品も多いですし。でも、可能な限り乗りつづけます。いずれ、2人の娘のどちらかが引き継いでくれたらいいのですが、果たしてどうなるでしょうね」

子どもたちは親が思う以上に両親のことをよく見ている。と同時に、親が口には出さなくとも、密かにどんなことを考えているか気づいていたりするという。父親がどんな想いでこのカローラFXと接してきたのか、おそらくは「言わずもがな」だろう。

この型のカローラFXの月間販売目標は3500台だった(ちなみに、カローラセダンが13500台、レビン/FXがそれぞれ3500台だった)。一時期はあれほど見掛けたはずのカローラFXの多くが路上から姿を消してしまった。そのなかでも、オーナーの個体はいまも健在であり、後世に残すべき貴重な1台だ。

35年前とほとんど変わらない、この素晴らしいコンディションをオーナーが維持しつつ……。ゆくゆくはオーナーから愛娘たちに、受け継がれていくことを願うばかりだ。

(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

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