クリエイティブディレクターがランドクルーザープラド95の中で考える“大移動時代”の人とクルマの関係

千葉県印旛郡酒々井町。2013年にアウトレットモールがオープンし多くの人が訪れるようになったが、ICから少し離れると畑が広がるのどかなエリアだ。その一角に週末になると多くの人が集う古民家がある。庭先にはカラーリングされたマイクロバスが停まっている。

ここは今回の主役である望月重太朗さんが理事を務めるクリエイションチーム“spods(スポッズ)”の秘密基地とも言える場所だ。社会のあらゆる場所に所属する人々が自由に集い、遊びの中から生まれる創造性で世の中にイノベーションを起こしていく。そのための実験的なプロジェクトがいくつも進行している。

たとえば、畑で作物を育てるという共通の目的の中でそこに集う人々のスキルをどのように伸ばして外に運び出せるかというプロジェクト。畑と同様に移動式サウナ製作を媒介として人々のスキルを育むプロジェクトなどが進行している。

このバスは“移動型クリエイションスタジオ”として、森の中でのアート体験、都市部での足湯体験、イベントでのワークショップなどに活用されている。

望月さんは大学を卒業後、広告代理店グループのクリエイティブ部門でデジタルを軸にさまざまなプロジェクトに携わってきた。しかしキャリアを重ねる中で、広告という“消費型”のものづくりだけでなく、人々の“体験”をクリエイティブにすることに興味を持ち、社内にラボを立ち上げた。

そしてアメリカやオーストリア、オランダで行われる展示会でデジタルを活用した体験型のプレゼンテーションを行ってきた。

現在は独立し、大手企業や自治体などの新規事業をデザインする仕事に取り組んでいる。それと並行し、一般社団法人化したspodsで人々のコミュニケーションをクリエイティブにすることにチャレンジしている。

愛車は古民家の脇に停められた2000年式のトヨタ ランドクルーザープラド。望月さんにとって初めて所有したクルマだという。このチョイスは望月さんの活動にも大きく関係していると感じた。そこを紐解いていこう。

「学生時代、そして就職してからも、僕にはクルマを所有するという発想がありませんでした。クルマが必要な時はカーシェアリングで十分。自由に移動するならバイクの方が楽だろうと、ビッグスクーターに乗っていました。ところが、ある時からバイクの路上駐車が問題になりましたよね。でも街にはバイクの駐輪場が全然ない。そこに不便さを感じてバイクを降り、電車で移動するようになりました」

電車移動でも不便は感じなかったが、仕事でアウトドア雑誌とコラボレーションした時に、編集長をはじめ、スタッフが本気でキャンプに取り組む姿に衝撃を受けて望月さんもキャンプにのめり込む。ちょうどお子さんが産まれたこともあり、年に10回近くファミリーキャンプを楽しむようになった。

「それでも毎日クルマを使うわけではないし、キャンプに行く時はカーシェアリングを使えばいいと思っていました。今は大きめのミニバンも選べますからね。ただ、カーシェアリングだとキャンプから帰ってくるたびにすべての荷物を下ろさなければなりません。キャンプに何度も行き、だんだんと道具が増えてくると荷物の積み下ろしが一仕事になってきたので、道具を積みっぱなしにできる自分のクルマを持つことを考えるようになりました」

会社員時代、望月さんはEVをはじめとする次世代自動車を社会にどのような形で浸透させるのが理想なのかを考えるコミュニティワークショップに関わったこともある。それもあり、最初はEVやPHVの購入を検討したという。しかし、デザインや機能面で満足できるものが見つからない。

どうしようかと悩む中で、最新モデルではなくあえて旧車を見てみようと、思い切って考え方を180度変えてみることにした。

「最新のクルマは魅力的ですが、今残っているものの中に新しい価値や可能性を見出して長く大切に使うこともエコのひとつの形になるのではないかと考えるようになって。ランクルやプラドの無骨なデザインも昔から好きでしたし、そっち方面にしようと」

しかし、いくら旧車といってもエアバッグをはじめとする最低限の安全装備は欲しい。そこで望月さんは95プラドに的を絞り、自分好みのカスタムをしてくれるショップを探すように。どうせ乗るならトルクフルなディーゼルがいい。そして宮城県にある専門店にたどり着いた。

ショップは快く相談に乗ってくれたが、一つ問題が。95プラドの年式だとディーゼル車は東京都では登録できないのだ。登録するには対策を施した上で排ガス試験に合格しなければならないが、費用も時間もかなりかかってしまう。望月さんは少し考えた上で、対策を依頼することにした。

ベース車探しから始まり、オールペンを含むカスタムを施し、排ガス対策を行った上で検査をパスするまでに約10カ月を要した。

「契約時に説明を受けたので理解はしていましたが、いざ動き出すとやっぱりかなり長かったですね。でも乗るとディーゼルの走りは気持ちいい。待った甲斐がありました」

ちなみにボディカラーをベージュにしたのは、奥さまのアイデア。望月さんはマットブラックにすることを考えていたが「汚れが目立つし、マット塗装は洗うのも大変!」と猛反対。望月さんは渋々折れたが、実車に対面するとかなりいい色になったなと感じたそうだ。

「本当は最新モデルでプラドのような形があったら最高ですが、法規的な問題もあって実現できないのでしょうね。最新の電子制御を旧車に搭載するのも難しいでしょうし。僕はかなり距離を走るので、アダプティブクルーズコントロールがあったら楽なのにと思うことはあります。でもこのプラドをカスタムしたことで、旧車にはクルマを育てる楽しみがあることに気づきました。すごく満足しています」

プラドが望月さんのもとにやってきたのは2020年10月。納車時の走行距離は15万5000kmだった。それから半年ですでに1万km以上走っている。

ここまで距離を走っている理由の一つはコロナ禍で電車に乗らなくなり、都内もクルマで移動するようになったこと。もう一つは新しく立ち上げるお茶の時間を探求するメディア「DIG THE TEA」の取材で全国を旅しているから。

2018年、望月さんは“UMAMI Lab(うまみラボ)”を立ち上げ、オランダで毎年開催されている社会実験的なイベントで日本の出汁をふるまうプレゼンテーションを行った。その流れでお茶のプロジェクトに関わるようになったという。

お茶は飲むだけでなく、冒頭で紹介した移動式サウナプロジェクトでお茶の蒸気を全身に浴びる“茶サウナ”にも使われる。上の写真は、取材先で出会った人が育てたお茶とヨモギ、ドクダミ、茶木のチップなどを望月さんが茶サウナ用にブレンドしたものだ。

「静岡・岐阜・奈良・京都など全国の茶所を訪れていますが、取材は極力プラドで出かけるようにしています。取材先の近くをクルマで走ってみると、お茶の無人販売を見つけたりします。そういうのんびりした時間と偶然の出合いが心地よくて」

数々の新規事業立案に携わりながら、プラドで全国をゆっくり走る時間を自分のリズムに取り込む。そんなライフスタイルを「水風呂とサウナを行き来しているよう」と例えた。緩和の時間を意図的に持つことでどちらの感覚も研ぎ澄まされていく。20年前のプラドを選んだからこそ、緩和の時間はより濃密になった。もし最新のEVやPHVに乗っていたら、全く別の時間になっていたはずだ。

インタビュー後の撮影で車内を見せてもらうと、荷室にオレンジ色をした不思議なものが積んであるのに気づいた。

「これは自分で作った茶室のユニットです。これでお湯を沸かして、いつでもどこでもお茶を楽しめるようにしようと。野点(のだて)の発想ですね」

世の中が激変する中、望月さんはこれからの社会は“大移動時代”になっていくと考えているという。その中で移動するスキルや技術にエンタメ要素を加えることで楽しみ方は大きく変わる。道具もコンパクトに、そしてモジュール化して移動先で展開できるようにすると、これまで決まった場所でしか楽しめなかったことがどこでも体験できるようになる。茶室もサウナも、来るべき大移動時代に向けた実験だ。

「キャンプはすでにさまざまなものをモジュール化することに成功した分野だと思います。音楽の世界でもかつては専用の飛行機に大型のアンプを何十個も積んでワールドツアーを行うミュージシャンが花形でしたが、今はノートPC一台で世界を回るアーティストがたくさんいますよね。これからはさまざまな機能を一つにパッキングしたものをクルマに積んで出先でも楽しめるようにしたものが増えてくると考えています。その時、全体の空間を想像すると緩い雰囲気のクルマが似合う。プラドに乗って、一層そう感じるようになりました」

デジタル分野でさまざまなことに挑戦し、デジタルの発想で人々の行動に新たな可能性を探る。そんな望月さんがランドクルーザープラドというアナログ要素に満ちたクルマに乗りながら、“移動”という究極のアナログな行動にどんな変革をもたらすことを考えるのか。その答えを早く見てみたい。

(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人)

[ガズー編集部]

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