トヨタ 86でモータースポーツにチャレンジする大人たちの絆
2年以上前になるが、この『GAZOO愛車広場』で還暦を過ぎてからトヨタ 86でモータースポーツに挑む小野明則さんを紹介した。彼はインタビューの冒頭でこう話してくれた。
「僕には30年以上の付き合いになる親友がいて、2人の間には『どちらかが新しい遊びを始めたら、もう1人も絶対にやらなければならない』という決め事があってね。彼は今福岡に住んでいるんだけれど、3年前に『友達からレースに誘われた。だから小野ちゃんのクルマも用意したよ』と連絡が来て。すると本当にアウディTTクーペが陸送されてきたんですよ(笑)」
今回お会いしたのは、小野さんの話に出てきた“30年来の親友”である半田秀範さんだ。半田さんのことを一言で紹介するのは難しい。実業家、投資家、アーティストのプロデューサーなどさまざまな顔を持ち、国内はもとより海外も忙しく飛び回る。
モータースポーツの取り組み方も、ストイックに打ち込む小野さんに対し、半田さんはマイペース。人によっては「道楽でしょう」と感じるかもしれないが、話を聞いているとそれとも違う。
「僕は自由が大好きで、誰にも縛られたくない。人とつるむのが大嫌いなんですよ。10代の頃に『好きな時に好きなことをやる』と決めて、59歳の現在までそれを貫いてきました。それが『マイペース』と感じさせるのかもしれないね」
半田さんにとってモータースポーツは昔から身近にあるものだった。仕事で付き合いのある人がレースに参戦していたし、自身でチームのスポンサーになったこともある。
サーキットには頻繁に足を運んでいたが、自分もレースに出ようとは思わなかった。それどころか普段の移動も運転は運転手に任せ、自分でハンドルを握ることは滅多になかったそうだ。それなのになぜ突然モータースポーツを始めることになったのか。
「福岡アウディのトップセールスマンから、サーキット走行を楽しんでいる方を紹介されてね。彼の走りを見ていたら面白そうだなと思い僕も走ってみたくなって、その方からサーキット走行を教わりました。で、すぐに親友も巻き込んだのです(笑)」
これが冒頭で引用した部分につながる。
2人は走行会に参加してサーキットを走るようになるが、この時乗っていたマシンはブレーキが弱く、全開で数周走っただけでクールダウンさせなければならなかった。それをお世話になっていたチューナーに相談したら86を勧められた。
「86はブレーキの耐久性がいいのはもちろん、サーキット走行を始めたばかりの人が乗るのにちょうどいいマシンだと。そのアドバイスに従って、2人で86に乗り換えました。
86は絶対的なパワーがあるわけではないので、正直に言うと最初は『つまらないクルマだな』と感じました。それでも乗り続けていたら、挙動が素直で自分の技術がもろにタイムに現れるのが面白くなってきて。気づけば車検を通して、もう4年近く乗っています」
半田さんはアウディ TT RSやメルセデス・ベンツAMG A45などハイパワーな4WDモデルでもサーキット走行経験がある。これらに比べると86のパワーは小さいし、ていねいに走らないとすぐにスピンしてしまう。
だが限られたパワーを使い、マシンをコントロールしながら走るのはクルマ本来の楽しさがあると感じている。
「すぐできちゃうものって飽きるのも早い。思うようにならないからこそチャレンジしたくなるんですよ」
半田さんはサングラスの奥の目を細くしながら、楽しそうに話す。中でもチャレンジングなのがレインコンディション。経験が浅いドライバーだとマシンコントロールがシビアになるので嫌がるが、半田さんは劣悪な環境こそ走りがいがあると感じるそうだ。
86に夢中になった半田さんたちは『Jam Racing』というチームを結成し、耐久レースに出場するようになった。ちなみに2台の86にはサーキット走行に耐えられるように最低限のチューニングを施してあるが、完全にイコールコンディションにしているという。これはマシンの性能に影響されない形で親友と技術を競うためだ。
そんなモータースポーツの楽しみ方を伺っていて、ふと疑問が湧いた。半田さんは“人とつるむのが大嫌い”で、何にも縛られずに生きることをポリシーとしてきた。
だが現在の半田さんはモータースポーツを多くの仲間と楽しんでいる。モータースポーツをきっかけに自分の中で何かが変わったのだろうか。それを素直にぶつけると、半田さんはハッとした表情になりしばらく考え込んだ後、こう話しだした。
「僕は人とつるむのが大嫌いだけれど、もちろんこれまでも仕事では多くの人と関わってきたし、ずっと1人でいたわけではないです。ただ、そこには必ず利害関係があるので、仕事が終われば付き合いも終わります。
これまで関わってきた人には僕を友達と呼んでいる人もいると思いますが、僕の中では親友は小野さんただ1人です。でもモータースポーツを始めてから、初めてビジネス上の利害関係がない仲間ができたのかもしれないですね。それを言葉にするならまさに“チーム”。50代になって、ようやく僕にもチームができたのかな」
耐久レースでは半田さんが最終ドライバーを務めることが多い。仲間のドライバーたちが奮闘してトップを守りきったところで、最後にチェッカーフラッグを受けるという“おいしいところ”を任される。
「なんだか悪いな」と思いながらも精一杯走ってゴールする。そんな半田さんを仲間は笑顔で迎える。これも半田さんのキャラクターなのだろう。
だが、2023年は半田さんのモータースポーツへの取り組み方に変化が生じるかもしれない。というのも親友の小野さんが富士スピードウェイで開催される『86BRZ Challenge Cup』に参戦する予定だからだ。
「どちらかが新しい遊びを始めたら、もう1人も絶対にやらなければならない」。これは2人の間にある、守らなければならないルール。
耐久レースと違い、『86BRZ Challenge Cup』は1人のドライバーがスタートからゴールまで走り切るスプリントレースだ。これまでのように「最後のおいしいところだけ走る」というわけにはいかない。
「コロナ禍が収束してきて仕事で海外に出る機会が増えているので、僕の参戦はしばらく様子を見ようと思っています。もちろんこのことは小野さんにも話しています。小野さんは黙っているけれど『だめだよ、ルール違反だ』と言われたら、仕事を投げ打ってでもやるしかない。その覚悟はできています(笑)」
これまでの人生でいろいろな経験をして自分を形成してきたのに、新たに挑戦したくなることが目の前に現れる。しかもそれは長い時間をかけて築いてきたスタイルとはまったく異なる形でのチャレンジになる。
「50代っておもしろいですね」と半田さんに投げかけてみた。
「まさかこんな展開が待っているとは。本当におもしろいよね。僕も小野さんも年齢的には人生を折り返しているわけだし、モータースポーツは動ける自分たちへの挑戦だと思っています。
この挑戦は今までやってきたスポーツの中で1番ハード。しかもお金もないとスタートラインにすら立たせてもらえない。でもそこがこの歳になってからの挑戦に合っているとも思います。だってもしサーフィンにチャレンジしていたら、パドリングの段階で若い子たちに負けちゃうから(笑)」
モータースポーツは熟年期の自分と仲間たちを輝かせてくれるもの。そしてこれまでの人生を全力で走ってきたことへのご褒美でもある。半田さんは86で走る時間をこのように考えている。
まだどうなるかはわからないが、おそらく半田さんも2023年はスプリントレースという未知の世界に仲間たちとチャレンジすることになるはずだ。いつもポジティブに人生を楽しむ大人たちにエールを送りたい。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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