そして、トヨタ GRヤリスは私に「生きる力」を与えてくれた
クルマという機械製品が、「移動手段」という実益領域を超えた部分においてもさまざまな価値を発揮し得るプロダクトであることは、今さら言うまでもないだろう。
だが今回、トヨタ GRヤリスRSに乗る関口さんに話をお聞きしたことで、クルマという機械製品は「この険しい社会を生き抜くための個人的なエネルギー源」にもなり得るのだということを、恥ずかしながら筆者は初めて知った。
10年前に離婚した。若くして結婚し、結婚後はいわゆるパートタイマーとして少し働いていた程度の職歴だった関口さんが、いきなり2人の子どもを養う“大黒柱”に変身した。変身せざるを得なかった。
「幸いにして仕事の口はすぐ決まったのですが、職場は車通勤じゃないと通えない場所でした。でもないんですよ、クルマが」
ワーキングマザーになる直前まで家にあった普通車を、前夫から譲り受けた。しかしそれは、当時免許取り立てだった息子氏がソッコーで潰してしまった。それゆえ関口さんはお金をかき集め、通勤用に自分のクルマを購入した。だが当時の関口さんが買うことができたのは、総額30万円にも満たない中古の軽自動車だけだった。
「私はクルマに詳しいわけではないですし、ぜんぜん運転が上手いわけでもありません。でもクルマの“カタチ”とか“雰囲気”みたいなものは昔から大好きなんです。そういった意味で、前の夫が乗っていたいろいろなクルマは好きだったのですが……」
シングルマザーとなった彼女の眼前に現れたのは――その車種自体に非があるわけではないためモデル名は秘すが――言ってはなんだがきわめてボロい、華も個性もない、中古の地味な軽自動車だった。
「朝起きて、子どもたちに食事をさせて、『じゃあ会社行くぞ! しっかり稼ぐぞ!』と勢い込んで駐車場に行くのですが……そこにある中古の軽を見た瞬間に、盛り下がってしまうんですね。盛り下がるというか、もっと正確に言うと『不安になってしまう』というほうが近かったかもしれません」
就職先は決まったものの、未経験の新人ゆえ、いきなりそれなり以上のお金がもらえるわけでもない。
そしてゆくゆくは昇給していったとしても、自分ひとりの稼ぎで子どもたちを無事育てられるのか?
もしも自分が身体を壊してしまうなどしたら、果たして家族はどうなってしまうのか?
――等々のどうしても湧き上がってくる漠然とした不安感を、まさに実体として表現してしまっていたのが、毎朝見る、見るしかない、その中古軽自動車だったのだ。
幸いにして、ワーキングマザーとなった関口さんのワークは順調に推移し、1年後には中古軽自動車を“卒業”することができた。まずは新車のトヨタ アクアに乗り替え、それにモデリスタのパーツ類を装着して3年ほど乗った。
さらにその後は同じくトヨタのアクアGR SPORTに乗り替え、これにも4年ほど乗った。毎日の“気分”は、中古の軽に乗っていた頃とは「天と地ほどに違った」と、関口さんは言う。
「で、アクアGR SPORTはかなり気に入って乗っていたのですが、ディーラーの担当セールスさんに“ヤリスへの乗り替え”を提案されたんです」
ディーラーマン氏いわく、ローン残債と現時点のアクアGR SPORTの査定額から考えると、関口さんは新しいヤリスに乗り替えたほうがお得である。そしてどうやら関口さんはスポーティな意匠がお好きなようだから、ヤリスに「GR PARTS」を付けてお乗りになればいいじゃないですか――ということだったようだ。
だがあいにく、関口さんはヤリスの内外装デザインが好みではなかった。ディーラーマン氏は「GR PARTSを付ければいいじゃないですか」と言うが、それなら今のアクアGR SPORTに乗り続けるほうが、個人的には納得感がある――と思った。
「それで『う~ん……』みたいに悩んでいたのですが、そんなこんなで“GR”というものについて調べていた最中に、初めて知ったんですよ。『GRヤリス』という、まったくもって私好みのクルマがこの世に存在していることを」
いわゆる一般的なクルマ好き諸氏には驚愕をもって迎えられ、特に最高出力272psの1.6L直3直噴ターボエンジンに6速MTを組み合わせた「GRヤリス RZ」は広く知られるところとなったわけだが、関口さんは、そんなモデルの存在を露ほども知らなかった。
ましてやRZとRS(最高出力120psの1.5L直3NAエンジンにCVTを組み合わせたグレード)の違いなど、まったく知らなかった。
だが、そんなことはどうでも良かった。
このカタチ、この内装、そしてこの雰囲気こそが“私が好きな感じ”の超絶ど真ん中であり、これに乗る毎日であれば「生きる意欲」「働く意欲」のようなものは間違いなく爆上がりすると、直感的にわかったからだ。
そうして関口さんは2021年9月にトヨタ GRヤリス RSを注文し、1年後の2022年9月に、それは納車された。
272psの1.6Lターボを搭載する「RZ」や「RZ“ハイパフォーマンス”」ほどではないにせよ、関口さんにとって決して安い買い物ではなかった。だが、後悔はない。
「いや『後悔はない』どころか『いいことだらけ』ですよ! とにかく私にとっては『宇宙で一番カッコいい!』と思える内外装ですし、特に正面から見るカタチは最高すぎます。朝、会社へ行くために立体駐車場から出すときも、そして夜の9時とか10時ぐらいに帰ってきてクルマをしまうときも、『いや本当にカッコいいなぁ……』ってほれぼれしながら、いつまでも眺めちゃうんです(笑)」
そして関口さんはGRヤリス RSの造形に惚れ込んでいると同時に、「これを所有できている自分」にも、ある種の誇りを抱いている。
「10年前に離婚したときは人生どうなることやらと思いましたし、中古の軽で嫌々通勤していた頃は、自信みたいなものも完全に喪失していました。でも今はGRヤリスが、元気というか自信を与えてくれているんです。
……社会経験がほとんどなかった自分でも10年間しっかり仕事をして、社会というものに参加することができたし、今もできている。そして息子と娘も無事育てることができたし、身体も心も健康でいてくれる――という、私が生きてきた“証”みたいなものがすべてこのGRヤリスに詰まってるというか、表現してくれている……みたいに思うんですよね。
そういう意味でもこのクルマが大好きですし、存在してくれて、そして私のところに来てくれてありがとう! みたいな感じなんです」
人を動かす原動力は結局のところ炭水化物やビタミン、あるいは必須アミノ酸などの栄養素と水分であり、トヨタ GRヤリスというクルマの一番の魅力も、RZ系グレードだけが備えている272psのターボエンジンおよび6速MTである――と短絡的に考えていた筆者自身の無知蒙昧ぶりを、今は責めたい気持ちでいっぱいだ。
エンジンの最高出力やトランスミッションあるいは駆動方式の種別と“幸せ”との間に、さほど強い相関はないのだ。
(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也/編集=vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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