追求するのはオリジナリティ。湯沢で暮らす“遊びの達人”が作り上げた完全山仕様のハイエース
新潟県湯沢町の中にある陶芸工房。『南山焼』と書かれた入り口を入ると、一人の男性が黙々と土に向かっていた。
彼の名は佐久間洋さん。10代でスノーボードに出合い、20代前半からプロスノーボーダーとしての活動をスタートさせた。当時はマリーナが有名な神奈川県葉山町で暮らしながら、冬は東北エリア、夏は南半球を中心に活動していた。
そんな佐久間さんが湯沢町に移り住んだのは30歳の時だ。90年代後半からスノーボーダーの間では、ハーフパイプやキッカーなどのアイテムがあるスノーボードパークで遊びたいという声が上がりはじめた。
海外遠征でさまざまなパークを見てきた佐久間さんは彼らの欲求を叶えるためにパークを設計するディガーとしての活動をスタート。ガーラ湯沢のスノーボードパークなどをプロデュースした。
「パークを作った縁もあったので、ちょっと夏も湯沢に遊びに行ってみようかなと軽い気持ちで旅をしました。そうしたら豊かな湯沢の大自然に魅了されてしまって。それまでは海と山の両方を自分のライフスタイルに取り入れていましたが、湯沢に移住して完全に山シフトのスタイルに切り替えました」
20代はフォード エクスプローラーで全国のゲレンデを回っていたが、湯沢への移住をきっかけに海外のプロがスノーモービルを積んで遊んでいるのを見て憧れたフルサイズのダッジ ラムトラックに乗り替えた。道が狭い葉山では成し得なかった夢を湯沢で実現したのだ。
30代後半になった頃、佐久間さんには迷いが生じた。全国のゲレンデでパークを設計するディガーとしての活動と並行して競技生活も続けていたが、第一線で活躍するのは難しい年齢になってきた。これからどうやって生きていくかを考えていた時、佐久間さんの感性に引っかかったのがバックカントリーだった。
「パウダースノーというと北海道や長野県のイメージがある人も多いと思いますが、湯沢エリアも少し標高が高くなるとパウダー率が高くなります。バックカントリーは長年スノーボードと向き合ってきた私にとってものすごく刺激的な場所でした」
そして40代になった佐久間さんは雪崩やレスキューの資格を取得し、危険回避も含めて自然の楽しさを伝えるバックカントリーガイドとして活動するようになった。
並行してバックカントリー用のスノーボードやマウンテンウェアの開発、トレーラーの上に家を載せたタイニーハウスの設計も行った。自分が培った遊びの経験を多くの若い人たちに伝えたいという思いからだ。
この時期の愛車は復刻販売されたトヨタ ランドクルーザー70のピックアップ。ランクルにはヒッチメンバーをつけて、タイニーハウスやスノーモービルをけん引できるようにした。そのためにけん引免許も取得したという。その後、子どもが生まれたこともありトヨタ ハイエースに乗り替えたそうだ。
20代、30代、40代と、およそ10年ごとに大きな変化が訪れている佐久間さんの人生。その度にクルマの選び方も大きく変わってきた。現在53歳の佐久間さんだが、やはり50代を目前にした40代後半から変化が訪れた。それが陶芸だった。
「人里離れた山の中で暮らし、山と向き合う中で、五行思想への興味が湧くようになりました。自然とともにスローライフを楽しむ中で、自分のアンテナに引っかかってきたのでしょうね。木・火・土・金・水という5つのエレメントを自分のものにしたい。そんなことを漠然と考えていた時にこの工房を切り盛りしていた陶芸家と出会い、弟子入りさせていただきました」
師匠が亡くなられた後は佐久間さんが工房を受け継ぎ、陶芸教室の生徒さんたちに教えながら、修行に勤しんでいる。「佐久間さんのことは『陶芸家』と紹介すればいいですか?」と訪ねたら首を大きく横に振り、「まだ師匠の足元にも及ばない私をそう呼ぶのは止めてください。『陶芸教室の先生』くらいにしておいてください」と笑う。
そんな佐久間さんの現在の愛車は200系ハイエース。といってもこれはランクルの後に購入したものではなく、数年前に新たに購入したものだ。
「最初に乗ったのは1型でした。気づいたら走行距離が30万kmを超えて足回りなどにガタが出てきちゃったのでね。それなら今の自分の感性に合うものを表現し直そうと思って4型のディーゼルに買い替えました。約19万km走ったものを手に入れて現在は20万kmを超えていますが、絶好調ですよ」
現在の感性で表現したというハイエースは、圧巻の出来だ。カスタムのコンセプトは“ミルスペック”。山、川、海と、新潟の大自然の中でいろいろと遊んできた佐久間さんが、これからの人生でその楽しさをさらに引き出してもらえるようなハイエースを作り上げた。
トルクフルなディーゼル+4WDという組み合わせは雪深い新潟でも安心して乗れる。そこにマッドテレーンタイヤを履かせて、どんな場所でも恐れずに進んでいけるようにした。
エクステリアは丸目のライトでネオクラシックなイメージに。これがグレーにオールペンしたボディによく似合う。AピラーやBピラーのリベットは、実は打ち込んでいるのではなく100均で見つけたダミーリベットをボディと同色に塗装して貼り付けてあるという。
さらに驚くのがインテリア。ルーフにウッドを貼り、ソファベッドとテーブルを設置。昨今のキャンピングカーや車中泊仕様車を考えれば珍しい装備ではないが、これらはなんと佐久間さん自らが設計図を引き、付き合いのある建具屋さんに特注で作ってもらったものだ。これには40代でタイニーハウスを設計した経験が役立った。
「既製のものだとカスタムカーも安く手に入れることはできますが、万人に向けているので自分の使い方と微妙に合わない部分があって気持ち悪い。だとしたら自分の使い方にハマるものを作ってしまったほうがストレスなく楽しめます。建具屋の友達からは呆れられていますよ。『佐久間はいつも突拍子もない事を言ってくる』ってね。でもおもしろがって手伝ってくれます」
キャンパー仕様のハイエースはサイドガラスに板を埋め込んでプライバシーを確保するスタイルが主流。佐久間さんは「ただ隠すだけじゃおもしろくない」と棚を作ってラジコンをディスプレイして、アメリカントイのようなイメージに仕上げている。
大型のルーフキャリアにはバックドアにつけたラダーを使って上がることができる。ここは子どもと一緒に夏の花火を楽しむ特等席だ。そして佐久間さんがもう一つこだわったのは、快適性を高めたスーパーGLではなくDXを選んだこと。
「DXはフロントのシートが3人がけになります。私は家族3人で横一列に座ってドライブするのが夢でした。まだ子どもが小さいうちにそれを叶えようと思って」
2台のハイエースを乗り継ぎ、それぞれ自分の感性を表現するカスタムを施した佐久間さん。ハイエースの魅力は“素材としてのおもしろさ”にあると感じている。
「快適性を考えたらいわゆるミニバンのほうが何倍もいいけれど、ミニバンはさまざまな機能が盛り込まれたことで隙がないのですよね。一方でハイエースはシンプルな箱型のバンでデザインに余白があるから、その時々の自分に合わせて変化させられるのがおもしろい。視界が高くて運転しやすいのも山で暮らしていく上では重要です」
自分自身がスノーボードを本気で楽しみ、その姿に憧れる人に向けてさまざまな遊びを提案してきた佐久間さん。時代の先駆者として常に先頭を走ってきた人が、50代になって陶芸という“伝統”を感じるものに打ち込んでいるのは、なんとも不思議な巡り合わせだ。
「これまでずっとアクティブに動いてきたから、逆に精神を集中させる“静”を極めたくなったのかな。まだ歴史が浅いスノーボードと違い、陶芸は多くの先人が打ち込んできたもの。脈々と受け継がれた伝統がありますが、それだけじゃおもしろくないですよね。私は伝統を受け継ぎつつ、自分で解釈してアレンジしたものを次の世代に伝えていきたいと思っています。オリジナルじゃないと佐久間洋じゃないですから。スノーボードもクルマも、常にユニークでありたい。それは陶芸でも変わりません」
オリジナルを追求してこそ意味がある。なるほど。そう言われると、自分の感性で作り上げたハイエースはまさにオリジナルだ。
現在は完成形にたどり着いたというが、今後佐久間さんの山での暮らし方に変化が訪れたら新たなオリジナリティを表現し、ガラッと姿を変えるのかもしれない。それができるのもハイエースならではの楽しみ方だ。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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