20代フォトグラファーの感性に刺さったトヨタ クラウンエステートは、憧れと実用性を兼ね備えた相棒
今回の取材当日はあいにくの雨。夕方まで雨が止む気配がなく、オーナーであるフォトグラファーの小塚大樹さんと「まいりましたねえ」と話したが、雨に濡れるクラウンエステートはしっとりとした雰囲気で、とても艶っぽく見えた。
トヨタ クラウンエステートは11代目クラウン(170系)に設定されたステーションワゴンで、1999年12月にデビュー。2007年まで生産された。クラウンエステートが登場した頃、小塚さんはまだ幼稚園にすら入園してない年齢だ。SUVが全盛の中で、小塚さんがなぜ20年以上前のステーションワゴンを手に入れたのか。理由は小塚さんとクルマの関わりを紐解くことで見えてくる。
小塚さんがクルマに惹かれるようになったのは英国車好きだった父親の影響が大きい。ただ、高校生までは英国車よりもトヨタ スープラなど国産スポーツカーやセダンに興味を持っていたという。まだ小さかったときは父にミニカーをたくさん買ってもらったり、祖父に新聞に挟まっているクルマの折り込み広告を取っておいてもらったりしていたそうだ。
「高3の時に父にクラシックカーのジムカーナ大会に誘われて、トライアンフの助手席に乗って会場に出かけました。そこにトヨタ 2000GTが来ていて、ひと目見て『なんてキレイなクルマなんだ』と惚れ込んでしまいました。すると急に父親のトライアンフもカッコよく見えて(笑)。そこからクラシックカーに興味を持つようになりました」
18歳になって運転免許を取得したとき、父が「ミニなら買ってあげてもいいぞ」と言った。もちろんそれはBMWミニではなくクラシックミニのことだ。旧車好きになっていた小塚さんは迷わずその話に飛びついた。そして父が長く付き合っている静岡県の浜松にある英国車専門店で1994年式のミニ1.3iを購入。
免許を取得していきなり旧車のMT車に乗るようになったことが、その後の小塚さんの人生を決定づけたといっても過言ではない。小塚さんはますますクルマにのめり込み、クルマを被写体とするプロのフォトグラファーになったのだから。
プロとして活動するようになり、小塚さんはミニにたくさんの機材を積み込んで現場に向かった。ミニはトランク内にガソリンタンクとバッテリーがあるため、そこに機材を積むのははばかられる。だから後部座席にカメラバッグやストロボ、PC用のモニターなどを積み込んでいた。機材が多いときは助手席のシートバックも倒して荷物を積む。そんな状態で現場にやってくる若いフォトグラファーを見て、ベテランの編集者やライターはさぞ頼もしかったはずだ。
小塚さんはレースの撮影もするようになり、ミニで富士スピードウェイなどに足を運んだ。そしてミニで撮影現場に行くことの限界を感じるようになる。
「都内から富士スピードウェイまでは片道100kmちょっとあるので、さすがに疲れてしまうこと。クルマ自体の調子はいいのですが、とはいえ古いクルマなのでもし途中でトラブルが発生して仕事に穴を開けたらマズいなと思うようになったんです。それで仕事用にもう1台クルマを手に入れることにしました」
乗るならSUVよりも車高が低いステーションワゴンのほうが好み。最初は現行型のカローラツーリングを考えた。でも流麗なボディラインのものよりもっとワゴンっぽい四角いスタイルのものに乗りたいと思ったそうだ。
「僕はJDM(アメリカで流行した日本車のカスタマイズ)の世界観が好きで、本当はスープラやチェイサーに乗りたかったんですよね。でもその辺は仕事用のクルマにするのは難しいし、何より中古車相場が高騰していてとてもじゃないけれど買える値段ではない。そんなときに友人から『(チェイサーツアラーVと同じ)1JZ-GTEを積んだクラウンのワゴンがあるらしいぞ』と教えてもらいました。」
憧れのチェイサーと同じエンジンを積んだワゴンがある。その事実に俄然興味が湧き、小塚さんはクラウンエステートのアスリートVの中古車を探し始めた。すると2週間ほどで個人売買の出物が見つかった。
走行距離は21万kmとかなり走り込んでいたものの、前オーナーは継続して乗るつもりだったようで、ベルト類・シール類・ウォーターポンプ・ラジエーター・タービンなどがリフレッシュされていた。車高はかなり下げられていたが、小塚さんは「まずはノーマルの状態を知ろう」とオークションサイトで純正パーツを探し、友人の整備士に手伝ってもらいながら足回りを元の状態に戻したそうだ。
こうして1年ほど前からミニとクラウンエステートという2台体制のクルマ生活を楽しんでいる。
ここでひとつ疑問が湧いた。小塚さんが2台目のクルマを探すきっかけは、ミニだと仕事の移動にリスクがあると感じたから。それなのに20年以上前のモデルで走行距離が軽く20万kmを超えている中古車だとリスク回避にならない気がするのだが……。
「もちろん僕も心配だったので、乗り出す際に予防整備を念入りにやってもらいました。それもあって購入から2万kmほど走りましたが好調です。やっぱり日本車は違いますね」
国産スポーツカーへの憧れがあったが仕事では使いづらいので、ある意味妥協して手に入れたクラウンエステート。しかし乗ってみるとミニとは全然違う乗り味が楽しくて、すっかり気に入ってしまった。
「パワーのあるエンジンなので踏めばすごい加速を味わえますが、むしろゆっくり流しているのが気持ちいい。だから長距離移動に最高のクルマです。逆に首都高速環状線のようなタイトコーナーが連続する道だと車重があって振られたりするのでちょっと怖いと思うこともあります。今は足回りをノーマルに戻したので、少し下げてもいいのかなと感じています」
クラウンはトヨタの高級車ブランドで、当たり前だがミニに比べるとかなり大きい。しかし日本の道路事情に合わせて設計されていて、この世代だと全幅は1765mmに抑えられている。だから都内の細い道でも案外走りやすいところが気に入っている。
もちろんラゲッジスペースも広大。ミニだと車内が機材で埋め尽くされてしまうが、クラウンエステートなら機材を余裕で積むことができる。しかもリアシートのシートバックを倒せば小塚さんが余裕で横になることができるスペースが出現する。年に何度か動画撮影を行っている友人と仕事が一緒になることがあり、そのときはクラウンエステートに機材を満載にして現場に向かうそうだ。
スープラやチェイサーに憧れたが、思わぬ形でクラウンエステートと出会い、優雅な時間を楽しんでいる。ミニで現場にやって来る姿を見ていた編集者やライターも、クラウンエステートを見て「懐かしいやつを選んだね、いいね!」と相変わらずの笑顔だ。
「日本車だとメーカーを問わず、僕は90年代から2000年代初頭くらいまでのものが好きですね。80年代まで行ってしまうとちょっとボディが直線的になりすぎてピンとこないというか。でも一番好きなのは1948年にデビューしたジャガー XK120。いつか所有してみたい憧れのクルマです」
憧れで古い英国車が挙がるのは、クラシックな英国車を愛した父親の影響なのは間違いない。トライアンフのTR3Aは今でも実家にあるというので、きっと将来は小塚さんが父親の思いを受け継いでいくはずだ。
「初めての愛車であるミニはキビキビとした走りが楽しいし、いろいろな思い出が詰まっているので手放すつもりはありません。クラウンエステートも気に入っていて、40万km、50万kmと乗り続けたい。どうも僕はクルマを手に入れたら手放せなくなるタイプのようです。だから欲しいクルマが現れたら増車し続けるしかないですね(笑)」
さすがに永久に愛車を増やし続けることは難しいかもしれない。でも免許を取得してから手に入れたクルマを「絶対に手放したくない」と感じ、実際に2台とも所有しているのはとても幸せなこと。英国のコンパクトカーと日本のプレミアムなステーションワゴン。性格がまったく違う相棒たちを末永く楽しんでほしい。
【X】
小塚 大樹
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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