28年50万キロ、AE86はドライブから引っ越しまで、いつも共に走ってる相棒

  • GAZOO愛車出張取材会で取材した1985年式トヨタ・スプリンタートレノ GTアペックス(AE86)

    1985年式トヨタ・スプリンタートレノ GTアペックス(AE86)

1台のクルマに長年乗り続けていると『クルマにも心があるのでは?』と感じることが意外と多かったりする。「それまでトラブルなく走っていたのに、手放す直前に調子が悪くなった」なんて話は耳にしたり実際に体験したりしたことがあるオーナーもいるのではないだろうか。
そして逆に、大切に乗り続けていると愛車がオーナーを気遣ってくれたのでは!?ということもある。細見さんが28年前から所有し続けているハチロク、1985年式トヨタスプリンタートレノ GTアペックス(AE86)も、そんなクルマの意思を感じずにはいられないエピソードを持つ大切な相棒なのである。

  • GAZOO愛車出張取材会で取材した1985年式トヨタ・スプリンタートレノ GTアペックス(AE86)

このハチロクを手に入れたのは今から20数年前のこと。それまでも後期型トレノ(2ドアGT)や後期型レビン(GT)を乗り継いでいたが、ラリーやジムカーナに参戦するための相棒として、競技レギュレーションに合わせてシャレたカスタマイズなども一切なしで乗っていたという。
そして、競技でガンガン走らせ続けて相当なダメージが蓄積していたため、乗り換えを考えていたタイミングで出会ったのが現在の愛車だ。

「このハチロクは友人の叔父である某有名漫画家さんのプロダクションが、新車から社有車として所有していたワンオーナーの極上フルノーマル車でした。とにかくコンディションが良くて、限界まで使い込んだクルマからの乗り換えだったこともあって『ハチロクってこんなにいいクルマだったんだ』って改めて感じたんです。だから変に改造しちゃうのではなく、車高調やホイールなんかを入れてちょっといじって乗りたいなって考えたんですよ」

これまで競技で散々走らせてきたハチロクだけに、その楽しさはじゅうぶん体感済み。しかも一時期NAロードスターを所有してみたものの、やはりハチロクのドライビングフィールには敵わず再びハチロクに戻ってきてしまったというから、ハチロクに対する愛情も人一倍強いといえるだろう。
そして、競技でハチロクを酷使してきた経験から、どんな扱い方を繰り返していると壊れてしまうかも熟知しているため、ツボをおさえたメンテナンスも心得ている。

「ハチロクに搭載されている4A-GEは本当によくできたエンジンで、メンテナンスをしっかりしながら普通に使っていれば壊れることはまずないんです。このエンジンは40万キロ走行したあたりで圧縮が落ちてきたので、1度オーバーホールはしていますが、大きなトラブルといったらそれくらいですね」

外観も後期純正フロントリップなど基本的にはノーマル状態をキープしている。特に注目は純正オプションで設定されていたスポーツパッケージ専用品のフェンダーモール。今ではこのパーツが残っているハチロクはまず見かけない、マニア垂涎のお宝がそのまま残されているのである。

唯一の変更点は当時大人気を集めたアドバンレーシング・ONIをセットしていること。1980〜1990年代ネオクラシックカー同様にこういった当時の定番パーツも人気が上昇していて、このホイールに関しては復活版が発売されるほどニーズが高いという。
流行に左右されることなく人気を誇る定番スタイルは、オーナーにとっても長く乗り続けても飽きがこない絶妙なコーディネートと言えるだろう。

  • GAZOO愛車出張取材会で取材した1985年式トヨタ・スプリンタートレノ GTアペックス(AE86)

ハンドリングを楽しむクルマということもあり、運転席はレカロ製バケットシートでノーマルよりもホールド性を高めつつ、ステアリングはナルディ製に変更し、ロングタイプのボスを使用してポジションもバッチリ合わせている。この辺りのセッティングはこれまで乗り継いだハチロクからパーツを移植するなど、経験に基づいた仕様に変更しているというわけだ。

ミッションはハチロクの軽快さと4A-GEを操る楽しさを満喫できる5MTで、シフトノブは手に馴染むTRD製の革巻きタイプに変更。

内装は年式なりの使い込まれた感はあるものの、リアシートからサイドパネルなどが全て残された貴重なノーマル状態。一時期は底値で取引されていたこともあるハチロクだけに、内装パーツなどを捨て去ってサーキットマシンになってしまったものも多いため、純正の内装がしっかりと残っている車体は意外と少ないのだ。

平日は仕事のため乗る機会はほとんどないものの、毎週末にドライブを楽しむことで年間1万キロ以上を走行しているという細見さん。ラリーなどの競技を引退してからは釣りにドップリとはまっていた時期もあり、釣りスポットにもこのハチロクで通っていたという。
「館山に釣り専用のワンルームを借りて週末釣り三昧していた時期もあったんですが、趣味だけの部屋だったので引っ越しのコストをかけたくなくて、荷物は自分で数回に分けてこのハチロクで運んだんです。ハッチバックなのでリアシートを倒してフロントシートをずらせば、ギリギリですが冷蔵庫や洗濯機などの白物家電も運ぶことができました」
ハチロクに対する愛情は人一倍強くても、磨き込んで飾って眺めるのではなく、普段のドライブから引っ越しまであらゆるシーンでフル活用するのが細見さんのスタンスというわけだ。

「手に入れてから何をするにもこのハチロク1台で賄ってきたので、もちろんトラブルもいろいろあります。いちばんはお正月に初日の出を見にいったときに対向車のハチロクと正面衝突したことかな(笑)。他にも走行中にバッテリーが突然終わってしまったり、いきなりドライブシャフトが折れたりね。でも、そのいずれも路側帯など2次的なトラブルが発生しない安全なところまで動いてくれて、その度に『ハチロクががんばってくれているんだ』って気持ちになりましたね。長く使っている物には神様が宿るなんて言い伝えもありますが、このハチロクにはきっと神様が宿っているんですよ」
日本には付喪神(つくもがみ)という伝承もあるくらい、ひとつのモノを大切に使い続ける文化がある。かつて『クルマは10年、10万キロが買い替えの目安』と言われていたものだが、現在では好きなクルマなら修理やメンテナンスをしながら長く乗るというユーザーも増えてきているので、細見さんのような体験をするオーナーも増え続けていくかもしれない。

撮影時のオドメーターは50万キロまで残すところ400キロ程度という状態だったが、後日には50万キロを達成したと写真付きでご報告もいただいた。今後も乗り続けながら月と地球の往復76万8800キロ走破を目指しているのだという。つまり、現在は月にたどり着いて帰路についたあたりといったところか。

  • 走行距離50kmを超えた 1985年式トヨタ・スプリンタートレノ GTアペックス(AE86)

「10代の頃から変わってないんですが、人生は楽しく過ごすというのが座右の銘なんです。その楽しみのひとつがクルマであって、ハチロクは自分の人生に欠かせないパートナーなのです。だからこのハチロクに何かが宿っているなら、それはいろんな意味で楽しさがさらに膨らむじゃないですか。さすがに100年は無理だとしても、ハチロクがカンベンしてって言って、物理的に動かなくなるまでは乗り続けますよ!」

これまで経験したトラブルでは自身のケガもなく、ハチロクも問題なく復帰できている。それはハチロクがまだまだ走りたがっているという証拠だと語る細見さん。
所有して28年、走行距離は50万キロ。ハチロクと細見さんの間には目には見えない絆が生まれているのは確実だろう。

取材協力:大磯ロングビーチ(神奈川県中郡大磯町国府本郷546)

(⽂: 渡辺大輔 撮影: 中村レオ )
「GAZOO編集部」