鉄道会社勤務の29才オーナーがAE86カローラレビンにハマった意外な理由
乗り物や機械に関わるお仕事をしている方にはクルマ好きが多いと聞いたことがあったが、どうやら本当だったらしい。というのも、今回取材させていただいた東京都在住の『まるけい』さん(29才)は、鉄道会社勤務でクルマを趣味としているAE86オーナーさん。しかも、そのまわりにもクルマ好きがたくさんいて、まるけいさんのカーライフにさまざまな影響を与えてきたのだという。
「僕はもともと鉄道が好きで、高校は鉄道学校に入ったんですが、その頃まではクルマにまったく興味がなかったんです。でも、卒業して鉄道会社に就職した頃に同級生たちがマニュアルのスポーツカーに乗りはじめて、ドライブに連れて行ってくれたんです。なかなか厳しい職場だったのでドライブが気分転換になったこともあって、それをキッカケにクルマが好きになりました」
ちなみに当時、同級生たちが乗っていたのはシルビアやインプレッサ、ランサーエボリューションなど平成初期のスポーツカーたちで、彼らの世代からするとちょっと古めのクルマだったという。
そして、周りの影響を受けつつ、まるけいさんが21才の頃に初めて購入したのが三菱のコルトラリーアートバージョンR。
「その頃ちょうど車掌になって収入も増えたのではじめての愛車を買いました。本当はランエボが欲しかったんですけど『スピードが出そうで危ないし、初心者にしては値段が高い』と親から反対されまして…。それに、コルトなら実家の駐車場に停めることができるけれど、ランエボは駐車場を借りないといけなかったという事情もあります」
ちなみにこのコルトは8年経った現在もまだ所有しているそうだ。
そしてこの当時のまるけいさんが一番興味を持っていた車種はランエボであり、AE86は “有名なクルマだよね”という程度の認識で、さほど関心はなかったという。
しかし、当時の職場にいた2才年上の先輩が熱心なAE86ファンのオーナーさんだったことから、徐々に興味を抱くようになっていったという。
「その先輩は、ハチロクを7台乗り継いで1年以上も乗り続けていたんです。彼からハチロクの話をいろいろと聞いていたし、何度か助手席に乗せてもらったこともありました。それでもまだ『ずいぶん熱狂的な人もいるのだなー』くらいの認識でしたが」
そんなまるけいさんのカーライフに転機が訪れたのは2年前、別の鉄道会社に転職したことがキッカケだったという。
「お給料は変わらずとも自由になる時間がすごく増えたので、せっかくならもう1台追加してDIYでクルマを修理したりイジったりを勉強したいなと思い、その対象としてハチロクが欲しいと思うようになりました」
しかし、今一歩踏み出せないまるけいさん。そんな彼の背中を後押ししたのが、5年前から交際していて取材の1週間前に入籍したばかりという奥様だったという。
「前からよく『ランサーエボリューションっていうクルマが欲しかったけど買えなかった』という話をしていたのですが、ハチロクが欲しいという話をした時に『買わなかったら一生ブーブー言うでしょ。私も少しお金を出すから乗ってみれば』と言ってくれたんですよ。彼女はクルマにまったく興味がなかったにもかかわらず、です」
こうして奥様のサポートもありハチロクの購入を決意したまるけいさん。
「都営バスから鉄道会社に異動してきたクルマ好きな同僚に『大体このくらいの値段でハチロクが欲しいんですよ』と話をしたらオークションで探し出してくれて、その個体について前職場のハチロク乗りの先輩に相談したら『記録簿も全部残っていていろいろオプションも付いているからこれは当たりだろう』って太鼓判を押してくれたんです。妻からも許可をもらえたのでそのハチロクを購入しました」
こうして手に入れたのが1984年式のトヨタ・カローラレビンGT-V(AE86)だ。
「購入してすぐ自動車工場にメンテナンスを依頼したのですが、ほとんど苦労せずに整備が完了したみたいです。というのもこのクルマはワンオーナーで、エアコンやラジエター、オルタネーターといった経年劣化によるトラブルが心配される部分はしっかり整備されていたようなんです。タイミングベルトは購入後に交換しましたが、乗り始めてからも大きな故障はないですね。歴史を感じさせる古いクルマなのに…トヨタってほんとすごいなって思います」
こうして購入してから現在まで2年間、ハチロクに乗り続けてきたというまるけいさんだが、ここで興味深いお話が。実はこのハチロクに乗る以前はクルマの運転自体があまり好きではなかったのだというのだ。
「電車って前を走る車両も後ろの車両もプロが運転しているし、どんな動きをするか、場合によっては誰が運転しているのかまでわかるんです。けれど、クルマはいろんな人が運転しているじゃないですか。運転技術のレベルもさまざまだし、ルールを守らない人もいて疲れちゃって…(苦笑)」
しかし、このクルマに乗るようになってからは運転が楽しくなってきたそうで、転職してからは電車の運転をしない業務で時間にも気持ちにも余裕が出てきたこともあって運転する時間が増えてきたという。
ちなみに、まるけいさんがこのハチロクの運転が楽しいと感じるようになったのには、電車を運転するお仕事ならではの少し変わった理由もあるそうだ。
「実はハチロクって、自分が1番運転しやすかった電車とちょっと似ているんですよ。その電車もハチロクと同年代の1984年式の車両で、加速は遅いんですけどブレーキがすごいよく効くのが特徴だったんですよね」
そう、まるけいさんがハチロクにハマり運転が好きになった理由のひとつが『好きだった電車とよく似ていたから』なのだ。電車の運転などしたことのない筆者からすると想像もつかないが、電車にも車両による特性があり、それをクルマの運転と結びつけて考えることは電車の運転手である彼にとっては自然なことだったのだろう。
そんなまるけいさんに、愛車の見た目で1番好きなところも伺ってみた。
「顔、ですかね。なんというか正面から見るとただものじゃないというか、乗ってハンドルを握っていると、やる気にさせてくれるというか“できそうな感じ”がしてくるんですよ。理屈じゃなく感覚なんですけど。コルトには申し訳ないんですけど、コルトにはあんまりそいう感じがしなくて…ハチロクは違うなって気にさせてくれます。それから、コルトに比べると都心の狭い道での切り返しは結構ツラいんですけど、走っている間は逆にコルトよりハンドルが軽いので、それも楽でいい部分だなって思います」
さらに愛車のトランクを見せていただくと、右側には段ボール箱に入ったパーツ類、左側には牽引ロープや三角提示表示板、さらに2人分のオレンジビブスなど緊急時に使うための道具がズラリ。
「ボディの腐食が気になるところがあるので、そのうちレストアしたいと考えているんです。ダンボール類にはドライブシャフトにキャリパーやナックルアーム、それにミッションの予備パーツなどが入っていて、レストアの時にいっしょに交換をお願いしようと思っています。それ以外は古いクルマに乗っているので高速道路などで止まってしまったときのことを考えての備えですね」
まさに夢と現実が同居したトランクルームとなっているわけだが、もうひとつトランクルームから出てきて気になったのが、この『練習中』プレート。
「これは妻がこのクルマでオートマ限定解除の練習時に使っていたものです。妻にはこのハチロクを買ったのを機にマニュアル免許を取ってもらったんです。この重ステのクルマもちゃんと運転できるし、センスはある気がしているんですよね。コルトもマニュアル車だし、これから子供も生まれてクルマの運転は何かと必要になるので…」
こういった場合、どちらかをATのミニバンなどに買い換えるひとも少なくないと思うが、マニュアル車2台体制にして奥様も限定解除してまでマニュアル車に乗るというのは、とても羨ましいお話ではないだろうか。
また、このハチロクは現在の職場でもプラスに働いているのだとか。
「社内での話題作りにすごくいいんですよ。社内にはクルマ好きな方も多いですし、愛車の話になって『FFとFRに乗っている』と答えると『FRは何?』と聞かれて『ハチロクです』と答えると、幅広い年代からいい反応をいただけるんです。特に40年前の20代~30代の方から(笑)。困った時もクルマの話でなんとかごまかせることもあったりして、いいコミュニケーションになりますよね」
クルマ好きからすれば今も昔も話題に事欠かないハチロク。社内の若手がそんな愛車に乗っていたら、クルマ好きな先輩が可愛がりたくなるのも当然だろう。
「もう、これから楽しみしかないですね。子供も生まれてくるし、ハチロクもキレイにレストアして乗り続けたいです。まあボディの腐食があるのでいくらかかるかわからないし、レストアもいつになるのかわかりませんが(苦笑)。でも今の状態だったら楽しみながら乗って『ぶつけちゃった。しょうがないねぇ』みたいな感じで気楽に乗り続けられるかなって。本当に楽しみです」
そう楽しそうに微笑むまるけいさんがとても印象的だった。
取材の後日、まるけいさんから素敵なお話を伺った。なんと前オーナーさんに手紙を出し、返信をいただいたのだという。
「ハチロクを購入したころから迷っていたけど、思い切って手紙を出してみたら返信をいただいたので本当に嬉しかったです。前オーナーさんは関東の方でしたが、このハチロクで九州や大阪などいろいろドライブしていたみたいですね」
クルマの状態から前オーナーが30年以上大切に乗ってきたことがわかるからこそ、その想いを実際に聞き、それを引き継いで楽しく大切に乗り続けたい…そんな考えが彼を動かしたのだろう。
好きな電車と同じ運転特性を感じさせ、クルマの運転の楽しさを教えてくれたハチロクは、これからも彼の夢を広げる大切な相棒であり続けるに違いない。
取材協力:トヨタ東京自動車大学校(東京都八王子市館町2193)
(⽂: 西本尚恵 撮影: 中村レオ)
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