『一度はオープンカーに』と手に入れたMR-Sが『一生乗っていたい』に変わる魅惑とは



長いモデルサイクルの中では、特別なイベントや周年記念に附随した限定車が設定されることがある。その多くは特別なボディカラーや装備品の充実など、標準車とは違った魅力を引き出すアレンジに留まることが多い。
そして、極稀にではあるがスタイリングを大幅に変更し、標準車とはまったく別の印象を纏うカスタマイズが施された限定モデルも存在している。
AGUさんが所有するこのTMI VM180ザガートもまた、そんなスタイリングを大幅に変更した希少な限定モデルである。

モデル名にもあるザガートとは、フェラーリやアルファロメオなど様々な自動車メーカーのデザインを担当した実績をもつイタリアのカロッツェリア。イタリアに本社を構えてはいるが、日本人デザイナーを擁することで日本メーカーとの繋がりも強く、VM180ザガート以前にも日産・レパードをベースとしたオーテック・ザガートステルビオや、初代スズキ・エスクードを使用したザガート・ビターラなどを手がけていたこともあるほどだ。

ベースとして使用されるのは、1999年から2007年までトヨタが製造・販売していたMR-S。ミッドシップレイアウトのオープンカーとして、ライトウエイトスポーツを待ち望んだ層から話題を呼んだモデルでもある。そして、そんなMR-Sの車体を使い、モデリスタが前述のザガートとタッグを組んで製造したコンプリートカーがVM180ザガートである。
ちなみに、VM180にはザガートとは別にTRDが100台限定で販売したコンプリートカーのVM180 TRDも存在する。こちらは通常のMR-SをTRDがファインチューンし、走行性能を高めているのが特徴だ。

そんな日×伊合作の希少車を手にいれたAGUさん。当初はMR-Sに惚れ込んで、ずっと乗り続けたい1台として1000台限定のファイナルバージョンを所有していたという。

「人生で1度はオープンカーに乗ろうと思い、気になっていたMR-Sを28歳で購入したんです。はじめは通常のSエディションを購入して6年乗っていたんですが、不慮の事故で廃車になってしまい…。でもMR-Sが気に入りすぎていたので、続けてVエディションのファイナルバージョンを購入しました。でも所有していると色々な情報を集めるようになりますよね。そんな時にモデリスタ限定のカセルタの存在を知りました。スタイリングが大幅に変更されていて、通常モデルよりも魅力的に見えたうえ、販売しているお店も見つけちゃったんです。これは買うしかないでしょと思い契約を済ませたのですが、直前になってSMT(シーケンシャルミッション)トラブルが発覚し流れてしまいました。落ち込んでいましたが、その翌日に会社の先輩から売りに出ているザガートを紹介されたのが出会いですね」

カセルタもモデリスタがMR-Sをベースにカスタムしたコンプリートカーで、モデリスタが創立3周年を記念して150台限定で販売された希少車だ。ザガート同様にヘッドライトからボディパネルに至るまで、スタイリングを大幅に変更するカスタマイズが施されている。同じMR-Sでも乗り換えによるステップアップとして考えると、標準車ではなく限定コンプリートに目移りするというのも納得できる。

こうしてザガートとの出会いを果たしたAGUさん。ウェブサイトを見たその場で電話をして購入の意思を伝えると、翌日には販売店のある神奈川県まで足を伸ばしていたという。そのまま契約を済ませ、翌週にはそのステアリングを握って乗って帰ってきてしまったというから、その行動力には驚かされる。

「カセルタを手に入れられなかったのは残念でしたが、ザガートは100台限定のためカセルタよりも希少なクルマなんですよね。しかも、その中でもさらに希少なMT車で、実走行5000kmでガレージ保管という経歴は、このタイミングを逃したら二度と出会うことができないと思ったんですよ」

ザガートはその特徴的なルックスが話題となっているが、実はエンジンにも手を加えられている。標準車では140psの最高出力は、トヨタテクノクラフトによる排気系チューンによって155psまでパワーアップ。また、補強バーや足まわりなども専用チューニングが施され走行性能が高められている。そのため、MR-S以上のハンドリングマシンへと、その性格をブラッシュアップしているのだ。カセルタはエンジン等がノーマルだったことを考えると、ザガートの方が走りも楽しめるだけに満足感が高いのは間違いないだろう。

もちろん、ザガートを選んだ最大の魅力はそのスタイリング。低く構えたフロントノーズや、立ち上がったフロントフェンダー、さらにヘッドライトは3眼レイアウトで構成され、ひと目見ただけではMR-Sだと気づかないほど。というのも、Aピラーやガラス、ドアミラーを除いたすべてのデザインが一新され、既存のトヨタ車とは大きく異なるフォルムを採用。イタリアンスーパースポーツと同様の、ラテン系エッセンスが随所に込められているというわけだ。

フロント周りだけでなく、サイドやリヤの印象もMR-Sの面影は一切なく、むしろSFに登場する乗り物に近い雰囲気を醸し出している。こういったデザインのひとつひとつをとっても、MR-Sを愛するAGUさんにとっては特別な1台と呼べるわけだ。

「大切に乗り続けていこうと考えてはいますが、このザガートも一度事故にあってしまって。その時はビーナスラインを走っていたところ、横から鹿が飛び出してきて、左フェンダーが大破してしまったんです。幸いなことにヘッドライトなどのレンズ類には損傷がなかったので、無事に復活させられました。しかし、もしレンズ類が損傷した場合は、部品がいつ出てくるかわからないのは、これからも乗り続けていくことを考えると不安材料ですね」

そんな不安があると、今後の補修を考えて部品を集めてしまうのはクルマ好きの性。しかしAGUさんはコツコツ中古パーツを揃えるのではなく、部品取り車を丸ごと購入することを決意。特徴的な外装パーツに対する不安を取り払い、乗り続けるための最善策を見つけてしまったのだ。
「一昨年にザガートを中古車店で見つけたんです。車体のコンディションは悪く、走行距離も14万キロほど走っていたため、ずっと売れていなかったようだったので交渉してみました。すると幸運にも手に入れることができ、100台限定のうち2台を所有することになりました」

もっとも機関系や内装などの細かいパーツはMR-Sと共通のため、今のところは部品供給に心配はない。また、海外市場でもMR2ロードスターとして販売された車体のため、現状で長く乗り続けるための不安は外装部品だけであった。その点を部品取り車でクリアできたことで、安心感を高めることに成功したのである。

ちなみに、内装に関してはザガートの標準とは異なり、ステアリングやシートをファイナルバージョン用の赤で統一している。ボディカラーとマッチさせるインテリアコーディネートは、AGUさんだけのスペシャルパッケージというわけだ。なお、部品取り車の内装はラグジュアリーバーションのレザー仕様となるため、いざとなったらこちらのインテリアを総移植することも可能なのだとか。

通常は幌またはハードトップという選択ながら、AGUさんのザガートにはロードスター風のトノカバー(ロードスターパネル)が装着されている。これによってより軽快なオープン2シーターの印象を強めている。また、合わせるロールバーは業者に作ってもらったワンオフ品。本来ならロードスターパネルとは併用できないが、併せて使えるように形状を合わせたというこだわりの逸品だ。

「ザガートもMR-Sもオープンカーというのが自分にとって重要なキャラクターです。だからこそオープンで乗ることを考えたデザインが重要になります。その点でこのロードスターパネルはスタイリングを完成させる要と言えますし、次いでロールバーも安全性と雰囲気を作る肝になる。同時に装着できなければ意味がないので、専門業者に依頼して作ってもらいました」

ボディカラーに合わせた赤内装は、ダッシュマットなどをDIYで製作。そのほか、細かい部分のカバーもはじめての手縫いで製作し、カラーコーディネートを行なっている。また、溶接で作るVM180ザガートのオーナメントなど、友人によるハンドメイドのアクセサリーも加えられているのも愛情の表れというわけだ。

以前のオーナーが装着したというトランクリッドのキャリアには、アクセサリーとして革製のトランクを搭載。このトランクには友人がデザインしたステッカーを貼りながら、ザガートとともにドライブした思い出や、これからの夢などを詰め込んでいくのだという。年月とともにエイジングされる革製を選んでいるのは、過ごした時間を刻む指標とも言えるだろう。

「お気に入りのビーナスラインをはじめ、長野県にはドライブを楽しめるスポットが無数にあります。そんなスポットを辿りながら、購入してから3ヶ月で8000kmも走って、気づいたらクルマ好きになっていましたよ。その後は年に3000kmほどまでペースを落としましたが、それでもオドメーターは3万6000kmを過ぎたくらい。このペースならコンディションを維持したまま一生乗り続けていけるかな」

運転席に座っている感覚は、大好きなMR-Sそのもの。しかし街中で不意にショーウインドウに映る姿を見るとザガート。この満足感はAGUさんにとってはかけがえのないものとなり、もはや『このクルマでなければダメ』と言い切れるほど体に馴染んでしまっている。

“限定車”という希少性は手に入れる時のきっかけに過ぎない。市場価値での希少性はもちろんあるが、何よりも自分にとってかけがえのない1台として存在するザガートは、人生のパートナーとも言える存在なのである。

(文: 渡辺大輔 / 撮影: 平野 陽)

※許可を得て取材を行っています
取材場所:南長野運動公園(長野オリンピックスタジアム)(長野県長野市篠ノ井東福寺320)

[GAZOO編集部]

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