“九州のミスターデボネア”が過ごしてきた初代デボネアとの半世紀

  • GAZOO愛車取材会の会場である稲佐山公園で取材した三菱・初代デボネア

    三菱・初代デボネア

1964年の発売開始時から22年、ほぼそのままの外観デザインで生産を終えた1986年まで生き抜いたことから、クルマ好きの間では親しみと敬意を込めて“シーラカンス”と呼ばれている三菱の初代デボネア
このクルマを愛し、3台の個体を乗り継ぎながら50年以上もの時間を共に歩んできたのが長崎県在住のオーナーさん。デボネアを選んだ理由はスタイルでも装備でもなく“乗車定員”という意外なものだった。

「高校を卒業後、長崎の三菱重工に就職しました。その関係もあって、マイカーとして選んできたのは、基本的にはミニカF4やコルトなどの三菱車。ところが、結婚して子供が増えたことから、どうしても家族6人が乗れるクルマが必要になりました。コルトには5人しか乗れないので、最初はコラムATのクラウンにしようかと思いましたが、立場上そういうワケにもいかず、どうしたものかと悩んでいた時に、三菱にも同じコラム式ATのデボネアがあることを思い出したんです。これならば家族6人で乗れると、地元の中古車屋さんをまわって、予算にあった初期のA30型を購入しました」

こうして6人乗りの三菱車という、必然的な条件から始まったデボネアとのカーライフ。一見大柄に思える車体ではあるが、その最小回転半径は5.3mと同世代のクラウンの5.5mを凌ぐもので、狭い道が多い長崎でもその恩恵は大きかった。直列6気筒エンジンのスムーズフィーリングや、高速走行時の安定性など、クルマを運転することの楽しさも学ばせてもらったという。
そんなデボネアに乗り続けていると、次第にその唯一無二とも言えるキャラクターの魅力に引き込まれて行ったと語るオーナーさん。しかし数年後、購入当初から気になっていた車体まわりのサビが徐々に深刻化していったことから、2台目のデボネアへと乗り換えた。

ところが今度は極めて短期で手放す事態に。

「乗り出して間も無い時期に調子が悪くなってエンジンの修理をお願いした際、シリンダーブロックを留めるボルトを無理やり斜めに打ち込んでしまったようで、ブロックが破損したんです。代わりの部品を探して再度直してもらったものの、ブロックの密閉性が不安でした。とりあえずは一旦クルマを引き取って、その販売店に別のデボネアを探してくれるようにお願いしたんです」

オーナーさんの三菱重工時代の担当部署は『プラントエンジニア』であった。各地に火力発電所を開設するまでの基本計画の作成や設計、既存の発電所の稼働状況の調査など、精度や緻密さといった点でも一切の妥協が許されない、研ぎ澄まされた神経が要求される部署だった。そういった環境育ちだったこともあり、中途半端に整備されたクルマを受け入れることはできなかった、と振り返ってくれた。

そんな紆余曲折を経たのちにやって来た3台目が、現在の愛車となる1975年式のデボネア(A31-KU型)である。搭載されているエンジンは、OHVからOHCへと変更された“サターン6”。グレードはパワーシートやトランク内の冷蔵庫などが装備された最上位機種となった。

外観で目を引くのが細身のフィンデザインのアルミホイール。デボネアはスチールホイール+ホイールキャップの組み合わせが標準。アルミホイールの設定自体が無かったことから、好みでブリヂストン製の『マンハッタン』を装着したいと考えた。
しかし、マンハッタンを購入するために当時のブリヂストンタイヤ長崎支店を訪ねたところ、すでに販売終了となっていたことが判明。
「それでも何とか探してほしいと頼み込んだところ、しばらくしてあっちで一本、こっちで一本といった具合に、全国からバラバラといった感じで見つかりました。こちらの無理を聞いて下さったお店側の親切な対応に今でも感謝しています。ホワイトリボンのタイヤも私のこだわりなんです。クラシカルで似合っているでしょ? (笑)」

フェンダーミラーは、純正の状態では手動式となるが、後継となるデボネア(A32型)用の電動式を移植し、利便性を向上させるなど、グレードアップを図っている。

オーナーさんによると、この年式のデボネアはブラックの内装が標準で、他のオプションカラーは設定されていなかったはずという。ところが、前オーナーの特別オーダーによるものなのか、この個体は購入時から上品なライトブラウンカラーになっていたという。

購入時2万kmだったオドメーターは現在12万km。車齢的には間もなく製造から50年目を迎えようとしているが、コンディションは至って良好。これはオーナーさん自身の手によって行なわれてきた、日頃からのメンテナンスの積み重ねによるものといっていいだろう。
それを裏付けるのが、取材時に持参して下さったデボネアの整備解説書の数々だ。
なんでも自宅近くにあるデボネア専用のガレージには、2.5トン対応の2柱式リフトやコンプレッサー、溶接機など、プロ並みの機器がドッサリ。これまで集めて来た中古パーツも大切に保管し、部品取り用のデボネアも数台所有しているという。
「以前の場所が手狭になったので、ガレージを引っ越ししました。ウェザーストリップとか消耗品関係もほとんどの物が揃っています。所有している部品を組み合わせれば、デボネアが3台くらい作れます」

同じ車格のクラウンやセドリック/グロリアと比較すると、デボネアは圧倒的に流通台数が少なく、その多くが法人需要。個人での所有となると台数はさらに限られることもあってか、オーナー間での交流は盛んに行なわれており、1997年には三菱自動車本社の岡崎工場で三菱デボネアオーナーズクラブ(MDOC)が発足。Tシャツやオーナー名入りのノベルティグッズも作られている。2000年頃の名簿を拝見したところ登録されているのは69台で、オーナーさんの名前は32番目に記されていた。

「年月の経過と共に、様々な事情でデボネアを手放される方もいらっしゃって、クラブメンバーの中でも現役で所有しているのは九州では3〜4名くらい。旧車イベントに出て来られる方も少なくなったので、私のクルマが余計に目立つようになりました。何やらオーナーさん達の間では“九州のミスターデボネア”なんて呼ばれているみたいです」

乗り始めたきっかけは“家族6人が乗れるクルマ”という必要に迫られた少々味気ないものだったが、いつしか人生の相棒として欠かせない存在にまでなったデボネア。
ちなみに後年のデボネアは、1986年発売の2代目、1992年発売の3代目とフルモデルチェンジが行なわれてきたが、そんな後継モデルへの興味を尋ねたところ『無いですね』とキッパリ。

「どちらも駆動方式がFFだし、搭載されるエンジンがV型に変わっています。技術的な部分では遥かに新しいものになっているかも知れませんが、私としての高級車は直列エンジンで駆動方式もFRが理想。そして、やっぱりこの角張ったカタチが“らしい”と思いますね」

そう言葉を残し、運転席に颯爽と乗り込むその姿は85歳という年齢を忘れさせるほど。ミスターと呼ぶに相応しい凛々しさに溢れていた。

(文: 高橋陽介 / 撮影: 平野 陽)

●許可を得て取材を行っています
●取材場所:稲佐山公園(長崎県長崎市大浜町)
[GAZOO編集部]