美しい姿を保ち37年間を共に過ごしてきたAE86との日々
漫画『頭文字D』の影響も強く、何年経っても人気が衰えないトヨタの名車、スプリンタートレノ(AE86)。とは言え、発売されていたのは1983年から1987年までと約40年も前の旧車。今現在、現役であってもAE86の多くはボディの腐食が進み、この先長く所有し続けるためには外装のレストアが必要になっているというケースも多いだろう。
そんな中、購入してから37年間、普段乗りをしながらも当時の塗装のまま美しい状態を維持し続けているオーナーが『あかくま』さんだ。
あかくまさんの愛車、1985年式のスプリンタートレノGT APEX(AE86)は、30万kmを走っているとは思えないほど綺麗な状態。きっと手間もお金もかけてしっかりレストアして大切に保管しているのだろうなと思ったが、お話を伺ってみると塗装は当時のままで、停めているのもシャッター付きのガーレジなどではなく、雨や太陽光にもさらされるカーポートの屋根下だと聞いて心底驚いた。
あかくまさんにとって初めての愛車は、10代の頃に購入したマツダ・サバンナRX-7。しかしこのサバンナは5万円で買った事故車で、まっすぐ走らないレベルだったのだとか。
「僕が走っている後続を、友人に走って見てもらったら『斜めに走っているよ』と言われてびっくり。そして、その5日後に山道を走ったらいきなり足を挫いたようになって大きく挙動が乱れ、コロンとひっくり返って廃車に…。それで『やっぱり事故車はダメなんだな』と、お金を貯めて程度の良いクルマを買うことにしたんです」
そんなあかくまさんのハートを鷲掴みにしたのは、その頃に発売されたトヨタ・スプリンタートレノ(AE86)であった。
「昔、近所で初代セリカリフトバックが停まっているのを見て、カッコ良いなと思ったのがキッカケでハッチバックのスタイルが好きになりました。また、スーパーカーブームでリトラクタブルライトのカウンタックに憧れを持っていたんですよね。そのふたつの“好き”を併せ持ったこのトレノが発売されたときには、サイズ的にもちょうどいいし、丸くてカッコ良いなと思いました。そして、売り込み広告やクルマ雑誌などを集め出して、こりゃ頑張って買わなアカンな、と」
その後、中古車店で候補としてレビンとトレノを4台用意してもらい、値段の高いものから2台をセレクト。その中で『やっぱりトレノの赤黒だ』と、このクルマを購入したそうだ。
「買ったのはちょうど20歳の頃で、走行距離2万kmの中古車でした。このクルマは他の3台と比べると程度が良く、フルスモークだったこと以外はほぼノーマルでしたね。で、実はその後、前オーナーだった女性の方に街中で突然声をかけられたことがありました。ドアのAピラーと接する部分に傷があって、そこのタッチペン痕で気づいたみたいです(笑)。彼女によると、その他テールレンズの真下のタッチペン以外はほぼなにもしていないとのことでした」
偶然にも前オーナーと巡り合ったことで、この個体の素性が判明したことは、あかくまさんにとってひとつの安心材料となった。
AE86と言えばカスタムパーツが豊富で、チューニングやドレスアップを楽しむ手段もたくさんあるが、あかくまさんのトレノはシートとマフラー、ホイールを変更した程度のプチカスタム仕様である。それにはちょっとユニークな理由があった。
「当時ウチの前に住んでいたおばさんが凄くうるさくて、ボンネットを開けてメンテナンスしているだけでも『改造している』とか言って、警察に通報してしまったんです…(苦笑)。そういう事をされるのも面倒だし、もう何もしないでおこうかなって。で、その人がどこかに転居されてから、シートやマフラー、ホイールを交換したんですよ」
そんな住まい環境だったこともあり、カスタム意欲の出鼻をくじかれてしまったワケだ。しかし結果的には長い期間、ほぼノーマルで過ごしてきたことで、現在でもキープされている“程度の良さ”に、一役買ってくれていたのかもしれない!?
「その他、現時点でのカスタムは、車高調サスに、LEDヘッドライト、ステアリングとペダルプレート、それに水温計を追加したといった感じですね。ホイールは当時流行っていたブリヂストンのものが気に入っていて、買ってからずっと履き続けています。それと買った当時から装着されていた泥除けは『TRUENO』の文字が消えてしまっていたので、その為だけにプロッターを買って、カッティングシートを切って貼ったんですよ。それと、お気に入りのポイントであるリトラクタブルヘッドライトなんですが、HIDだとリトラを上げ下げする振動で切れてしまうのではないかと思って、LEDタイプに交換しました」
インテリアのカスタマイズで目を引くのが、高尚なレザー張りのレカロ製リクライニングバケットシートだろう。
「実は14、5年前、走っている時に純正シートの座面の底がズボっと落ちてしまったんです。当時は母親がいて『革のシートに乗りたい』と、これを買わされました(苦笑)」
とにかく美しい外装を保っているあかくまさんのトレノ。前述の通りオリジナル塗装のままにも関わらず、大きな傷はもちろん、塗装の剥がれやサビ、腐食なども見当たらない。また、モール類もフロントの窓枠を交換した以外は当時のままだという。そこで気になるお手入れ方法だが『本当にそれだけ?』と疑いたくなるほどシンプルなものであった。
「クルマのコンディションを保つために工夫していることは、乗った後は一般的な洗車はせずに、ギュッと絞ったタオルで拭き取ること。もし砂や埃を被っていたら、ボロボロのバスタオルでサーっとやってから、タオルで拭き取るんです。クルマを買って最初の1年だけはワックス掛けもしていたんですが、その後はこの拭き取りを欠かさず繰り返してきました」
『拭き取り』だけで、これほどまでに綺麗な外装を保てることに驚かされたが、実際にこの極上コンディションを目の当たりにすると脱帽するしかない。
しかし、一度だけフェンダーの下の部分に穴が空いたことがあったそうで「なんかプクプク膨れ出したなと思って、何かな? と思って触ったら、ズボッといきなり穴が空いてしまって…。そこは整備工場で直してもらいました」とのこと。
あまりにも綺麗な状態のため、逆にこういったエピソードを伺えると、なんだかホッとしてしまうほどだ。
ちなみに現在、クルマのメンテナンスは、AE86を熟知している岐阜の整備工場にお願いしているという。
「最初の10年くらいは近くのトヨタのディーラーにお願いしていたんですけど、AE86を分かる人間がいなくなってきたと言われて、行きつけのガソリンスタンドの人から腕の良いお爺ちゃんのお店を紹介してもらって安心していました。けれど、10年くらい前に『目が見えなくなってきてね~』ということで、別のお店を紹介してもらい、現在はすべてそちらでお願いしています。奈良市内からは約2時間かかるんですけど、私の口コミもあってか、大阪エリアのAE86オーナーがたくさんそのお店に行くようになったみたいで『旧車ばかりになってしもうた』って嘆いています(笑)」
ちなみに、エンジンはそのお店で3年前に1度オーバーホールをしているそうだが、そのエピソードも興味深い。
「イベントに向かう途中で、4番シリンダーの圧縮がなくなってしまったんです。で、お店に寄って預けて帰ったんですけど、その1週間後にお店の方に『セリカのイベントがあるから行きましょう』と言われて。でも当然『自分のクルマはないけど』と言ったら『いいから』って言われてお店に行ったんです。そうしたらお店にあった別のエンジンが代わりに載せられていたんですよ。そんな借り物エンジンで3年くらい乗っていて、3年前くらいにコロナ禍でお店が暇になったタイミングで、元のエンジンをオーバーホールしてくれました(笑)」
そう笑顔で語ってくれたあかくまさん。ショップさんとの深い信頼関係を築いているところも、グッドコンディションを保つ上で大切なことなのだろう。
そんな彼には、愛車を通して知り合った仲間が年齢を問わずに沢山いて、積極的に交流を持って楽しんでいるそうだ。
「10年前に母親が他界するまでは、介護が忙しくてAE86に乗る機会があまりとれていなかったんです。けれど、1人になってからはオフ会やイベントに行くようになりましたね。そのうちに知り合いが知り合いを呼んで、仲間がドサッと増えました。同年代でカリーナやクラウン、セリカのオーナーさんも多いんですが、中には20代の方もいるんですよ。今ではそんな皆さんと泊りがけで、あちこちのイベントに行ったりしているんです。それが本当に楽しくて!」
そして愛車を運転する時には、“TRUENO"のロゴをオーダー刺繍した赤い革グローブを着けるのがあかくまさんの流儀。赤黒のボディカラーとマッチしてとてもよく似合っている。さらにイベント参加の時に羽織るのが、1980~90年代にWRCで活躍したトヨタ・チーム・ヨーロッパ(TTE)のオフィシャルジャンパー。当時のセリカの大ファンなのだそうだ。
「これまで乗り換えようと思ったことは、まったくないです。もし、他に好きなクルマができたら増車を考えていたんですけど、実際はそんなことは一度もありませんでしたね。エンジンの音とガソリン臭さが好きなので、電動のクルマには興味がありませんので」
37年間、ただこの1台をひたすら乗り続けているあかくまさんのスプリンタートレノに対する愛情はとても深い。それは購入を検討していた当時のチラシですらしっかりファイリングして保管しているところからも、推し量ることができる。
「あと20万km乗って『走行距離50万km』が今の目標ですね」
そう話す彼の表情はとても楽しそうだった。あかくまさんは、きっとこれからも愛機スプリンタートレノに畏敬の念を抱き続けながら、丁寧にボディを拭き上げ、そして走行距離50万kmを目指し乗り続けるに違いない。
(文: 西本尚恵 / 撮影: 清水良太郎)
※許可を得て取材を行っています
取材場所:平城京朱雀門ひろば(奈良県奈良市二条大路南4-6-1)
[GAZOO編集部]
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