生きのいいスポーツカー 初代トヨタMR2・・・懐かしの名車をプレイバック
優れた走行性能を得るべく、重量のあるエンジンをキャビンとリアアクスルの間にレイアウトするMR車。そのスペシャルな駆動方式のスポーツカーというものを多くの人に体験させてくれたのが、1984年に登場した初代「トヨタMR2」だった。
それは衝撃とともにやってきた
1984年という年は、やけにクッキリと心に刻まれている。トヨタMR2が発売された年だからだ。だって僕──とほぼ同年代のほとんどのクルマ好き──にとって、MR2の発売はちょっとばかり衝撃的な出来事だったのだ。ミドシップレイアウト、ウエッジシェイプ、そしてリトラクタブルヘッドランプ。1970年代半ばのスーパーカーブームでこってり洗礼を受けちゃった元スーパーカー少年にとって、それらは無視することのできないキーワード。ランボルギーニのようにドアが天に向かって開かなくても、フェラーリのように最高速300km/hオーバーで威張れなくても、やっぱり心は引きつけられる。価格は最も高価なグレードでもアンダー250万円。憧れに憧れたスーパーカーには手が届かなくても、これならなんとかなるんじゃないか? そんな夢を抱くことだってできた。
実際のところ、MR2は“スーパーカー”にはほど遠かった。いうなれば、スーパーカーブームよりはるか前の1973年から存在していた「フィアット/ベルトーネX1/9」や、MR2の前年に発売された「ポンティアック・フィエロ」のようなクルマ。馬力やスピードに依存しないスポーツカーの魅力は今でこそ──「ユーノス・ロードスター」のおかげで──広く知られているが、当時は1970年代の排ガス規制の影響で骨抜きにされたスポーツ系エンジンが徐々に復活を遂げつつあったタイミング。ハイパワー&ハイスピードへの関心は今以上に大きかった。なので、クチの悪いヤツらはMR2を“なんちゃってスーパーカー”だなんてやゆしたりもしたけれど、いやいや、とんでもない。MR2の主力モデルには、その前年に登場したAE86型「カローラレビン/スプリンタートレノ」に搭載されて高い評価を得たトヨタの最新型“ツインカム”エンジン、4A-GEU──より正確には横置きなので4A-GELU──が積まれていて、生きのいいスポーツカーに仕上がっていたのだ。
夢を与えてくれた一台
MR2の基本はX1/9やフィエロと同じようなつくりで、80型カローラ/スプリンターのパワートレインをそのまま後ろへと持ってくることでミドシップレイアウトを構成。1.6リッターDOHC 16バルブの4A-Gユニットは、当時のグロス値で最高出力130PS/6600rpmと最大トルク15.2kgf・m/5200rpmを発生した。もうひとつ、エントリーグレードとして1.5リッターSOHC 8バルブの3A-LUユニットを積んだモデルもあって、そちらは83PS/5600rpmに12.0kgf・m/3600rpmという凡庸ともいえる数値。けれど車重はアンダー1tの920kgと、4A-G搭載車の1020kgと比べて100kgも軽かった。
それらパワートレインのみならず、ストラット式サスペンションや駆動系などをはじめ、カローラ/スプリンターから流用できるものは流用し、コストを可能な限り抑えたつくりとされていたが、いかにもミドシップらしいシルエットを見せる車体はもちろんのこと、インテリアの大部分もMR2の専用品。同じ4A-Gを積むレビン/トレノより100万円近く高価だったが、それでも僕のような若造が夢を見ることのできる価格で販売されていたのは、素晴らしいことだったと思う。
けれど、当時の僕は、夢を見ただけで終わってしまった。MR2が発売された年、僕はちょうどハタチの学生で、バイトをしたところで自分の軽自動車を転がすのが精いっぱい。とてもじゃないけれど手を出せるはずもない。裕福な家に育った後輩が免許を取った祝いにMR2を買ってもらい、周囲の羨望(せんぼう)のまなざしを気にしながらも喜々として走り回ってるのを横目で眺めるしかなかった。少し前にやっぱり坊ちゃん育ちの先輩がX1/9を買ってもらっていて、気前のいい先輩は僕たちにもステアリングを握らせてくれたのだけれど、そのとき感じた「コーナリングの際に自分を中心に世界が回転するような不思議な感覚」から、MR2の走りを想像したりするのがいいところだった。前後して別の先輩の「コルベットC3」に乗らせてもらったりしたこともあって、その頃から僕の目は少しずつ輸入車に向いていったのだけれど、MR2はずっと気持ちのなかのどこかに居座り続けていたような覚えがある。
パワーユニットごとに個性が光る
後に僕は、初代MR2のすべてのグレードのステアリングを握る機会に恵まれることになる。
印象的だったのは、最も凡庸に思えてまったく期待していなかった1.5リッターモデルが、意外や楽しかったことだ。スピードのうえではX1/9と同様に速くはなかったが、ずいぶんと軽やかで気持ちよかったのだ。けれど最も気に入ったのは、やはり4A-G搭載モデルだった。期待どおりの鋭い加速感。ツインカムのサウンドとレスポンスのよさ。4000rpmあたりからのパワーの盛り上がりとストレスのない俊敏な回り方。小柄で軽い車体を元気よく走らせるには十分にパワフルで、“ああ、俺は今、スポーツカーを走らせてるんだ”という感覚が強烈に湧き出してきたものだった。
途中で追加されたスーパーチャージャー付きの4A-GZEユニット搭載モデルも走らせている。ネット値で最高出力145PS/6400rpmに最大トルク19.0kgf・m/4400rpmと──同じくネット値では120PSと14.5kgf・mとなる自然吸気の4A-Gと比べて──パワーもトルクも大幅に増大しているモデルだ。スーパーチャージャーの特性もあって、どこから踏んでいっても瞬時にトルクが立ち上がり、数値以上に速さが増している感覚があった。スピードの面で言うなら、これがダントツだ。ただ楽しさの面からみるなら、ピックアップの鋭さと高回転域での伸び感のある自然吸気の4A-Gのほうが僕の好みには合っていた。
いまこそ復活してほしい
それに軽くて小さな車体にも、このエンジン、4A-Gユニットが最もマッチしてるように思えたものだった。MR2のコーナリングはX1/9ほど「自分が軸になっている」感覚は強くなかったし、曲がり方もしなやかではなかったけれど、いわゆるフツーのクルマと比べたらステアリングを切った瞬間の鼻先の反応は鋭いし、それほど蛇角を入れなくてもスパスパとよく曲がる。気持ちいい。と、旋回性がかなりよかったことに喜んだ記憶がよみがえってくる。
どのMR2も、言われているほどトリッキーには感じられなかったけれど、前述の後輩などはスピンしてクラッシュしちゃったくらいだから、ドライビング次第では難しい反応を示すところもあるのかもしれない。それを考えると、スーパーチャージドのMR2は、いかに足腰に手が入っているとはいえ、簡単に“難しい速度域”に入ってしまいそう。エンジンと車体のバランスが最も良好に感じられて、クルマと得られるスピード域の釣り合いが一番とれているように感じられた自然吸気の4A-G搭載車が、僕のなかでのベストMR2かな……。
そんなふうに追憶に浸っていたら、なんだか初代MR2のようなバランスを持つミドシップのスポーツカーが欲しい気分になってきてしまった。トヨタはここ10年ぐらいで、ドライバーが自然に楽しい気分になれる気持ちのいいクルマを立て続けにリリースするメーカーへと変貌した。時を隔てたMR2の後継をつくってくれたらいいのにな。今度はもしかしたら手を出せるかもしれないのだから……という思いが、スポーツカーがビジネスとして成立しにくいことを承知しているくせに、頭の中に湧いてくる。クルマ好きにつける薬なんて、やっぱりどこにもないのだな……。
(文=嶋田智之)
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