世界を打ち破った伝説の“怪物” R32型日産スカイラインGT-R・・・懐かしの名車をプレイバック
ヨーロッパのクルマが席巻していた1980年代の日本のレースシーン。そこに突如として現れたのが、R32型「日産スカイラインGT-R」だ。レースでの勝利を目的につくられた日産の高性能スポーツモデルは、瞬く間にサーキットからライバルを駆逐してしまった。
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海外勢の後塵を拝していた日本のスポーツカー
私がモータースポーツ担当として自動車雑誌の編集部に潜り込むことに成功したのは、1990年11月1日のこと。そのちょうど10日後に開催された「国際ツーリングカー耐久レース インターTEC」で、事件は起きた。
国際ツーリングカー耐久レース インターTECとは、当時「グループA」規定で競われていた全日本ツーリングカー選手権の1戦である。1985年に始まったグループAは、メーカー間の過剰な開発競争を抑えるため、外観やメカニズムをできるだけ量産車に近づけることを目指したモータースポーツの車両規則だ。言い換えれば、量産車が本来持っているポテンシャルがレース結果を左右するレギュレーションだったことになる。もっとも、何ごとにも抜け道が残されているのがモータースポーツの世界というもので、一定台数の特別仕様車をメーカーが生産すれば、その改良点をレーシングカーに反映することも認められていた。
グループA規定は早速、1985年初開催の全日本ツーリングカー選手権に採り入れられることになるのだが、小排気量クラスでは「トヨタ・カローラレビン」(AE86)や「ホンダ・シビック」(3代目)などが主役を張れても、大排気量クラスでは「BMWハルトゲ635CSi」が連戦連勝。翌年はR30型「日産スカイラインRSターボ」がシリーズチャンピオンを勝ち取ったものの、国際格式で開催される耐久レースのインターTECだけは外国勢に歯が立たず、1985年と1986年は「ボルボ240」が2連覇、1987年以降は「フォード・シエラ コスワース」が3連覇を果たし、日本勢を絶望のふちに追い詰めたのである。
しかし、1990年のインターTECで様相は一変した。
3位以下を周回遅れにして圧勝
この年、全日本ツーリングカー選手権でデビューを果たしたR32型 日産スカイラインGT-Rは、シリーズ最終戦にあたるインターTECにも星野一義/鈴木利男組の「カルソニック・スカイライン」、それに長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン組の「リーボック・スカイライン」の2台がエントリー。予選で並みいるシエラ勢におよそ3秒差をつけてフロントローを独占すると、決勝でも3番手以下を周回遅れにして1-2フィニッシュを達成し、雪辱を果たしたのだ。
それ以前にも、信頼性の高さや燃費のよさで日本車が輸入車に勝ることはあった。しかし、純粋な力と力のぶつかり合いであるモータースポーツの世界で、日本の量産車が頂点に君臨したのは、これが初めてだったはず。その意味では、R32の誕生はまさに時代の転換点だったといっていいだろう。
すべてはレースで勝つために
そもそも「レースに勝つことを目指して開発された日本車」という点において、R32 GT-Rは画期的な存在だった。
元日産自動車の伊藤修令氏は、スカイラインの生みの親である櫻井眞一郎氏から開発主管の重責を引き継ぐと、R32 GT-Rの開発を指揮。レースにおいてライバルに打ち勝つには最高出力525PS以上が必要とはじき出したところ、日産のモータースポーツ活動を統括するNISMOからは「500PS以上なら4WDが必須」と指摘を受けた。そこで電子制御式4WD「ATTESA(アテーサ)E-TS」の採用を決めたほか、エンジンの強大なパワーを的確に路面へと伝達するために、それまでの前:ストラット式、後ろ:セミトレーリング式のサスペンションを前後マルチリンク式に一新した……と、伊藤氏は株式会社三栄刊の『レーシングオン』450号の取材で語っている。
2011年に発売された同誌で、私は星野一義氏をインタビューしていた。「四駆って聞いて、最初は笑っちゃったよ。ラリーじゃないんだからさ」。“日本一速い男”は、私に笑顔でそう語った。「でも、取りあえず乗ってみたら、ブースト上げて600PSちょっと出ていたのに、クリップから踏んでいってもパワースライドしない。ちょっとアンダーステアが出たけれど、いや、これはすごいなと思った」。これこそ、その後に続くR32 GT-Rの、快進撃の始まりだったのである。
GT-Rが示した“世界に勝つ”という姿勢
日産がR32 GT-Rを送り出した背景には、当時、同社が取り組んでいた「901運動」が深く関わっていた。「1990年代までに技術世界一を目指す」ことを標榜(ひょうぼう)したこの活動により、日産は、先述のアテーサE-TSやマルチリンクリンクサスペンションなどの要素技術を、次々と開発。R32だけでなくP10型「プリメーラ」なども生み出し、速さに加えて走りの質感でも世界トップクラスの評価を得るようになった。
なるほど、901運動に潤沢な開発費を投じることができたのは、当時の日本がバブル景気に沸いていたからとも説明できる。しかしこの頃、日本の自動車産業界は「世界に追い付け、追い越せ」という強い気概で満ちていた。当時の自動車雑誌がこの手の企画であふれていたことからもそうした機運は知れるが、果たして現在はどうだろう?
バブルがはじけて以降、日本経済は「失われた30年」と言われる低迷期に入るが、われわれに欠けているのは「世界に負けないモノづくり」に対する強い思いではないのか。いや、「世界のトップに立つ」という意思でモノづくりに取り組んでいる日本人が少なからずいることは知っているが、何とはなしに生ぬるい風潮がまん延している今の日本の姿は、30年前の私には予想もできなかったものだ。
R32 GT-Rの大活躍を振り返りながら、私はそんな思いを拭いきれずにいる。
(文=大谷達也)
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