歴代オーナーの意思を受け継ぎ、ラストオーナーを自認する愛車。1987年式 日産 ローレル V20ターボメダリスト(C32型)
愛車を複数台所有しているオーナーの多くは、「普段使い」と「趣味用」あるいは「実用」と「保存用」といった役割を持たせて乗り分けていることが多い。
しかし、あえて同じクルマの「2台体制」という選択もある。クルマにとって、動かさないことは最大の劣化原因になり得る。パッと見は新車同様であったとしても、ゴム類は硬化し、ガソリンは時間とともに劣化する。動かすことで守られるコンディションがある。同じクルマを交替で乗れば、常に好きなクルマに乗りながら、車両の維持も走行距離も抑えることができ、理にかなっているといえるだろう。
それは、2台はどちらも「実用車」であり「趣味車」でもある。好きなクルマがすべての、潔いカーライフといえるかもしれない。すべての人に勧められるスタイルではないが、生活環境がマッチすれば成立する。
今回は、そんな同型のクルマ2台とともにカーライフを送るオーナーを紹介したい。オーナーの原体験に深く結びつき、少年時代の夢を叶えたまさに「人生を変えた1台」を維持しつつ、同車種をもう1台所有するという2台体制をとっている。そんなオーナーと愛車が歩んできた道のりを紐解いていく。
「このクルマは、1987年式の日産 ローレル V20ターボメダリスト(C32型/以下、ローレル)です。もともとは農業用倉庫で13年間眠っていた個体でしたが、前オーナーが月に一度エンジンをかけたり、丁寧に洗車したりと大切に保管されていたそうです。ボディカラーはホワイトベージュツートン。私が手に入れたときには約4万1000キロでした。現在の走行距離は約9万5000キロです」
日産 ローレルは、ブルーバードとセドリックの間を埋めるミドルクラスの上級セダンとして、1968年にデビュー。2003年までの35年間、シリーズ8代にわたって生産された。パーソナル感と高級感を両立させたモデルとして、国産セダン史を語るうえで欠かせない1台だ。
オーナーの個体は、シリーズ5代目にあたる「C32型」の後期モデルである。トランスミッションは5MTと4ATを設定。スクエアなデザインだった前期型に比べ、柔らかさと精悍さが同居する丸みを帯びたデザインとなっているのが特徴だ。
ボディサイズは全長×全幅×全高:4690x1690x1390mm。排気量1998cc、V型6気筒OHCターボエンジン「VG20ET型」は最大出力170馬力を誇る。
まずは、オーナーがクルマ好きになった原体験を伺った。
「父親が日産に勤めていて、親戚もみんな日産車ばかり乗っていたんです。いちばん上の伯父さんがローレルを乗り継いでいて、小さい頃からローレルを見て育ったようなものですね(笑)。『ガメラ』みたいな2代目のC130型はよく覚えています。伯父さんはC130型・C31型・C32型のローレルを乗り継いだのですが、そのすべての引き取り納車に立ち会いました。最後に親父の紹介で買ってくれた日産グロリア(Y32型)の納車にも立ち会いましたよ」
幼い頃からクルマが身近にある環境は、珍しいことではない。だが、オーナーの場合はその距離感が群を抜いて近かったのだろう。ローレルとの出会いは、自然な流れだったように感じられる。
「当時小学5年生だった1987年に、伯父さんが真っ白なC32型のローレルに乗り替えたんです。RB型エンジンのシングルカムを積んだ、ハードトップ。あれがもうめちゃくちゃカッコよくて…。少年時代の自分に刺さりました。
当時住んでいた社宅の駐車場には、日産車がずらっと並んでいたんですよ。なかでもターボ車の甲高いサウンドが耳に残っていて、あの音がカッコよさの基準になったような気がしますね」
それまでクルマに強い関心があったわけではないが、このC32型ローレルと出会ったことで、オーナーのなかでクルマを見る目が変わったようだ。それから現在に至るわけだが、ここでオーナーの愛車遍歴を伺ってみた。
「運転免許を取得して最初の愛車は、C33型(シリーズ6代目)のローレルでした。ところが事故で失ってしまい、その後、1年ほどクルマに乗らない期間があって、電車通勤をしていました。そのうち旅行が趣味になり、旅ができるクルマがいいと思って日産 キャラバン エルグランド(E50型)を購入。夜の大黒や大阪南港にも行きましたし、旅行にもたくさん行きました。それから、ホンダ S-MXを所有した後、ホンダ ラグレイトを新車で手に入れました。
そろそろ2台体制もアリかなと思っていたところ、オークションサイトで見つけた日産 レパード(F31型)に惚れ込み、愛知県まで見に行って勢いで購入しました。あのとき、他にも商談待ちの人がいたのですが『今しかない!』と、帰り際に内金を置いて帰りました。このレパードには相当手を入れました。シートを張り替えて、その仕上がりは専門店の方も驚くほどでした。足回りは新品の純正品を入れていましたし」
こうして現在のローレルに至るわけだが、愛車に出会った瞬間、オーナーのなかで抑えていた想いが一気にあふれ出たという。あらためて愛車との運命的な出会いを伺った。
「2012年の年末に手に入れました。ネットオークションでホワイトでターボの個体が出たときは、伯父さんのローレルが現れたと錯覚してしまいました。これは運命だと思い、即落札しました。書類上は自分で4人目のオーナーですが、前オーナーは、売るためだけの名義変更。実質的に私は3人目のオーナーです」
納車後、車検証や整備記録を整理していたオーナーは、ある事実に気づく。
「書類を整理していると、車検証に『平成11年12月』と記載されていたんですよ。このローレルは1999年にナンバーを切り、2012年に名義変更されるまで13年間も保管されていたんです」
オーナーは気になり、前オーナーに連絡。すると「このローレルの2代目オーナーは、農家の方だった」とのこと。農業用の倉庫で藁をかぶりながらも大切に保管されていた。しかも、月に一度はエンジンに火を入れて洗車もしていたそうだ。オーナーは深く感銘を受けた。
「前オーナーからの『よかったら紹介しますよ』との申し出に『ぜひお会いしたい』と即答し、2代目オーナーさんとの対面が実現しました。会った瞬間『竹馬の友に再会したようだ』とおっしゃったんです。驚いたのは、当時77歳のその方がホイール・レースカバー・マッドガードまで、自分で手を加えた部分を言い当てたことです。すごく大事にされていたんだなと実感しました。
ローレルは、買い物に出かけたり、ご家族を乗せて走ったりしていたそうです。ナンバーを抹消してからも、月に一度はエンジンをかけて洗車も欠かさなかったそうです。
2代目オーナーさんいわく『ワックスの跡、すごかったでしょ?』と。しかも驚いたことに、初代オーナーのことまで覚えていたんですね。初代オーナーは会社の上司だったそうで、ぶつけたことやタッチペンの補修、タバコの灰を落とした痕まで『これは私じゃない。あの人(初代オーナー)がやったところだから』と話してくれました」
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(画像提供:ご本人様)
大切にされてきた歴史を知ったことで「労りながら乗っていこうという思いでリフレッシュを行っている」と話すオーナー。これまで手を加えた部分を尋ねてみた。
「表向きは純正然としていますが、中身はY34型セドリックの部品や社外品も含めて、かなり流用はしています。バンパーやモール類は、多くが製廃。フロントバンパーが新品で出たという情報を聞きつけ、すぐに交換したこともありました。ドアモールも欠品前に一式そろえています。
ブレーキ・ラジエーター・足回りは一通り手を入れましたし、エンジンヘッドのオイル漏れも修理しています。オーディオは当時モノのCD&MDデッキを付けていますが、イベントに参加するときなどは純正のカセットデッキに戻します」
洗車とワックスがけへのこだわりもあるという。
「夏場は朝4時に起きて洗車していますね。うちのガレージは9時をまわると日が当たってしまうので、それまでが勝負なんです。エンジンはかけずに、サイドブレーキを下ろして手で押してガレージから出し、洗車後はブロワーで細部の水を吹き飛ばしてからワックスを掛けます。
固形ワックスは、塗ってから本領発揮まで4〜5時間くらいかかるので、その間はガレージに入れてホコリを防ぎます。夕方になってからもう一度仕上げ拭きをして、用事があればようやく走らせるという感じです。休みの日はクルマに必ず手をかけています。もともとお酒もタバコもギャンブルもしないですし、せっかちなのでボーッとしていられない性格です(笑)。気がついたらクルマをいじっていますね」
現在オーナーが所有しているのは、今回の取材で紹介している「V20ターボメダリスト」ともう1台の「スーパーメダリスト」。2台を交互に乗る・メンテナンスするというスタイルこそがオーナーのこだわりだ。
「普段使い用のクルマを別に持つより、ローレルをもう1台買ったほうが楽しいので、メインが2台という考え方ですね。通勤が自転車ということもありますし、部品のストックとしての役割も果たしつつ負荷を分散させています。
それに、どちらかをイベントに出すとなると、もう1台のほうが気になってくるんですよ。片方だけキレイだと許せないというか(笑)。そうなると1度に両方洗車することもしょっちゅうです」
最後に、今後ローレルとどのように接していくつもりなのかを伺った。
「このローレルが大切にされてきたことを知ったとき、同じように接していきたいと思ったんですよね。自分の手でこのクルマの時間をつなぐことが、何よりの喜びになっています。それから、仲間の存在も大きいです。同じC32型に乗っている方とSNSでつながったり、イベントで顔を合わせたりすることがカーライフの励みにもなります。
このローレルは、私が最後のオーナーになるつもりでいます。家族にも話してあるんですが、自分がいなくなったら役目を終えさせてほしいと。地元で以前の愛車が他のオーナーのもとで荒れていく姿を目にしたことがあったので、やはり自分の手を離れた後にそうなるのは寂しいです。他人に渡して姿が変わっていくよりも、自分の目の届く場所で、納得いくかたちで見送りたいです」
長い眠りから目覚めたローレルは、変わらず現オーナーの手で大切に維持されている。そこには愛情はもちろん、クルマを守ってきた歴代オーナーたちへの深い敬意と責任感も共存している。
取材を通じて常々感じるのは「クルマは嫁ぎ先で決まる」ということだ。歴代のオーナーに溺愛されてタイムスリップしたかのようなコンディションを保っている個体があるいっぽうで、乱雑に扱われているように見えるクルマを見かけることもある。オーナーのローレルはいうまでもなく前者だ。
愛したクルマが自分の知らないうちに姿を変えていく未来よりも、自身の目の届く場所で、納得のいくかたちで見送りたい。そんな想いがオーナーの原動力になっているようにも感じられる取材だった。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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